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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第二章 飛騨統一編
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三十八、草太の上洛

 草太が毎日行っている政務も、段々量が減ってきて、近頃は書見と座禅の日々である。

 一日だけ平助が、政務の時間だけで良いから役を離れたいと言ってきた。理由を聞くと師岡一羽が一度立ち合いたいと言って来たためだということであった。草太も観戦することを条件に許可し、師岡が出立するつもりか平助に尋ねてみた。

「師岡殿は諸国を武者修業をしている身、勝敗に関わらず、春の雪解けを待って他国へ移ろうという希望はおありでしょう。某に勝てればよし、勝てなければ修業して出なおすことになるでしょう」


 元々、師岡が飛騨で槍の武芸師範をしていたこと自体、本人いわく手すさびであり、本業は剣の道であるという。謝礼は弾まなければ、と思う反面、師岡を手放すのは少々気が引けた。なにしろ、師岡は有能なのだ。勿論、剣を志すこと自体に何も言うことはない。興仙の言葉が今更ながらに思い出される。

「志は自分で立てるものじゃ。人から与えられるものではないし、人から奪えるものでもない。ただ自分の中にあるものじゃ」

師岡の志は剣で身を立てることであるらしい。これを奪うことは難しかろう。


 雪解けを待って他国へ、というが、そこまで待つ必要があるのだろうか。ふとそんなことを草太は考えていた。最近は草太がしなければならない政務も一段落し、一月とは言わないまでも半月ばかりであれば他国へ行くこともできる。

 何より弥次郎兵衛から言われている言葉がある。

「御屋形様は最大の仕事を怠っております。政務は我々に任せられるものが圧倒的に多いでしょう。御屋形様の目下の仕事は、人材を集めることにございます」

というきつい諫言であった。といって飛騨では訪れるものも少ない上、国人衆も配下として考えるにはいささか以上に不安がある。彼らは彼らの生活があり、より力が強いものが現れれば即座に乗り換えるのは目に見えていた。忠義という言葉を尽くすことを期待するのは、一門衆でさえ怪しい。平助と弥次郎兵衛、それから草太が抜擢した太江位のものだ。田中弥左衛門

も入れて良いかもしれない。だがその程度でしかない。


 ふと、上洛しようかと考えた。師岡を京の剣術界に紹介するとともに、新しい人材なり技術なりを導入するには良い機会ではないだろうか。また城造りについて、おそらく信濃を席巻した後の甲斐信濃の侵入に備えるべく城を築きたかったため、穴太衆、栗田彦八郎の意見も聞きたかった。また、特に越中について今の自身の目で見たいという希望もあった。


 様々な希望があり、上洛の意を決して後のことは弥次郎兵衛に任せ、供周りとして師岡、平助の二名と人足二三名という少人数で飛騨を出て上洛することを師岡に打診した。師岡は飛騨から越後へと抜けようと思っていたらしいが、京へ足を運ぶのも悪くはないということなので、快く了解をとることが出来た。


 そして、平助と師岡の立ち合いの日である。

 平助は常と変らず中段に構え、師岡ははじめの合図の後も特に構えを作らなかった。抜き打ちの技を使うには木刀は不向きであるが、そういう訳でもないようで、右手を添えてもいない。草太には、平助の護身を破る工夫が無かったので、平助に打ち込ませて護身の構えを解かせようとしているように見えた。

 だが、平助はそのままの構えでゆらりと師岡に近付き、護身の構えをそのままに一刀足の間合いまで間合いを詰めた。ここに至って師岡は観念したように木刀を下段に構えた。

 何刻か時が過ぎたかに思えたが、ほんの数秒だったかもしれない。気が草太にさえ分かるほど膨れ上がりぶつかりあっているのが分かった。師岡は体中に汗をかき始めたが、平助は平然と立っていた。最初の立ち合いの再現のようであったが、違ったのはここからであった。最初の立ち合いではここから両者一当て入れたが、今回はそのまま一刀足の間合いを越えて、あくまで平助の護身の構えを崩そうというのであろう、中に入ってきた。

 平助は小手を討つと見せて木刀を打ち、抑えた。師岡は木刀を自由に使うことができず、抑えた木刀を放そうとしても粘るように平助の木刀が絡みつき、自由に動かせない。そうして、師岡が力任せにはね上げようとした力を逆に利用して、小手、面と打って平助は一間ほど離れた。

 霞である。

 勿論、平助なりの工夫があり、型は違っているだろう。それでも霞である。


 師岡は小手と面を打たれたことにより自身の負けを、何百回やっても現状では到達しないというその差を悟り修業をし直すと言った。平助は平助で、自分が通っていた道場である吉岡憲法の兵法所を紹介することを約束した。ただし、吉岡憲法の兵法所ではあまり参考になるものはいないだろう、とだけは付け加えるのを忘れなかったが、何かのきっかけにはなるだろう。

 最後に付け加えた。

「今使ったのは霞という技だ。これは京八流には形は違えどある技、失伝しているかもしれぬがあるはずの技で、奥義だ。俺は興仙という師匠に習った。鞍馬寺の僧正をしているはずだ。興味があれば訪ねてみると良い」



 姉小路家日誌には、草太達が上洛したという事実は書かれていない。しかし、師走二日を最後に、翌天文二十二年まで草太に関する記述が途絶えていること、京洛におけるいくつかの資料に草太が登場することから、この期間に草太が上洛したことは間違いのない事実であると考えられている。例えば西洞院時当の日記の師走十五日の項に姉小路房綱殿来訪す、とある。一条家にも同様の記述があり、こちらには目録一通が渡された旨の記述があるが、目録自体は見つかっていない。この他、武家夜話に吉岡憲法の兵法所に師岡一羽と見られる人物が訪問し教えを乞うたが、既に憲法自身と同格であり、得るところなく去る、という旨の記述が書かれている。



 師走二日、草太は平助と師岡、それに小物二人に荷を持たせ、鰤街道を下って行った。こういう、ある種の行動の早さが草太の持ち味なのかもしれない。気温こそ寒かったが、歩いていれば体は温かく、また鰤街道は今が盛りである、雪道ではあるが通行に支障はない。鰤街道を下るとそこは越中東部、富山平野である。ここを西に向かい、倶梨伽羅峠を越えて加賀国尾山から船である。そう、船である。


 船酔いの経験のある草太と平助であったが、背に腹は代えられない。何より、年賀の挨拶を受けるまでに飛騨岡前館に戻らなければならないためだ。

 とはいうものの、今回は早舟は使わなかったため、それほど揺れも大きくなく、船酔いもそれほどひどいことにならなかったのが幸いであった。師岡は船には酔わない性質らしく、ケロリとしたものであった。


 敦賀で一泊した一行は、琵琶湖西岸を通り、手紙で先触れしておいた穴田衆の顔役、栗田彦八郎の屋敷に付いたのはその翌日の事であった。城井弥太郎も供を一人連れて来ていた。その他、沖島牛太郎も後から来るという。草太は当然のように床の間を背に座り、その横に護衛の平助が、入口近くの下座に師岡が、それぞれ座った。荷を持った小物は別室である。


 今回は平助であったが、型通り直答を許すと言い、会談は始まった。草太はまずはかつての手代衆、花脊の衆の手配の礼を丁寧に述べ、そして本題に入った。

「穴田衆の力を借りたい。具体的には、城を一つか二つ、それに治水を、当面のお願いとする。費用はいかほどになると思われるか」

「どこの城か、どの程度の規模にするかで大分変る。実物を見てみねェ事には何とも言えねぇ。春先まで待ってもらえるか。飛騨入りして地盤を見るなら雪が解けてからでなけりゃ話にゃならねぇ」

 栗田彦八郎はそういうと、飛騨の石の顔は、いってぇどんな顔をしているんだろうな、と早くも楽しそうであった。草太は、とりあえず来るまでの費用と言って一貫文を、無理に押し付けるように渡した。


 話が終わるのを待っていた城井弥太郎が、私から話があると切りだしてきた。人を一人、召抱えてほしいという。

「この男、名は滝川一益といってな、元は滝川家の名流の流れをくむ男なのだが、博打好きでな。大の博打好きが高じて家を追い出され、堺に来て鉄砲を見てその打ち方を習った変わり者だよ。能力はあるのだが、何しろ博打好きが災いしてな。大抵、しくじる。飛騨の田舎なら賭場もあるまい。お預かりしていただけませんかな」

 草太にとって聞き捨てならない言葉が二つ出てきた。一つは滝川一益という名前である。これは織田信長の配下として活躍する武将の名前である。

 もう一つは堺の鉄砲という言葉である。鉄砲は確かに伝来している上、既に国産が始まっていることを意味していた。ならば、組織だって使うことが出来るようになるのは時間の問題である。今の長槍隊よりも強力な軍を作ることが出来る。金は、鉱山があるから、それなりに無いわけでもない。だが、その額はやはり大国の方が多かろう。鉄砲を組織的に使うことを思いつく武将が現れるのも時間の問題であうように思えた。しかし、その驚愕は努めて面に出さないようにこう言った。

「一人預かる、でございますか。こちらも人を一人お預けする身。更に確かに人材を求めているとは手紙に書いたとおりにございますが、情報を整理し分析する、そういうものを求めております。滝川氏を雇うのは当人さえよければ構いませんが、それ以外に情報を整理し分析する、言わば軍師の役割のできるものはおりませぬか」

 草太がこういうと滝川一益が口を開いた。

「情報の収集整理分析、であれば、アレが得意なんだがなぁ。服部保長という男なのだが、どうかな」

「もういい年だろう。それに足利将軍家を見限り三河に行って、その主が謀殺されて没落、現在は帰農していると聞いたな。十年、いや十五年になるか」

 こういう情報がすぐにでてくるあたり、やはり城井弥太郎は頼りになる人物である。聞けば年齢は四十程であるという。

「家督は既に継がせることが決まっていて、伊賀衆はそちらに行くから、身一つ、だから忍び働きは期待できないけれども、情報の分析ならアレが得意さね。……ところで、姉小路家で雇われるとして、だ。俺の禄はいくらだね? ……ああ、実力も分からないから何とも言えないだろうな。といって、こちらの言い値、ってことにはならないだろう。……そうさな、札で決めようか」

 そういって懐から8枚の札を出した。

「サイコロ、ってのもあるが、まぁこいつが順当だろう。姉小路房綱殿、いざ尋常に勝負を。武将はやっぱり運が重要だが、読みってのも重要だからな。何、簡単なものだ。一から四まで、札に数字が書いてある。それを一枚ずつ出して行く。大きい数字を出した方がその場にある札を全部持って行き、三枚出して終了だ。手札の一枚と勝って手元に持っている札の数字の合計が多い方が勝ちだ。出した数字が同数なら持ちこしで、札はその場に残して次の勝負の勝者が総取りだ。……分かったら、後は禄の取り決めだ。房綱様が勝てば、年に二十貫文。俺が勝ったら年に百貫文。引き分けならその真ん中の六十貫文。どうだい、こんなもので」

 対して草太は言った。

「博打好き、というのは本当に骨の髄まで博打好きなんだな。よかろう。ただし一つだけ条件がある。なに、簡単なことだ。札を開けるのは平助、お主に任せる」

 滝川一益は札を草太に渡した。草太は裏と表をしっかりと検め、特段印がついていないことを確認した。その様子を見て、滝川一益は驚いた。札に細工がしてあるかどうか、つまりは相手にどのような情報が渡っているのかを判別している。そういうことを、多分ほとんど無意識であろうが、やってのけているのだ。

 武将としての才覚、その最低限は持っている。

 そう感じた滝川一益であったが、それはおくびにも出さず、勝負、と一枚出した。


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