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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第三章、群雄割拠編
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五十五、礪波郡合戦次第

 姉小路家日誌によれば天文二十二年弥生十一日(1553年4月23日)となっているが、別の資料では弥生十日となっている。これは合戦が夜明け直前から始まり夜明け過ぎに大勢が決したことによる混乱ではないかと考えられている。

 とにかく、弥生十日乃至十一日払暁に姉小路家と神保・一向門徒衆連合軍の合戦が起こったというのは、間違いのないことであろう。


 合戦は、神保・一向門徒衆連合軍が仕掛ける形で始まった。

 より正確に言えば、仕掛けようとして接近したところを、神保長職率いる五千が合流したことにより警戒を強めていた姉小路軍の鳴り子により把握し、銃撃を盲撃めくらうちに姉小路家軍が銃撃したことから始まった。まだ夜間であり、夜も明けていないため姿は見えない。だが鳴り子により大体の位置を把握しているため、そこへ滝川一益が指揮し正にばら撒くように銃撃を行った。驚いたのは神保・一向門徒衆連合軍である。まだ発見されていない筈であったが、銃撃を受けた。損害はそれほど多くない。だが既に発見されたとみなければならなかった。

 神保長職は証心に軍議で話をした通り東から回り込む形で門徒衆四千の攻撃を指示するとともに、自身は五千の兵をこのまま正面から接近させることとした。どうやら敵は気配で撃っただけらしく、音の割に被害は少ない。まだ距離があるのもあるだろう。鉄砲ならば次弾発射までに時間がかかるため、それほど大きな被害を出さずに接近戦に持ち込め、鉄砲自体を無価値、いやそれ以上に敵陣の混乱要素として利用しようと考えた。この考え自体がすぐにできる辺り、神保長職自身はそれほど無能な武将ではない。

 幸いにというべきなのか、篝火がたいてあり、その炎の位置でおおよその姉小路軍の位置は知れた。弓隊は弓を篝火の付近に撃たせ、足軽隊には突撃をかけさせた。と、足軽隊が次々に空堀に落ち、篝火は空堀よりもかなり内側に焚かれていることが分かった。逆に言えば、それだけ姉小路軍の数は少ないということでもある。空堀に足軽隊が落ち、更に登って乗り越えた時点で鉄砲隊の斉射が来た。

 神保長職には先ほどの盲撃めくらうちよりも数がかなり多いように思えた。単に近付いたからかもしれないが、大量の鉄砲の砲声など聞いたことのない、精々数丁までが今まで聞いた精々だった神保長職には、先ほどの銃撃も今回の銃撃も、数丁程度ではないという以外には分からなかった。前衛の足軽隊に大きな被害が出て、既に位置が相手にははっきりと分かっているうえでの銃撃であることは明瞭であった。


 滝川一益は、鉄砲隊を預かっていた。正確に言えば、鉄砲隊への発砲方向指示と発砲許可を預っていた。今回は試験的な導入とはいえ、四人一組、鉄砲一人に対して槍三人を一組として運用しているため、独立した鉄砲隊というものが存在しないため、このような権限の分散が行われたのである。鉄砲はやはり鉄砲隊という集団で使うのが最も使いやすい。槍隊が戦う際には鉄砲隊は無用のものとなる。自分で発案しておいて何だが、この方式は失敗だな、と滝川一益は思った。

 篝火の付近まで来た神保軍に対して第二斉射を加え、槍隊の用意をさせた。槍隊の指揮は渡邊前綱がとっていた。折角の小隊も、指揮権者が複数いるのであれば意味がない。混乱の元である。やはりこの制度は失敗だ、そう滝川一益は認めざるを得なかった。


 草太は篝火を焚きもう一日待機することが確定した時点で、夜襲に備え空堀の内側に篝火を置き、更に内側に幅一間、深さ一尺の空堀を掘らせていた。流石に篝火の明かりがあるため、空堀に気が付くものが多い。そして空堀の直前で足軽隊は本能的に停止した。この隙を見逃す渡邊前綱ではない。槍隊により痛撃を加え、空堀に降りようとした足軽隊を次々に三間槍の餌食にしていった。最初に射た弓ははるか手前の篝火の辺りに付き立っていたが、今は既に足軽隊の体の陰に隠れて見えなくなっていた。既に前線が接している段階では、弓隊は既にほとんど役に立たない。射れば味方にあたる恐れが高いからである。

 三間槍隊が神保軍足軽隊との距離を広げ、空堀から数歩のところまで下がらせたところで滝川一益が再度銃撃命令を出した。かなりの練度がなければ味方を撃ちかねないが、姉小路軍は相当の練度を持っており、或いは三間槍隊の肩を借りる形、或いは三間槍隊の体の間から銃身を突き出す形で銃撃を行った。


 神保軍はここまでで、既に五千の兵のうち足軽四千五百、そのうち少なくとも千ほどを消耗していたが、未だに姉小路軍の一兵たりとも傷さえつけられていなかった。全ては篝火のすぐ内側に敵陣があると読んだ神保長職の読み違いが原因であるとは言わないが、それが一つの原因であるのは間違いなかった。今更悔いても始まらない。その内側に空堀まで掘って待ち受けていた姉小路軍の方が一枚も二枚も上手だった、というだけの話だ。

 といったところで、兵をそのまま進め続け、圧力をかけ続ければこちらに兵が集中する。そうすれば一向門徒衆を率いる瑞泉寺証心が楽になる。彼らが横殴りに敵陣を横から攻撃すれば、現状は充分打破できるはずであった。日の出と共に攻撃をかける手筈になっており、既に曙の空である。じきに日が登り、形勢が逆転するか、逆転しないまでも大きく動く。その筈であった。


 曙の空の下、一向門徒衆は姉小路軍を東から、つまり日を背負って攻撃する予定であった。それを目ざとく発見したのは、流石は川並衆の古参である木下藤吉郎であった。発見するや即座に草太に注進に行った。

「御屋形様、現在前から来ている一隊とは別に、東へ回り込もうとしている一団が居ります。おそらく敵軍の一隊、東より日を背負って攻撃をかけようという作戦でございましょう」

 ふむ、ご苦労、と草太は言い、

「木下藤吉郎、後衛の槍隊と鉄砲隊合わせて千を預ける。横殴りに殴ろうという相手を、更に南より横殴りに殴りつけよ。我は馬回りを率いて敵陣が乱れ次第、突撃をし、更に駆け抜けた後再編、また突撃をして戻る。上見城の五十ばかりと協力し、輸送隊、医療隊は勿論のこと、降伏してきた一向門徒衆二千にも近付けるな」

 は、と木下藤吉郎が掛けて行くと同時に、即座に馬を引かせて馬回り衆に支度をさせた。

 馬回りと書いたが、実のところ全員が騎乗する、騎馬隊である。或いは使い番に、或いは伝令に、或いは物見にと、馬がある方が便利な場合が多いため、馬回りは騎馬隊のみとしているのは、半分位は草太の趣味ではあったが、もう半分は実際に戦闘になるか敗走する際には騎馬隊の方が有利であるからに他ならない。騎乗については既に鞍馬山の修業時代から相当修練を積んでいるため、騎乗だけであれば飛騨でも有数の腕前であろう。勿論、戦うとなれば論外ではあるが。


 瑞泉寺証心は、僧として生きるという道ではなく武将としての道を歩んでいるといわれたため、心に迷いを生じながらも、今更武将としての役割を捨て去るわけにもいかず、一向門徒衆4千を率いて山際を南下していた。もうすぐ日が昇る。それと同時に西に見える姉小路軍へ攻撃をかける手筈である。門徒衆には迷いなく戦い、南無阿弥陀仏の下に死ねば極楽と言いながらも、証心は本心では殺生を強いることが本当に正しいのか、迷いがあった。しかし、今更だな、と思い、戦はこれで最後にしようと考えていた。

 もう間もなく日が出る。それを合図に突撃、という程度までしか、証心は一向門徒衆には指示をしていない。詳細な作戦など立てたところで、混乱するだけで実行するだけの練度などないためだ。出来るのは、一人ひとりが命を捨てても突撃する、ただそれだけである。

 そのため、突如として銃撃を南から受けただけで一向門徒衆は大混乱に陥った。無論、木下藤吉郎が撃たせた銃撃である。精々百も減っていないが、それでも日の出と共に突撃するという行動は大きく阻害された。更にもう一撃銃撃が来、南に姉小路軍の槍隊の隊伍が見えると一向門徒衆は突撃どころの騒ぎではない。右往左往するばかりである。

 そこに、南西から騎馬隊が、正に人馬一体の隊が現れ、一向門徒衆をなぎ倒していった。或いは槍で刺され、或いは馬に跳ね飛ばされ、反撃を行うどころではない。ただただ、南無阿弥陀仏の声と悲鳴が聞こえるだけであった。果敢に反撃しようという門徒もいたかもしれないが、ほとんどの門徒衆はただ逃げまどうだけであった。その騎馬隊は一向門徒衆の南西から入り、充分に蹂躙しながら中央で北へ方向を変え、一向門徒衆の集団を抜けて行った。

 証心がほっとしたのもつかの間、南からまたもや銃声が容赦なく響き、また百ほどが死傷した。証心は仕方なくそちらを先に攻撃させるよう伝令を出し、一向門徒衆の集団を南に回転させた所で、先ほどの騎馬隊が再度、今度は馬首を反したのであろう、北から突撃してきた。先ほどの突撃は、まだ斜め前からの突撃であったが、今回は完全に後ろからの突撃である。惨状は前回を大きく上回っていた。今回は真っすぐ南に抜け、姉小路軍の槍隊および鉄砲隊と合流したようであった。

 そして槍隊の後ろに騎馬隊が入ったと同時に、再度銃撃が一向門徒衆を襲った。

 既に一向門徒衆は、大多数が死傷し、或いは戦意を喪失して、日の出と共に東よりの突撃は全く不可能となった。


 日は既に登っていた。しかし未だ東からの一向門徒の突撃はない。無いはずである。神保長職が日の出の直後にそちらを見た時に見えたものは、突撃してくる一向門徒衆ではなく、姉小路軍に蹂躙され既に戦闘力を失いつつある一向門徒衆であり、南にいる部隊を攻撃しようとして北から騎馬隊が突入して行く、正にその突入の瞬間であった。その後、更に一向門徒衆が蹂躙されつくし、最後に銃声がまたして完全に部隊としての力は失ったようであった。日の出と共に日を背に横殴りに突撃をかける、どころの騒ぎではない。既に壊滅していると判断せざるを得なかった。

 正面から攻撃をかけている神保軍も、未だ奥にある空堀を越えられたものはいない。空堀を挟んで敵の三間槍の餌食になるか、それを避けようと距離を開ければ銃撃が容赦なく襲ってきた。既に足軽隊も半数以上が死傷し、戦闘力は著しく落ちていた。

 事ここに至って、漸く神保長職は退却を決心した。撤退する際に敵の槍隊は余り気にしなくて良い。今度はこちらがその空堀に守られる番だからだ。弓隊に撤退援護のための射撃を命じ、撤退の命令を足軽隊に出した。


 空堀とはいえ、所詮は深さが一尺ほどの溝である。一尺の高さを現代で考えれば階段を一段飛ばしに登る程度でしかない。撤退の命令が出た直後に銃撃を受け、三間槍隊が空堀の正面に出たが、流石に渡邊前綱である。足軽たちが今引いているのは撤退命令を受けたのだと敏感に気が付いた。となれば特に容赦も必要ない。

 滝川一益も敏感に、彼らが撤退命令で撤退しているのを感じ取ったのであろう、射撃を命じ続けていたが、流石に早合がそろそろ心許なくなってきた。一人二十発は用意させたのだが、既に残り三発の報が随所から入って来ていた。そこで、銃撃は中止し後は槍隊に任せることにした。早合に合わせていない弾薬を使わせればまだまだ余裕はあるが、発射速度は著しく落ちるためだ。

 槍隊は流石に俊敏に空堀を越えて、撤退しようとしている敵に追いすがっていた。が、そこに矢が降ってきた。撤退支援のための弓隊の支援射撃であるのだろう、最後尾の足軽数名も矢を受けていたが、こちらの槍隊にも十数名が矢を受け、また神保軍の足軽隊との間におびただしい矢が降ってきたのを見て、渡邊前綱はそれ以上の追撃は諦め、兵の温存を優先した。既に勝敗は決したのだ。


 こうして砺波郡合戦は姉小路軍側の一方的な勝利に終わった。

 終了後、人員点呼をした結果、正面を受け持っていた渡邊前綱の槍隊に矢傷を負ったもの十数名、これは医療隊が直ちに治療に当たり、一名を除き全て即時戦線復帰が可能であった。その一名も、数日の加療で戦線復帰が可能な程度であったため、人員の被害はこの方面は皆無であった。だが馬回り隊は直接突撃を行ったため多少の被害が出ていた。十四名の死亡、行方不明者が出、馬を失ったものがこの他に三名、これは別の者の馬に同乗して帰還した。

 したがって、馬十七頭、十四名の人員が姉小路軍の人員の総被害であった。


 一方の神保・一向門徒衆連合軍は、神保軍が五千のうち三千近くを失い敗走、一向門徒衆四千のうち無事だったのは千に満たず、再編して戦場に出せるものとなるとその半数にも足りないであろうと見積もられた。すなわち、当初の一向門徒衆八千を基準として考えた場合、神保・一向門徒衆連合軍一万三千のうち、再び戦線に復帰できるのはわずか二千五百から三千程度となり、大敗といってよかった。

 ここまでの大敗北ではあるが、失われた一万近くのうち四千人ほどは顕誓らの説得によるものであり、残りの六千のうちまだ治療すれば助かる者は敵であっても治療隊が治療を施して行った。勿論、武器の類は全て没収してからではあったが。助からないものは、楽にしていった。そして最後は顕誓らの読経と共に荼毘に付された。


 この合戦次第の段の最後はこう締めくくられている。

「公、自身の命により傷つきたるものを深く憐れみ給い、医療隊に命じて治療させしむ。その数千五百とも二千とも聞こえ候」

 この時代の治療は、傷口を焼くか焼酎をかけるかして布を当てる程度であるから、この人数でも日が落ちる頃には終わる。その頃には荼毘も一段落していた。

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