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瀬田川

瀬田川の釣り人のお話。

作者の人生の七不思議のひとつ。

これもまた、ほんのり実話です。

「なあ、毎日、朝から晩まで釣りをするって、どんな身分だと思う?」


 幼稚園からの腐れ縁のコーヘイに、ずっと前から気になっていることを聞いてみる。


「うーん、漁師?それか、プロ?」


 コーヘイは投げやりな、どうでもよいという口調で、でも、きちんと考えて答える。

「そんな感じでもないんだよな」と、オレは心の中で呟く。


 通学途中にある瀬田川は、ブラックバス釣りのメッカで、休日ともなるとクリスマスの鴨川のような配置で、県内外から集まった所謂バサー(バスアングラー)が夜明け前から日暮れまで、竿を振っている。

 最初は、そんな大勢の中の一人として、気にも留めなかった。

 そのうち、あれ?昨日もいたよな、と意識するようになり、そして、いつしか通りかかるときは、チェックをするのが慣わしとなった。

 もう、気付いてから2年以上過ぎている。


 歳は、おそらく40代。若者ではないが、老人でもない。

 世間でいう働き盛り。定年後の第2の人生には、まだ早い。

 その人の定位置は、道路から少し離れた土手の向こう。

 早朝、昼間、夕方、どんな時間帯でも、必ず、そこにいる。

 茹だるような暑さの中でも、ドシャ降りの雨の中でも。

 ただ黙々と、ひたすらそこで、釣りをしている。

 それはもう、ストイックに。

 明日も、明後日も、1年後も、5年後もきっと、そこで釣りをしているのだろう。


 なぜ、そこまで?という気もする。

 そこまで出来て羨ましいとも思う。

 きっと、本当に釣りが好きなのだろう。


 今度、話しかけてみよう。

 オレは、心に決める。


********************


 今日は、朝から、研究室の大掃除。

 デスク廻り、実験室、冷蔵庫、培養室等を、徹底的に掃除をする。

 取り込んでいたシャーレや三角フラスコ等が、この機会に返還されるので、足りないと取り合いしていたはずのそれらが、一気に満ち溢れる。

 会社でいえば棚卸みたいなものか。

 一種のお祭り。

 オレは、セミナー室の書庫整理を割り当てられた。

 かなり昔の大先輩の私物が紛れ込んでいて、それはそれで楽しい。


「うわ、これ処分しちゃっていいのか?」

「思い切って、捨てちゃうか?」


 今回は徹底的に処分しろと教授からの御達しなので、研究室の仲間と遠慮なく捨てていく。

 誰のものかわからない実験ノート、古い雑誌、年代物の辞書。

 迷わず捨てる方に分類する。

 ふと、棚の奥の冊子に目が留まる。


「これ、ボート部の部報だ。どうする?」

「うわっ、すげー年代物っ!ボート部に引き渡した方がいいんじゃね?これは値打ちものでしょ」


 その部報は、昭和27年から昭和30年までの4冊。

 年1冊の発行のようだ。こんな古いもの、よく残っていたなと感動する。

 繊細なそれらを壊さないように、慎重に、ページをめくる。

 部員の氏名と、活動記録が記載されている。

 ここに載っている若者たちは、現在85歳は余裕で超えているはず。

 なんだか不思議な気がする。

 この大先輩たちとは、おそらく交流することはないだろう。

 でも、60年前、この人たちの日常はここにあって、オレたちと同じように笑ったり、泣いたりして、確かにここに存在していたのだろう。

 それって、すごい。

 部報の最終ページには、写真が挟まっていた。競技後のクルーを撮ったもののようで、数人の若者の晴れやかな笑顔がそこにある。

 裏には、今も続いている大会の名前と日付が記載されている。


 場所はどこだろう。

 やはり、瀬田川か。

 そう思って、改めて見てみるとなんとなく見覚えのある風景に思える。


「あれ?」


 何か、引っ掛かる。

 確かに、見覚えのある景色。


 突然、ガーンと頭を殴られたような、

 ザブンと全身に冷水をかけられたような、

 極めて強い衝撃が走った。


 写真の中には、あの釣り人がいた。

 今と全く同じ姿で。


********************


 ドックンドックン


 この心臓のせわしない動悸は、坂道のせいだけではないと思う。

 オレは、コーヘイとともにあの土手に向かっている。

 ただ、確かめたいという欲求を満たすために。


 オレもコーヘイも無言でひたすら、歩みを進め、あの場所を目指す。

 今朝、あの釣り人がいた場所へ。


 ドックンドックン


 もう、日が暮れ、辺りは薄暗い。


「お前の友達、いないじゃん?」

「友達って!!そんなんじゃないしっ」


 慌てて、探すがあの釣り人は、そこにはいなかった。

 日が暮れたからか?

 そういえば、夜は見たことがない。

 暗くて、道路からは視認できないと言った方が正しいかもしれない。

 残念、だけどそれ以上にホッと胸を撫で下ろしたオレの心を見透かしたように、コーヘイが言った。


「実は、一度も見たことがない。お前の友達」


 何回も、ここを通ってるんだけどなぁ、と。



 そして、次の日も、その次の日も・・・・、

 それ以降、オレはその釣り人を見ることはなかった。


 けれども、今日もオレはチェックする。

 再び見ることができるのではないかと。

 今も変わらずにあそこで釣りをする男の姿を。

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