四十一、鉄砲
国友衆の鉄砲の試し打ちが行われたのは、既に述べた。
同じ日、物はついで、とばかりに七太郎の作った短筒を試させてみた。何度か試したが、一間の距離にある一尺四方の的に十発中三発しか当たらなかった。
「ふむ。玉は出ますが、どこに飛ぶかが分かりかねますな。虚仮脅しには丁度良いかもしれませぬが、それ以上ではありませぬな」
とは滝川一益の感想である。
だが、再装填の時間は短筒の方が圧倒的に短い。長い杖で突き固める時間が圧倒的に短いためだ。この辺りに何か改良の余地があるような気が、草太にはしていた。
この二つの長所をうまく組み合わせることが出来れば、と考え、七太郎に相談してみようと草太は考えていた。
その失敗太郎ならぬ七太郎であるが、目下の研究対象、というよりも興味の対象は柵であった。いわゆる逆茂木である。国友衆とは違い、草太たちと共に飛騨の国に入った七太郎は、年賀の大評定、及び宴にも参加していた。そして三間槍が元々、逆茂木で敵を防ぎつつその向こうの槍が届かないところから突くために作られたと聞き、防御用でしかない逆茂木が前進したら攻撃にも使える、と言いだした。
これには一同、あんな重いものが前進するわけがなかろうと笑ったが、草太と彼を良く知る滝川一益だけは苦笑するに留まっていた。何しろ草太が彼を雇用する条件は、金額の上限と危険性の条件はつけるが、好きな研究を好きなだけやらせること、という一項が入っているのだ。幸いにして海がないため揺れない船などというものの研究は却下できたが、移動する逆茂木は却下出来ない。金額だけは上限をつけるが、鉄砲を二月に一丁以上作って献上し、弟子をとって製法を教えるなら、それ以外は好きに研究して良い。
大体、出来たら非常に便利である。陣を動かすのに、一々逆茂木を外して持ち運び結い直す、という一連の作業が楽になる。
今どうなっているのかを尋ねさせたところ、火縄銃はもう作った、という。その気になれば十日前後で一丁製造できるらしい。だが、一人ではそれが限界だという。これも早速滝川一益を呼びだして試させたところ、
「名銃ではないが照準もあり狙いをつけやすい銃であり、扱いも普通の火縄銃でございます」
との感想であった。七太郎曰く、特に新機軸は入れていない、一般通りのものをとりあえず作った、という。
「それがお好みなら、国友衆だけで良かったんじゃないですか。私のような試行錯誤をする人間は不要でしょうし」
これに対して草太は言った。
「同じものを作るだけなら国友衆だけで充分というのは、確かにそうだろうよ。だが、火縄銃は改良の余地が大きいように思う。お主のような人材がいなければ困る」
と言い、とりあえず逆茂木はどうなったか聞いてみた。
すると意外なことに、既にできているという。雪が溶けたら実際にどの程度になるかを考えるが、とりあえずは出来たからもう良い、という。見ると、大八車のような車輪を備えた逆茂木である。持ち手が長く付けられており、これを踏むと逆茂木の一部が刺さり車輪止めが働くようにできているという。
「後は雪が溶けたら実験してみて、悪いところを改良してやればいいのさ。要は、俄かには越えにくい障害物があれば良いんだろう」
そう言った後に又意外なことを失敗太郎こと七太郎は言った。
「御屋形様は何か研究してほしいことがあるのではないかね。例えば火縄銃の改良とか」
確かにあった。短筒と通常の火縄銃、両方を見て、長所だけを兼ね備えることはできないだろうか。草太は尋ねてみた。
「短筒と通常の火縄銃、構造は違うか」
「ほぼ同じだ。先の筒の長さだけ違う。後は持ち手の部分か」
それなら、と思った。
「ならば、短筒の先に通常の火縄銃の筒をつけたら、命中精度は同じになるか」
「多分、なるだろうな。ただし、つけるのは難しい。試したことはあるが、上手くつかなかった。最初からつけるか、さもなければ最初からつけないかだ。
「そこを研究してみてもらえないか」
額に縦皺を浮かべながら、七太郎は考えていた。期限なしで色々試すことが出来る。面白い主だと思う。だがほとんど考えが形にならない。それを形にしていくのが自分の仕事だと分かっているが、中々難しい問題である。
「なぜだ。なぜ短筒の先に火縄銃の筒をつけたいのだ」
草太は単純明快に答えた。
「短筒なら一発撃ってから次の弾を早く撃つことが出来る。が、飛ばないし命中精度も悪い。その違いは、他の構造に違いがないなら筒の長さに違いないと思っただけだ」
七太郎は、分かった、と答え、それを研究させてもらうが、期限は切らないでほしい、とだけ言った。実は腹案はあったが、実際に試させてもらえるとは思っていなかったため、実現が本当に可能なのかすら研究をしていないためであった。
後の話になるが、一年後、その試作第一号が完成し、献上された。銃身が前後に割れる中折れ式で、杖を使わず指で弾を込めることもでき、継ぎ目を塞ぐ部品を用いて塞ぐことで発射が可能となる形式であった。その後も部品点数を減らすなど改良され、姉小路家の天下統一にも大きな役割を果たしたのである。
帝国陸軍の調査によれば、現代に残されている最後期型(六匁弾使用)は、早合を使うことにより次弾発射までにわずか10秒足らず、命中精度も適切に早合を作れば距離100mにおかれた直径30cmの的に10発中9発が命中する程度の性能であったという。威力は火薬によっても異なるが、同調査によれば距離100mで1cm鋼板を二枚打ち抜き三枚目にて止まったという。これは、六匁弾であっても鎧が全く意味をなさないという意味を持つ。
明治維新のころまで製法は残されていたが、銃身が前後に分かれて玉込めをするという独特の構造から、一発ずつ玉を込める必要があるため、薬莢の使用との相性が悪く、西洋式の連発銃の席巻を許しまうというのは、時代の皮肉としか言いようがない。特に薬莢が発明され後装式の銃が開発された後の西洋銃は、銃の取扱いの容易さ及び連射という意味では比べ物にならないほどの差がついてしまった。
とはいえ、この試作銃が作成されるのも、まだ先の話である。
とりあえず、ということで国友衆の作った二匁半の火縄銃をつかい、運用の訓練を始めることとした。まずは一鍬衆からである。
といっても、組織的な使用方法はまだ確立されていない。それどころか、打ち方すらまだまだであり、隣が撃った音に驚いて火縄銃を取り落とすものまででる始末である。また、意外なことにというべきか、馬が鉄砲の音に慣れていないため、すぐに暴れはじめる。いかに戦う時は馬から降りるのが常道だとは言え、馬が暴れるのを抑えながら戦うというのはどうにもならない。
もっとも、馬もしばらくすると慣れると見えて、轟音をものともしなくはなるのだが、轟音をものともしない馬が出始めるのは弥生から初めて文月の中ごろに近い時期であった。
この動きに最も敏感であったのは、三木氏であった。飛騨統一のため打ってきた布石が、たった一年でひっくり返された。特に広瀬城を失ったのは痛い。広瀬城があれば国府盆地も手が届きやすいが、広瀬城が姉小路家の手にあるならば、国府盆地を攻めようと思えば必ず広瀬城を先に落とさなければならない。だが、あの城は力攻めでは俄かには落ちない。特に政元城を巡る戦いの手腕を見る限り、広瀬城を落とそうとして横腹から攻撃を受ければ、かなりの損害を覚悟しなければならない。
全ては、何代もかけて着々と布石を打ち、漸くにして姉小路の名跡を継ぐ、その直前になって現れたあの房綱という男のせいだ。直接は会っていないが、広瀬宗城から聞いた限りでは並々ならぬものを感じていた。しかしここまでとは。三木直頼は悩んでいた。必死に住民を宥めつつ、何とか益田郡を守っている。それだけの存在になりつつあるのをひしひしと感じながら。
暗殺も難しい。既に岡前館に三木氏側の人間は一人もいない。
三木直頼は悩んでいた。
「報告します」
使い番が来た。
「姉小路領に、鉄砲隊がいるとのことにございます」
そうか、下がれ、と命じ、この時を逃さずに乾坤一擲、決戦を挑む以外には差が開くだけであると感じていた。それも農民を徴兵した兵ではなく、兵としての訓練を充分に積んだ部隊であり、生産に関係のない彼らを、例えば川並衆をいくら金をつぎ込んででも動かすべきだ。それだけの恩も売っている。便宜も図っている。彼らをこの時を外さず、動かすべきだ。特に春の農繁期、雑兵が最も集まりにくいこの時期に決戦を。既に彼らに打診もしてある。後は値の交渉が済めばそれで済む。
三木直頼は決心した。時は春、雪解けの季節であった。
時は少し遡る。国友衆の鉄砲が最初に献上された、その直後の話である。服部保長が面会を求めてきた。
「御屋形様。少しばかりお話しがございます。いや、長い話ではございませぬ。が、どうしても御屋形様の許可が必要は話でございます」
時は昼前、政務の時間であり、何か策があるなら献策するには丁度良い時間帯であった。ただ、どうしても周囲に人がいる。
「人払いは出来ない。分かっているな」
「必要ございませぬ。ここには三木に通じておるものはおりませぬゆえ」
流石は服部保長である。誰が通じているか、一通り確認しているものと草太は思った。
「簡単な策にございます。沖島牛太郎、ご存じでございましょう、彼を介添えとし、美濃、尾張の川並衆達に動かぬように契約する、その許可をお願い致します」
草太には、その策がどういう意味を持つのかが分からなかった。第一、三木氏が川並衆と通じているとは、全く知らなかったためだ。
「その、川並衆、か。どういう連中だ」草太は聞き返した。
「なに、国人衆と傭兵団の二面を持つ連中でございますよ。金さえ積めばどちらにも、という連中でございます。おそらく三木氏は鉄砲のこと、すぐにでも知りましょう。昨年は広瀬城、江馬領の吉城郡を攻めとり、高山盆地の国人衆四名がこちらに寝返り申した。これでこちらに鉄砲隊があるとなれば、その差は歴然、と判断いたしましょう。
そのため、三木めは傭兵を使うと愚考致します。
ならば、兵の最も少ない時期、この春の田植えの時期の前後にこちらに攻め込んでくるものと思われます。だが生産力が乏しい。農民をこちらで奪いましたからな。三木めは益田郡の境を閉ざすことで逃散を防いだ模様でございます。これも傭兵を使う理由の一つでございますな」
草太には分からなかった。こちらを攻めるな、と買収できるものなのだろうか。
「買収できるかどうかでございますがな、できませぬ。戦の最中ですら、話がまとまれば平気で乗り換える連中でございます。それゆえ策を使いまする。まず前金で百貫ばかり。後金で四百貫ばかりといたしましょうか。全部で五百貫でございますな。これを約束いたしまする」
「それを上回れば向こうに着くのだろう」
草太は言った。が、何かが引っかかっていた。
「左様。おそらく城中の銭を全て出しても雇うはずでございます。三木にも五百貫なら出せましょうな。千貫なら難しいかもしれませぬが」
「何をしようというのだ」
ますます分からなくなって草太は聞いた。
「何、川並衆に少し儲けさせるだけですよ」
その後策の詳細を聞き、草太はなるほどと思った。




