四十九、新体制の視察
飛騨統一後の改革、その資料があるので、説明しよう。
軍制改革後の飛騨姉小路家の組織は、まず頂点が姉小路房綱、つまり草太である。
ここに、当初一鍬衆を改組して常備兵とされた足軽衆(名称は一鍬衆のままであったが)と開墾し帰農することなった農民衆がいる。この農民衆はこれまでも農民衆であったため、その数を増やした以外に特に改組されてはいない。
農民衆は大庄屋-庄屋-一般農民という具合に組織化はされていたが、これはそれほど厳密ではない上、大庄屋自体が単に各村の庄屋の顔役以外の権力はもたなかったらしい。
勘定方がいて、これは警察力を除く全ての内務的な仕事を任せられていたという。現代の財務省、総務省、国境付近を除く国土交通省の仕事を一手に引き受けている、といえば、大体の仕事量が分かるだろう。因みに警察力は常備兵の仕事であるとされていたらしい。
鍛冶方、要するに工廠は別に設けられており、一般鍛冶方というのが、刀、槍、矢、鍋、釜を含む大部分の鍛冶を行なっていた部署らしい。それと並列にある鉄砲製作方というのが国友衆およびその弟子たちである。火薬取り扱い方というのが見えるが、これは読んで字のごとく、火薬を専門に調合していたらしいが、最後に発砲する一刻ほど前にその日に合わせて調合を変える必要があるので、どこまでの仕事をしていたのかは不明である。
さて、これと同列に立った一人の組が存在していた。正確に言えば世話役が一人ついていたので二人であるが、実際に仕事として行っていたのはひとりといえる。それは七太郎の所属する、新規発明方の存在である。口の悪いものには、失敗方などといわれていた。例えば逆茂木に車輪をつけたものは、結局は役に立たないことが判明している。ほんのわずかな悪路や泥濘でさえ、車輪を取られて動かせなくなることが分かっているからである。また、起伏、特に下り坂では逆茂木の役には立たず勝手に前進してしまうことも明らかにされている。
これらの欠陥のため、正式採用は見送られ、七太郎の屋敷にある試作品の数が一つ増えただけに終わった。
その七太郎をもっとも買っていたのは、草太であった。新しい兵器の運用上の問題点が明らかになるたび、草太は七太郎に相談していた。その結果、いくつかの問題は解決を見ている。
第一に、槍である。三間槍の取扱いが難しいこと、また三間以上の槍が登場した場合の対応について、七太郎に相談したことがある。七太郎の専門は鉄砲であるとはいえ、この時代はまだ刀鍛冶が出来なくて鉄砲鍛冶が出来るわけがない。その上、七太郎は象嵌などの飾りについても心得があった。鍛冶師の平助は、鉄の芯を入れて重く堅い槍を作り、槍の穂のある一間と石突のある二間の二本の構造とした。
これを見て笑ったのは七太郎である。槍の穂、石突、中継ぎの三種を作れば全ての長さが一間で済むうえ、石突にちょっとした仕掛けを追加した。これにおり二間でも四間でも、好きに長さを調整し、しかも石突の仕掛け、といっても錘をつけるだけだが、これにより扱いは重さ以外はほとんど変わらない。流石に五間、六間と伸ばすと扱う側の問題が起こるが、そこは訓練次第である。
また、検地で不整形地の面積はこれまで測定が困難であったが、測定方法を簡単に導出したのは七太郎であった。現在では、高等学校の教科書の片隅にひっそりと載せられているが、不整形地をいくつかの三角形に分けてのヘロンの公式と呼ばれるものと同一での方法ある。この方法であれば、各角と角の距離を測れば、三角形だろうが台形だろうが五角形だろうが、面積の測定が容易に行うことができた。
このように、珍発明もあり、役に立つ発明も行うのが七太郎であるが、いくつかの提案が上がってきた。
一つ目は盾である。
鋼鉄製であり、裏に手で持つための取っ手が付けられていた。しかも、持つと斜めになるように出来ていた。盾の下には何本かの突起が付けられており、土程度なら刺さる。そうでなくとも、足に出来るという。二匁半の小筒なら一尺のところから撃ってもへこみすらできずに問題なく、六匁の中筒ならば一間までは傷がつくが貫通はしなかった。問題は、これを持つと前が見えないということである。
逆茂木は逆茂木としても、銃に対する防御という面では確実に向上したといえるだろう。
ただし、十匁以上の侍筒であれば、三間でも破穴が開いてしまう辺り、まだまだ完全とは言えない。
陣計を素早く変えたい時、逆茂木では間に合わなくとも盾ならば間に合う。これ以上重くすると手では持ち上げるのも難しい。あとは斜めにする位しかない、という。
「斜めにしておくと更に効果が上がります。なのでこのように足を出して固定すれば、即席の陣としては申し分ございませぬ」
もう一つ、七太郎について申しつけたものが完成したのが、鉛玉の作成である。一発ずつ丸めるのは、面倒以上に問題が大きい。幸いにも山師の全兵衛から丸めるだけで簡単に丸められるという情報は聞いていたものの、大量に作るとなると一苦労であった。これを解決する器具を作るのが七太郎に課した課題であったが、これは旬日のうちに完成を見た。螺旋形の管であり、上から熱した六匁の鉛を流すと下から球形の鉛玉が出てくる仕組みである。六匁も正確に測る必要はなく、専用の匙で溶かした鉛を掬って流し込めば済む。この匙の部分も何かの仕組みを作りたいようであったが、そこは人力で行うこととした。
完成品は生産方に回され、同等品が作られる。そういう仕組みであるので、七太郎は基本的には試作品までが仕事であった。
その失敗太郎ならぬ七太郎の下へ、草太は視察に来ていた。
草太が七太郎に申しつけていた鉄砲の改良、装填する距離を短くする工夫については、いくつかの試作品を作ってはいるものの、構造が非常に複雑なうえに試射をすると暴発したり威力が著しく落ちるなど、結果は芳しくない。ただ、何かをつかんだようであり、もうすぐ試作品の一号を献上できるだろう、と言っていた。
最初は単に短筒を作り先に普通の銃の銃身をつけるだけで簡単に考えていたのだが、銃身にねじ切りを二度行い、撃つたびにねじを外して銃身を短くする方法では、今までの方法とほとんど時間差がない。また、ねじ切りを短くするとつなぎ目からひどく高圧で高温の気体が出てしまい、打ち手がやけどを負う上、弾自体の威力も半減以下となってしまうため、この方法では出来ない。何か、つなぎ目をふさぐ工夫か、或いは発想の転換が必要だと言い、もうしばらくお待ち下され、といった。
「焦る必要はないが、使えるものを作ってくれ」
と草太は言ってこの日の視察は終わった。
次の視察は花脊の衆たち農民である。
花脊の衆は昨年秋から乾田の法をこの飛騨でも実践できるか試していた。
作る田畑は分散させて、山の上、中腹 谷あい、平野部という、どちらかといえば畑作に向いている地域も含めて様々な土地で実験させてみている。結果が出るまでに最初の収穫だけでも一年、完全に乾田の法の力を見るためには三年でも短い位である。が、自然を相手にしているのだ、仕方のない面もあるのだ。
「これは御屋形様。よくぞいらっしゃいました。先触れをいただければお迎えにあがらせていただいたのですが」
何分、花脊は京のすぐ近くである。花脊の衆も徐々に慣れているとは言っても、対応がまだまだ堂上人と地下人の差が壁をつくっている。
出来はどうだ、と尋ねると、上々でございます、との答えが帰ってきた。
「まだまだ分からないことも多うございますが、今のところは他の衆のところもまずまずは順調かと」
次に回ったのは鍛冶場である。といっても鉄砲鍛冶ではなく、通常の鍛冶場である。護衛と同名の平助が相変わらず総責任者であったが、作業する内容によって大きく四つの部門に分かれたため、その総支配人という立場でしかない。本人は一鍛冶屋でありつづけていると思っているらしい辺り、無欲というよりも職人気質が強いのだと思う。実際、槍の穂を今でも手が開き次第作っている。
平助本人が指揮する槍の穂と石突を作る鍛冶、一間棒を作る鍛冶、農具を作る鍛冶、そして鍋釜などそれ以外を作る鍛冶の四つが、この鍛冶場にはあった。利き慣れないであろう一間棒であるが、作りは簡単である。要するに、槍の穂と一間の槍までは平助自身の隊が作る。そこから三間槍までの間を、一間ごとのつなぎの棒としてつないで長くしているのが、一間棒である。この構造を考案したのは七太郎であったが、それは伏せて草太の命令としてこの形とした。そうしなければ、おそらく平助は納得しないからだ。
最初の一間槍のものは平助たちの作った槍の尻に直接石突をはめる。しかし、二番目以降の三間槍を使う部隊は、平助の作った槍と石突の間に一間棒を二本挿しこんで三間としているのだ。目釘も当然この一間棒の隊が担当している。これにより、訓練時のみ三間、訓練終了時には一間という移動に非常に楽な体制があるのと同時に、途中で曲がって使えなくなっても、一間棒のみ交換すれば済むため、戦力の消耗も抑えられる。
勿論、ただの鉄の棒というわけにもいかないため、それなりに技術は必要であはるが、槍作成隊に比べれば格段に技術は低くても作れるため、どちらかといえば新参で経験の浅い人物が配置されていることが多い。
また、農機具のみならず鍋釜などの日用品も請け負うことになっているのは、村鍛冶では手が足りないという事情や、移民が多すぎて日用品もある程度供給しなければならないという、弥次郎兵衛の提案からである。出来れば村鍛冶にある程度させるべきなのだろうが、現状ではかなり難しい。何しろ移民の大部分が無一物で体一つ、どこかの村から逃げてきました、という連中である。年貢として納めるべき米まで持ってきた連中の方が異常なのだ。或いは村ごと移民してきた連中の方が少数派なのだ。大部分は、家の奴隷に近い状況から逃げてきた者たちや、田畑を戦乱で失った者たちである。鍛冶の経験のあるものなどほとんどいない。そういった連中であれば、移民自体が不要なのだろう。
平助、といっても代替わりして今の鍛冶場頭の平助だが、平助に話を聞いてみたが、やはり人手が圧倒的に足りないのだそうだ。
「鍛冶ができる、どころか、鍛冶の経験のある人間だけでもほとんどいねぇ。……いない。なんとか、出来そうな体格のもので若い連中を回してもらえるようにしているが、ただの棒である一間棒でさえなかなか。働きものが多いのが救いだが、やっぱり技術の問題があるか……ございますからね」
語尾を気にしながらも、やはり難しいというのが平助の言い分である。確かに、もっともな言い分であり、どうにかすべきだとは草太も思ったが、こればかりは経験の問題だから数をこなさせるしかないという。
「それに、やっぱり勘所、というかな、才能というかな、そういう世界がありましてね、いつまで経っても、中々上達しないのも、中にはいます」
そういう連中は鋳物師にすることが多いのだという。
「あれは型に溶けた金属を流し込めば大体は出来ますからな。槍の穂先と違った世界で、そっちはそっちで上手くやれる奴が多いです」
平助の口から、簡単だ、という言葉は出なかった。やはり難しいのは確かなのだろう。ただ、必要とされる才能が違い、そのために鋳物師になった方が才能が発揮できる人間が多い、ということを言いたいらしかった。
「なに、どうしてもとなったら、炭を運んだり並べたり、色々仕事はありますからね」
そのうちに、そういう管理を取り仕切る人間も必要だな、と草太は思いながら、視察を終えた。
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