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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第一章 少年立志編
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八、「草太」の誕生

 弥次郎兵衛が問うている。おまえはいったい何者なのか、と。

 正直に未来から流されてきた、等とは言えない。おそらく、からかわれたとして信じてもらえるはずもないし、草太自身それを証明する何物も持っていない。答えとして弥次郎兵衛が知りたいことを正直に答えれば、姉小路高綱の養嗣子として戦国大名となろうとしているということだ。

 しかし、その答えが本当なのだろうか。確かに戦国大名の養嗣子など、なろうと思っても簡単にはなれない。普通は祖父や親の代から何代もかけて準備を行い時期を見計らって根回しをして、それでなれるかどうかという立場である。それになれたのは、幸運以外の何物でもない。

 草太は考え込んだ。自分は自分だ。それ以上でもそれ以下でもない。弥次郎兵衛が尋ねているのは、その自分とこの世界の関係そのものなのだ。自分のこの世界での立ち位置、と言いかえてもよいかもしれない。確かに一条房通公以下、自分を姉小路高綱の嗣子として扱っている。それは確かだろう。だが本当にその答えで良いのだろうか。ただ誰かが言ったから、誰かがそうだと決めたからと流されるがまま、その答えを自分で出した答えであるかのように、まるでそれが当然であるかのように答える。それで良いのだろうか。

 自分とこの世界の関係を、一度じっくりと考える必要があるように思えた。幸いにして、元服までにはまだ時間がある。


 考え込む草太を観察している弥次郎兵衛の目には、最初草太が自分に秘密を漏らして良いか値踏みしているようにみえたのは事実だが、次第にそうではないことに気がついた。何か別の、何らかのことを懸命に考えているように見えた。だから待った。

 しかし、次第に焦れてきて「いかに」と声をかけた。草太の答えはこうだった。

「分かりませぬ」

 分からないものは、分からないと答えるしかない。

 だが弥次郎兵衛はそれでは済まない。秘密だ、弥次郎兵衛には教えない、そう言っているに等しいからだ。「正直に答えろ」と言おうと「てめぇ」と言いかけたところで、いつから立っていたのか一人の老人がおり、弥次郎兵衛を制した。

「これ、やめぬか」

 静かだが力のある声、そしてその声には威厳があった。大元締め、と弥次郎兵衛の両脇の男たちが脇へ避け、弥次郎兵衛も立ちあがって席を譲った。弥次郎兵衛の座っていた場所にそれが当然という顔をして座ったその老人は、同じ静かな声で続けた。

「そなた、迷っておるな。若いのぅ。若い。それだけに、迷っておるようじゃの。自分が何者か、分かっておらぬのだろう。弥次郎兵衛には言っておらなんだがな、大方は予想がついておるよ。当ててもよいが、言って良いかな?」

 草太は目をあげ、そしてこう言った。

「言わないでください。言われれば、流される。そんな気がします」

「それの何が悪いのじゃな? あの道、この道、どの道も、種類は違えど困難じゃ。避けるならいっそ極楽浄土へでも逃げるしかあるまい。どうせ困難な道じゃ。流される、それの何が悪いのかのぅ?」

「同じ困難な道であっても、いや同じ困難な道だからこそ、かもしれませんが、自分で選んだ道に進みたいのです」

「自分で選んだつもりが選ばされた。そうであってもかな?」

「それでも自分で選んだという、自分自身の選択があるのは間違いないでしょう」

 禅問答じゃの、と半ば笑いながら老人は言い、そして言った。

「で、お前は誰じゃな? 庶民のようでいて庶民ではなく、公卿貴族のようでいてその基がない。……基はこれから作るのだろうが」

一呼吸、おいた。

「それでお前は何じゃな?」

 未来に捨てられて遠い過去に流されてきて、流れ着いた先で今度は人に流され事情に流されて、流れ着いた先が生まれ故郷、飛騨の戦国大名への道、しかもまだ流されているだけで本当に戦国大名になるとも分からない。いまここに座っているのも、事情に流されるまま弥次郎兵衛という男に言われるまま、話の相手が途中で弥次郎兵衛からこの老人に変わったがここまでで自分の意思なんて小指の先さえない。精々、後ろに立っている平助を供周りに選んだことくらいか。

 さて、それでは自分とは一体何なのだろう?

「分かりませぬ。……が、分かりたいと思います」

「分かりたいと思います、か。妙なことをいうものじゃ。どうなれば分かるのだ」

「おそらく」草太は少し言葉を切って考えてからこう言った。

「おそらく自分の意思で生きて行けば、分かるかと思います」

 この言葉を聞いた老人は、にこりと笑った。そして急に真面目な顔になるとこう言った。

「気に入った。実に気に入り申した。草太殿、この弥太郎、心から草太殿の行く末を見守りたい、可能な限り手伝いたい、そう思いましたわ。……あぁ、名乗りが遅れましたな。儂は五畿七道の内、畿内を中心とした地域の香具師人足の元締めをやっております、弥太郎と申すものでございます。元は北九州は城井谷の産ゆえ、城井弥太郎と、勝手に名乗っておりますな。まぁ、城井様には勝手に名字を借りて悪いですがの」

 そういうと振りかえって弥次郎兵衛を見て言った。

「出来るだけ便宜を図ってやれ。情報でも、金でもな。だがタダでは渡すな、このお方が腐る」


 このやり取りは、二つの意味を持っていた。一つは無論、強大な民衆という力そのもの、その力のごく一部でしかないが、その一端に触れ、その一つの集団が草太に協力すると約束したことである。その力は草太もたった今、実感として肌で学習したところでもある。

 もう一つは、草太の内面的なことではあるが、草太が草太自身を何物であると規定するのか、これまでただ流されるだけ流されるままに生きていた草太であったが、自分で自分自身をまさしく規定しようとする、その契機になったことだ。志を立てる。そしてその結果がどうなるか、それは分からないが、流されるままの状況ではなく意思を持って生きる、ということを草太自身が考え始めたことだ。

 志を立て、それが成就するのか、志半ばに文字通り散ってしまうのか、或いは志を曲げるかもしれない。だが、ただ流されるままではない、意思を持った存在として、草太は正にこの時誕生したのである。

ブックマーク数が100件を越えました。

ありがとうございます。

小心者の私は、正直に言うとガクブルしています。

8月末までは定期更新を投稿済みだったりしますので、これからも宜しくお願い致します。

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