二十五、飛騨の内政の始まり
評定の結果、内政の大雑把な方針は決した。つまり、他国領から二男、三男などを買って来ては自領の発展のために使う、という方針である。これは、他国の兵を足軽歩兵を減らすのと同時に、自国領を富ませるという意味で、一石二鳥の妙策といえた。
また、これからどこを敵としどこを味方とするか、という方針についても決められた。
さて、評定も終わり、その翌日のことである。
草太は、各郷の代表者である各村の庄屋および各郷の大庄屋を岡前館に呼び集めた。時刻は夕刻前、名目は着任挨拶を許す、ということになっていた。元々飛騨地方では朝廷の力はさほど強くはないが、既に古川富氏が追放されたことを知っている各庄屋名主は連れだって、時限より一刻近く早くに到着した。
出迎えたのは顕誓であった。
飛騨は元々浄土真宗の強い土壌であり、また越中との繋がりも深い。大小一揆で敗れたとはいえ、当代きっての碩学として、また八世蓮如上人の孫でもある顕誓の顔を、庄屋たちは知っていた。一人は涙を流して再開を喜んでいた。聞けば小一揆派として越中にいたことがあり、破れて飛騨の親類の家に身を寄せ、名主を継いだのだという。
「ということは、また一揆をなさるのですか。あの大一揆派達を、今度国司になられた姉小路様の後援で倒すのでございますか」
庄屋の一人が尋ねた。だが顕誓は言った。
「違う。餅は餅屋と言うだろう、戦は武士に任せるのが良い。我ら僧は、俗世の世界を救わんとして、戦をした。それがいけなかったのだ。戦のことは武士に、信仰のことは我ら僧に、それぞれ役割が違うのだよ。……一揆はしない。蓮如上人も、御文で、一揆を企てるなど言語道断、それを煽るものを追放するとまで書かれた。だが、それらは僧の上層部には届いていたが、お前達には届かなかっただろう。全て握りつぶされていただろうからな。もっとも、当時の私もその一人だから、人のことはいえまいよ」
「顕誓さま、これからどのように生きれば良いのですか」
「親鸞さまの教え、浄土真宗の教えに立ち返って、お前達民衆と一緒にもう一度最初から考え直そうと、私は飛騨に来たのだ。勿論、政が誤っているなら正そうとすべきだ、というのも一つの考え方だろう。否定はすまいよ。だがな」
と、少し遠い眼をした。
「己の欲のまま進む道が正しいとは、私は思わないよ。己の欲のために戦をし、殺し合いをするなどな」
ドォン、と太鼓の音がした。刻限を知らせるものである。一同は広間へと移り、大庄屋が前へ、庄屋が後ろへと居並んだ。簾がかけられ、その向こうに草太が座ると、弥次郎兵衛が声を出した。
「これより、着任の挨拶を受ける。一同のもの、これなるは従五位の下、姉小路飛騨国司房綱公にございます」
大庄屋の一人が、事前に決めてあったのであろう、代表して進み出た。
「御着任おめでとうございまする。我ら領民一同、心よりお迎え致しまする。
弥次郎兵衛が取り次ぐ風を見せ、そして言った。
「房綱公は、重畳である、と仰せである。さて、房綱公は諸々に諮りたきことがあるという。特に直答を許すが、数が多い。代表の大庄屋一名以外は挙手し、指名されたものだけが発言するように」
一同が再度平伏すると、草太が言い始めた。
「さて、皆のもの、面をあげよ。ときに大庄屋、名を何と申す」
「五平にございます」
「そなたが筆頭ということで良いかな」
「この場限りとて決めましてございます」
「そなたを六郷の大庄屋の代表として聞く。そなたらの郷では土地を継げぬ二男、三男はおらぬ郷はあるか」
五平は当然のごとく、ございませぬ、と答えた。すると草太はこう切り出した。
「その二男、三男が欠けた場合に生活に困る家は、どの程度あるか」
これには一同、顔を見合わせた。どの程度欠けるかが分からないためだ。それでも五平が言った。
「代表して答えまする。各郷からどの程度が欠けるかによります。本日参っているのは七郷九十八ヶ村でございますが、各村から一名か二名ならば農作業に大きな支障が出るとは思いませぬ。が、それ以上となると農作業の手が足りなくなる村が出てくるでしょう」
そうか、と草太は言い、次に聞く、と話題を変えた。
「荒れ地が随分とあるが、開墾することは可能か」
今度もやはり五平が、これはよどみなく答えた。
「不可能ではございませぬが、何分人手も資材も足りず、手をつけられぬ状況にございまする」
「仮に荒れ地を田畑にしたとして、播ける種はあるか」
「季節にもよりましょう。が、お城のお救い倉にあるはずにございますので、蕎麦、稗、麦の類であれば種を集めることは難しくございませぬ。稲は、既に田植えを目の前にしておりますから、秋の取り入れの際に多くの種を残すことになりましょう」
と、蕎麦、稗、麦なら城から供出させ、稲ならば年貢を減らすように暗に言う辺り、この五平もなかなかの狸である。勿論、裏作分の種がないわけではないが、それを使うということは裏作に播く種がなくなることを意味するため、当然の対応でもある。
「ならば、その二男、三男を明後日の正午までに岡前館の前に集めるように。五平、しかと申し伝えたぞ」
五平が平伏し、これで終わったかと思うとまだ先があったらしく、面をあげよと声がかかった。
「さて、皆に諮らなければならぬのはこれからのことじゃ。今、皆六公四民であるという。これに相違ないな」
五平が肯定するのを見ていたが、全員に緊張が走るのが分かった。
「今年検地をしようと思うておる。今から夏までに、今ある田畑を全て検地するつもりじゃ。そして三年の後より七公二民一倉を基準とする。これが第一案。そして今まで通り六公四民を続けこれから三年後に検地を行う、これが第二案じゃ。いずれが良いかをそなたら自身で決めるが良い」
これには五平も困ってしまった。大体、一倉とは何だ。
平助が横から説明する。
「七公二民一倉の制の一倉はな、お救い倉をお主たち自身の手で運用させる制度だ。今までは城に来て下賜して貰っていたお救い倉の出納を、お主ら自身の手で自由に行わせるものだ。無論、中身を検めることはするが、危急の際にお主らは自由にお救い倉の中身を使うことが出来る、そういう制度だ。なに、中が米である必要はない。お救い倉だからな、稗や麦でも問題はあるまいよ。……ときに弥次郎兵衛殿、検地にはどのくらいの手間がかかるのですかな」
「非常に面倒でございますよ。今年にやったら、次は何年後に出来るか分かりませぬ。三年後まで準備期間があるのであれば、毎年のように行うことも出来ましょうがな」
この言葉を聞いていて、五平はどうすべきか、という以前に、何を言っているのか分からなかった。と、後方で手が挙がった。熊八と名乗る庄屋の一人であった。
「この件について、今すぐに結論を出さなければなりませんか。大庄屋様たちとも相談したいのですが」
よかろう、ということで、半刻後、また草太が来るまでに結論を出すこととなった。
熊八が言い始めた。
「第一案、これだよ。絶対こっちの方が良い。考えてもみろ、資材を出して開墾するという話、あの話の後にしたってことは、こっちの選択を選ばせようというのだ」
それがどうした、と五平が言う。
「分からねぇのか、検地の時になんていった、「今ある田畑」と言っただぞ。開墾分は言わなかったのだぞ。俺たち自身がこれから切り開いた田畑、これがいくらあっても、検地はされない以上、納める米は増えねぇ。開墾すればするだけ、俺たちの得だ」
「ああ」今更ながらに気が付くほど、五平が鈍かったわけではない。「次が何年後になるか分からない」だけで、何年かしたら検地があるのは間違いないだろう。その間に元が取れるかどうか、という問題である。一割、租が上がる。どちらが大きいかという問題でしかない。
「それだけじゃねぇ。今までだって、お救い倉の分として一割多く持って行っている。そのくせ今まで俺たちが何回お救い倉に頼みに行っても、古川の時にはほとんど出た試しがねぇ。しかも納めるときは米だが出てくるのは決まって稗か麦だ。それをあの房綱様は、俺たち自身が使うかどうかを決めろと言っている」
五平はその点は考えていなかった。そういえばそうだ、という声が聞こえてくる。
「そうだ。今まで各家でも稗や蕎麦は貯めていただろうが、それを倉にまとめるだけの話だ。今年検地を飲むだけで、それだけのことが出来るのだ」
半刻後、草太が出てきて早々、五平は第一案にすることを伝えて散会した。
こうして草太が村々の庄屋、大庄屋を集めて行った評定は、翌々日の正午に二男、三男を中心とした村でも余剰となっている人物を岡前館に集めること、七公二民一倉という制度を採用すること、検地をこの夏に行うことを決して散会となった。時刻は夕闇であり、草太が下がった後は酒食がふるまわれた。
この後家まで帰るのであまり過ごさぬように、と釘をさすのは忘れない五平であった。どうやら何人か、酒癖が悪いものがいるらしい。
ただし、熊八のみは別であった。
熊八のみ別の部屋に呼ばれ、一人板の間に待たされていた。円座(藁座布団)が二つ、置かれているところを見ると、少なくともあと二人は来るらしい。
あの場で発言して目立ったからな、と後悔して板の間に直に座っていると、戸が開いて草太が入ってきた。床の間を背にした円座に座り、熊八が板の間に直に座っているのを見ると円座に座るように勧めた。
「何でございましょう」声に怯えがある。当たり前だろう。一人だけこうして別室に呼ばれたのだから。
草太は熊八に向かって言った。
「熊八、単刀直入にいう。武士になる気はないか。いや、武士とは言わぬか。内政をつかさどるもの、戦場では後ろを守り、物資を送るもの、そういうものになる気はないか」
へ、という顔になった。当然である。お叱りを受けるとばかり思っていたのが、逆に勧誘を受けているのだから。
「刀や槍は、ま、ないと格好がつかないだろうがな、飾りで良い。そういった意味の武士ではない。政を助けてくれる、そういう意味での武士だ。なる気はないか」
「人は殺しませんので」
「必要ない。いや、必要な場合もあるかもしれないが、少なくとも私が積極的に殺せと命ずることはない。これは約束しよう」
なぜ私なので、と聞くと草太は答えた。
「あの場であの策を見抜き、先々を見据え、そして誰も発言するものもいない中で挙手して発言するという胆力、それを見て、今後の我らに必要な人材だと考えた。それだけだ」
と言って草太は姿勢をただした。
「正直に言おう、熊八。今は一人でも多くの部下が欲しい。この地に生まれ育った部下が。力の強いもの、剣術の強いもの、弓の上手、こういうものは別によそ者でもかまわない。だがな、こと政となると、京大阪で、或いは美濃で通用した方法が、こちらでは通じない場合がある。それを知るのは、余程の賢人か、或いはお主のようなこの地で生まれ育ったものだけだ」
「でも、字も知らね、知らないのですが」
では習えばよかろう、平助とて字を覚えたのはつい最近だ、と言い、
「どうだ、引き受けてはくれぬか」
このまま行けば、草太が頭を下げる形になる。それは流石に耐えられない。
「分かりました。ただ、家に家族もおりますので、明後日に参ります。それでよろしいでしょうか」
「そういえば、農作業は問題ないのか」
「弟がおりますので、庄屋仕事はそちらに任せます」
名字はあるかと尋ねたところ、在所が太江村なので太江を名乗っているという。熊八では武士の名にふさわしくなかろうというので、太江熊八郎と名乗ることとなった。
こうして、草太の部下として太江熊八郎が登用されることとなった。身分は当分は勘定方見習い兼草太の側役である。指揮系統が二つあるのは面倒なので、基本的には弥次郎兵衛の組に与力として組み込まれた。
活動報告にも書きましたが、飛騨統一までの間は毎日0時に更新します。
推敲が甘くなる可能性もありますが、その場合はご指摘ください。
9月11日、誤字修正しました。お恥ずかしい。




