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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第二章 飛騨統一編
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十八、草太の国府入り

 白川郷を出て飛越西街道を抜けると、そこは古川国府盆地である。この南に短い山地があり、高山盆地とつながっている。勢力図として考えた場合には、この古川国府盆地までは姉小路家の勢力範囲、高山盆地をめぐっては両者の勢力が混在している、というのが、大体のところであった。

 草太とその一行は、行列と古川国府盆地の南、宮川と名を変えた神通川が曲がる辺りで落ち合う手筈になっていた。

 前夜、照蓮寺を出た翌夕、古川国府盆地に着いた一行は、国府で宿を取った。待ち合わせは明日の朝、そのまま国府に入府する、という運びになっていた。

 宿に入ると弥次郎兵衛が、連絡を取りに出かけ、予定通りに行列も、今夜は高山盆地まで来ていることが分かった。後はもう一泊し、明後日の朝、入れ替われば済む。


 ただ、牛車は潰れたという。

 草太は迷っていた。戸惑っていたという方が正しいのかもしれない。替え玉になった少年が一人、死んだというのだ。間違いなく草太の身代わりである。草太が命じて、その結果罪もない子供が死んだのである。しかも、死体は破壊された牛車を薪として荼毘に付し、埋めただけで、簡単な墓すらない。公式には誰も死んでいないのだから。

 後に骨が掘り出されたとして、行き倒れを奇特な人が荼毘に付して埋めた、というだけの扱いでしかない。

 公式には、一行は京を出発し、途中で牛車が壊れるという事故があったにしろ、誰ひとり欠けることなく国府についた、ということになっている。いや、ならなければならない。草太の代りに死んだ少年など、最初からいなかったのだ。否、今も京かどこかにいることになっているのだ。それが行き倒れ無縁仏に入ろうとも、草太とは何の関係もない。

 あくまで公式には。

 草太が悩んでいると、弥次郎兵衛が声をかけてきた。

「旦那、何を悩んでいるんです。これから目的を果たすために、その命令一つで何千人もの死者が出て、何万人もの人が助かる。そういうことをしようってのです。一人くらいでそんなに気に病む位なら、最初から出家でもして僧になっていた方がよっぽど楽ですよ。これから屍山血河を渡ろうってのに、そんなことでどうします」

「そうは言ってもな」草太が悩み顔で言うと、平助が横から口を挟んだ。

「いかに川を渡ると決心しても、最初の一歩は、やはり重かろうよ。それが逃れられないにしてもな」

 そんなもんですかね、と弥次郎兵衛が言い、少し一人にすべきだと立ち去り際に、そういえば、と言った。

「そういえば、あっしは今まで名乗りが弥次郎兵衛だけなんで、名字がありません。旦那の家来として働くには、これからはあった方が便利なんでね。一つ城井を名乗りたいのだがどうかね」

「城井弥次郎兵衛か。城井弥太郎どもの喜ぶだろう。許す」

「ありがとうございます」

 そういって弥次郎兵衛は今度こそ出ていった。障子を隔てた向こうには、平助が太刀の手入れをしたあと、瞑想にふけっている。おそらく明日、襲撃はないだろうが、それでも用意しておくに越したことはない。

 その夜は、草太はなかなか寝付けなかった。

 これから草太は、飛騨の国司として飛騨統一を目指し、或いは戦もするだろう。切腹、斬首に処す相手も出てくるだろう。その意味で大量の死を、屍山血河を築くであろう。これは間違いない。そして、そうせねば日本の統一はおろか、飛騨一国でさえも治められないだろう。単なる傀儡として、今まで通りにしかなるまい。何千何万という命が、その双肩にかかってくる。それに耐えるしかないのだ。

 ソウタ爺の声がふと聞こえた気がした。たしか住職とソウタ爺の茶飲み話に付き合っていた時のことだ。

「考えすぎるとな、結局何もできずに、より悪くなってしまうことがよくあるのだ。何も考えないのもいかんが、考えすぎずにまずはやってみるのだ。案ずるより産むがやすしと言ってな、進まなければならないなら、何も考えずに進むのだよ」

 そういって確か肩口にある銃創を見せ、

「まぁ、その結果がこれで、後ろに運ばれて入院したが、その結果シベリア送りは助かったわけだから、何とも言えないがなぁ」

「人生全て塞翁が馬、禍福はあざなえる縄のごとし。なんでも良いことと悪いことは両方来るのだろうよ」住職がそう言って茶をすすり、シベリアへ行く話をしていたが、どうやらソウタ爺にはこの地をそうそう離れられない事情があるらしかった。

 とにかく、やるしか道はない、か。


 翌朝、約束の場所で小休止しているのを確認した一行は、近付き誰何された風を装って、羽織っていた着物を裏返し、被衣(かつぎ)を受け渡す、などを瞬時に行い、行列の参加者で草太たち三人と入れ替わりに出ていく三人は追い払われた態で離れていった。これで、牛車がなく供周りの人数がひとり減っていること以外、何も出発時と変わらぬ行列が出来上がり、そのまま国府のある飛騨小島城へと入っていった。先触れが走り、出迎えに古川富氏以下、被官が並び、国人衆が並ぶ中、草太たちは堂々と入府した。


 まずは広間で挨拶を受けなければならない。簾の奥の上座に座った草太に対して、取次の城井弥次郎兵衛が直答を許す旨の発言をし、型通りに入府挨拶が始まった。

「姉小路房綱様、ご入府、おめでとうございまする。我ら領民一同を代表し、心よりお迎えいたします」

と中年過ぎの男が言った。この飛騨姉小路家家臣団の筆頭、ということであろう。

「名が分からぬ。一人ずつ、面をあげて所在と名を述べよ」

と草太がいうと、一人ずつ順に名を名乗っていった。

「まずは某、筆頭の古川富氏にございます。高綱様の世話をしつつ、この古川の地を治めております」

「姉小路家庶流、後藤帯刀にございます」

「同じく姉小路家庶流、牛丸重近にございます。代々小鷹利城を預っております」

「同じく姉小路家庶流、渡邊筑前守にございます」

「国人衆筆頭、三木直頼が家臣、広瀬宗城にございます。主君直頼の名代としてまかり越しました。飛騨南部、高山より南を預っております」

「同じく国人衆、江馬時盛が家臣、麻生野直盛にございます。兄時盛が名代としてまかり越しました。飛騨東北部、神岡を預っております」

「同じく国人衆、内ヶ島氏理、父氏利の名代として参上仕りました。白川郷を預っております」

 この後も名乗りが続く。つまりはこの者たちが、飛騨の主だったもの、ということである。勿論この下に村があり庄屋がいる。人足がおり顔役や元締めがいる。この者たちの誰を取り込み、だれを排除するかを、草太は決めていかなければならない。その上で、最終的には排除すべきは全て排除して初めて、この飛騨を統一したといえるのだ。

「名乗り、ご苦労である。これなるは城井弥次郎兵衛、高屋平助、我が家臣である。また、この度の入府に従ってきた者たちも同様である。さよう心得よ。……さて、今宵は宴を、と言いたいところではあるが、我らも入府して間もない身、さしたる支度はできておらぬ」

支度をしていないのは、弥次郎兵衛が確認済みである。

「されど、何もないのも無聊、固めの杯をふるまいたい。弥次郎兵衛、これへ」

 全員の前に膳部に銚子、杯が置かれ、塩昆布が添えられている。この程度を揃えることなど造作もないこと、と弥次郎兵衛は澄ました顔で言ってのけただけある。出陣ではないため、アワビや栗はない。

 本来であればあるはずの、領土を安堵するような約束はできない。なぜなら三木氏については明確に滅ぼすべき敵であるためだ。おそらく江馬氏も。少なくとも今日、名代で済ませている者については、要注意であるといえるだろう。

 特になんら言質を与えることなく、酒を飲んで散会となった。もっとも草太は元服したとはいえまだ10歳、酒などさして飲めるわけもない。

 時に天正二十年弥生二十四日(1551年4月29日)のことであった。



 この入府に際して、収まらないのが三人いた。言うまでもない、三木直頼、古川富氏、江馬時盛の三人である。

 まずは直接接した古川富氏である。顔を見て、こんな少年が、という印象が強かった。おそらくそれが強すぎ、また飛騨姉小路家を実質的に牛耳ってきたという自負心から、それ以上のことを感じることはなかった。


 三木直頼の名代として接した広瀬宗城は、しかし印象が違った。確かに少年ではあるが、飛騨を統一するという意思がその眼に宿っている、しかもそれが最終的な目的ではない、というところを見ているように見えた。また教養も、言葉の端々から非常に高いものを感じた。その上、既に三十人を従えており、そのいずれもが一角の人物であるようだ。例えば古川富氏は酒を用意していなかったはずだが良い酒を用意し、塩昆布と縁起の良いものを給するなど、どこからか調達してきた。かわらけの類も、揃いではあれだけの数はあの屋敷にはないはずが、これも揃いであった。つまりそれだけの用意をあの短時間で行ったか、ないことを見越して自前で用意したに他ならない。いずれにせよ並々ならぬものを感じていた。

 このことを密書でか使者を立てたか、或いは直接報告したのかは分からない。しかし三木直頼は報告を聞いて、既に襲撃したことから敵対するほかないと考え、できるだけ早い段階で名分を立てて一戦交えるか、さもなくば力を削ぐ策を講ずる必要を感じたようであった。


 もう一人は江馬時盛の名代として接した麻生野直盛である。江馬氏は元来、飛騨制覇には興味がない。というよりも、重視しているのが領土維持であり、神岡の地を保持することが第一である。そのためであれば、本家筋の姉小路家の仇敵である三木氏とすら手を結ぶほどに。それゆえ、所領安堵をついに約束しなかった草太に対して、良い感情を受けなかった。その感情もあったのであろう、富氏と同じく、こんな少年が、という印象が強くなった。ただ二人の家臣、高屋平助と城井弥次郎兵衛については並々ならぬ器量を感じ、また前関白一条房通公より一文字を頂戴していることから、一条家からの物質的、人的支援は避けられぬように思われた。既に人的支援としてこの二人を含む三十人ほどが入府している。

 こちらも記録は残っていないが、江馬時盛の出した答えは、静観する、であった。状況を見て所領安堵を得られればそれでよし、何らかの大規模な支援があれば、こちらでも分かるはずである。三十人は、侍としては多いが、これを兵として考えた場合には気にする必要がないほど少ない。落ちのびるのであれば別だが、攻めよせこちらの所領を伺うとするならば。


 三者三様の印象があり、それぞれの思惑がある。結局は一枚岩ではなくそれぞれの利害関係だけで動いている辺りが、この三者の陰謀の限界であったのだろう。


 もう一人の実力者である白川郷を実質的に支配している内ヶ島氏理は、名代とはいいながらも家督を継いでいないだけで実質的には病気の父に代わって実権を握っていた。とはいえ、この時わずか数えで十一歳。ほぼ同年代の草太に対して親愛の情をもったようであった。

 事実、これはのちの話になるが、草太と氏理の関係は良く、氏理は終生敵対することはなく、草太もそれによく応えていたようである。勿論、様々な周辺の事情もあったのは確かであるが。


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