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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第三章、群雄割拠編
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五十九、続、西越中併合

 増山城内にて、一人の武将がその志を捨て去り、もう一人の武将が志を曲げようとしていた夜のことについては、すでに述べた。



 ほぼ満月に近い月を眺めながら、増山城攻略のため部隊を展開しているその夜、服部保長が草太に第一報を持ってきた。

「報告します。信濃北部川中島付近で甲斐武田が村上氏を追い払い、それに対応して越後長尾家も兵を出したとのことです」

 草太は、この報告を聞いて理解した。これは第一次川中島と呼ばれるもので、秋まではにらみ合いが続く。逆に言えば、秋までは越後長尾家は越中に介入できない。また、甲斐武田が飛騨へ向けて攻撃することは、この秋まで、その後は雪に閉ざされるので来年の春までは攻撃を受ける可性は限りなく低くなった。安心できる材料でもあり、この期間に防衛体制を整えることになる。いずれ戦う相手である、ということだけは間違いない。だが、できるだけそれまでに力を蓄え、飛騨本国が攻撃を受けにくい体制を経ても、甲斐武田と越後長尾家の戦い、その代理戦争は、戦うべきであると思っている。いずれにせよ、信濃へ侵攻するのはまだまだ先だ。

「ご苦労。合戦その他、大きな動きがあれば伝えるように。……ときにどう思う。にらみ合っただけか合戦をするか」

 服部保長は瞑目して少し考えているようだったが、こう答えた。

「おそらくはにらみ合ったまま、合戦もしないでしょう。合戦をしても状況が打開できませんから。……どういう意味か、とは。おそらくはこの度の出兵は越後長尾家にとっては北信濃国人衆に対してにらみを利かせるためのもの。何かあったときには駆けつける、という姿勢を見せるためのものにすぎませぬ。村上氏を再建するというほどの義理は、越後長尾家にはないはずです。あくまで北信濃国人衆を味方につけておくためのもの、と割り切って考えれば、合戦をして雌雄を決してもあまり意味もありませぬ。勝っても寸土も得られず、負ければ北信濃国人衆の支持を失いかねませぬ故。したがって、合戦自体を避けるであろうと見ました。また、甲斐武田は既に目的を達成しております。」

 ふむ、とこの辺りからは草太は服部保長の言に聞き入った。

「目障りな村上氏を倒した後はゆっくり北信濃国人衆を攻略していけば良いのですから。今越後長尾家と雌雄を決する必要は、甲斐武田にもありませぬ。両者ともに合戦を望まなければ、合戦は起こらないでしょう」

 歴史の流れを知っている草太は、川中島の合戦と呼ばれる五回のうち、第二回と第四回だけしか実際に合戦をしていないことを知っていた。だが、服部保長は、見事に状況を解きほぐし、未来を予測して見せた。情報を収集するだけではなく、分析するという点において、草太は服部保長にまだまだ及ばないように思われた。


「越後長尾家が北信濃に主力を持っていった。それも秋までは戻らないだろうと思われる。であるならば、いま椎名氏を攻略すべきだと思うか」

草太は気がかりなことを聞いてみた。

「私見でよろしければ。……断じて否、であります。何より名分が立ちません。現在、我々と椎名家、ひいては越後長尾家は良好な関係を築いております。それを情勢により攻撃するのは、危険が過ぎるかと。おそらく、以後の越後長尾家の標的として攻撃されることでしょう。それ以外にも、今後の外交交渉に障りがでましょう」

 わかった、ご苦労であったと言って、その場は終わりになった。


 椎名氏と越中を分ける、というのは、当初の予定通りであった。椎名氏と良好な関係を保ち、ひいては越後長尾家とも良好な関係を保ちつつ自身は能登、加賀を抑える。これが基本戦略であると同時に、第一の戦略目標であった。

 予測が正しければ、明日にも神保長職は降る。水越勝重の謀反によって内側より崩壊する。これは同時に、草太が西越中をすべて併合できることを意味していると同時に、椎名氏との領土問題を解決しなければならないことも意味していた。自分が椎名氏を率いる立場であれば、即座に兵を集めて富山城を攻略し、また西越中北部へ兵を出すだろう。それを阻むべきものはすべてこの城に集められていた。

 いかん。

 草太は富山城接収のための兵を出していた。椎名氏も出していたなら、偶発的でも衝突があるかもしれない。その場合には、少々厄介なことになる可能性がある。

「誰かある。使い番を出せ。万が一にも椎名長常殿の軍と衝突は避けさせよ。それから椎名長常殿にも軍使を。近日中にも国境を画定するために一度お会いしたい、とな」

と命じた。この使い番を通じて、翌々日に会談は行われるのであるが、それはまた別の項に譲ろうと思う。ここでは、椎名氏との対立はこの時点では避けられた、ということだけを押さえておいていただきたい。



 さて。白装束に後ろ手で縄を打たれた神保長職をつれ、これも白装束で供回りも小者一人を連れただけの水越勝重が投降してきたのは、その翌朝のことであった。

 草太は早速に引見し、まずは神保長職を殺さずに連れてきたことにほっとしていた。また首を持ってこられるのは、どうにも嫌なものであったからだ。それゆえ、水越勝重を好ましく思った。

 特に直答を許す、と平助が型通りに言い、会見が始まった

「そこの縄目を受けているのは神保長職殿とお見受けする。またそなたは水越勝重殿と聞いておる。さて、これは一体どうしたことかな」

 草太は尋ねた。水越勝重が答えた。

「神保長職が臣、水越勝重にございます。この度は、降伏に参りました。確かに、増山城に籠り能登畠山か一向宗に働きかければこの状況、打開できるかもしれませぬ。しかし、これ以上能登畠山や一向宗に借りを作っては、国が成り立ちませぬ。手前は神保長職が臣にございます。操り人形に仕えるつもりはございませぬ。それゆえ、それらの助けなしに打開できない以上は、潔く降伏するしかございませぬ。ただ、我らが命をもって、城兵の命は助けていただきたい。それを言いにまいりました。いかようにもなさいますように」

 木下藤吉郎が横から口を出した。

「いかようにも、って死ぬ気だね。二人とも陰腹切って晒を巻いているけれどもさ、これで仕えろと言われたらどうするつもりだったんだ」

 平助が、止めぬか、と言って木下藤吉郎を黙らせ、部下が失礼を致しました、と無礼を詫びた。草太は小者に医者を呼ばせ、言った。

「城兵はもとより助けるつもりでございますが、できれば、お二方にも死んでほしくありません。我が志のため攻め込ませていただきましたが、越中支配に落ち度があったわけでもありませんし、誰にも恨みもありませんから。しかし、お二方の希望とあれば、姉小路家の支配する越中などと同じ天を戴きたくないというのであれば、仕方がありません」

 神保長職が口を開いた。

「小島職鎮というものが城内に待機しております。この者にこの後の処理を任せております。……我らは我らの野望のため、人を死なせすぎました。幕引きで我らが生き残るわけにも参りますまい。志を諦めた侍の、単なる格好つけでございます。医者などお気になさらず、ただ腹を召させてもらいたい。それだけでございます」

 なおもとどめようとする草太を、平助が止めた。そして、拙者が介錯致してよろしいか、と言った。二人が諾、というと、二人の前に三方に乗せた小刀と懐紙を置き、神保長職の縄目を解いた。そして、平助は草太に言った。

「御屋形様、目を背けず、彼らを見送っていただきたい。これが彼らの覚悟、彼らの志の果てなのでございます。これしか志の果てがない訳ではありませぬ。ですが、これを志の果てと決めたのでございます」

 草太は泣きそうになったのをこらえて一つ大きな深呼吸をし、そして彼らにかける言葉が見つからないまま、一つ大きく頷いた。と、水越勝重が口を開いた。

「私から参りたいと思います。殿、お先に失礼いたしますぞ」

 そしてもろ肌脱ぎとなり、晒を外すと後方に血が溢れ出し、既に多くの血が出ていたようであった。そして腹に小刀を突き立て真一文字に切ったところで、平助が御免、と首を討った。

 そして次は神保長職の番であった。陰腹はそれほど切っていなかったのか晒を外ししても血はそれほど出ず、やはり小刀を突き立て真一文字に切ったところで、平助が御免、と首を討った。

 草太は、止めることもできず、ただすべてを見守った。見守るほかはなかった。

 そして小者が城から用意してきたのであろう、白木の箱に二人の首を入れ、これから帰城致します、というのを、草太は「ご苦労」と声を出すだけしかできなかった。せめて丁重に葬り菩提を弔うよう、左右に命ずるのが精一杯であった。

 こうして増山城攻略は、水越勝重の謀反と降伏、そして二人の切腹という形で幕を閉じた。城の接収には滝川一益が行き、小島職鎮を連れて戻ってきた。聞けば、生きろと命じられており、降伏したこの上は姉小路家の家臣として今後仕えることとなった。


 草太は、目の前で二人の敵将が切腹するのをただ眺め、そして志の果てが切腹という、重い志であったと理解した。これまでに様々な謀略も戦もしたのだろう、その報いを切腹という形で受け入れた、というのは簡単だが、草太は切腹で報いを受けたとは思わなかった。少なくとも、それでは誰も救われない。救われるとすれば、単に生き恥を晒したくない、という本人だけなのかもしれない。


 ともあれ、一つの志の果てを見た草太であった。

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