幻想曲・幻想入り
残念ながら、筆者には2話を投稿するつもりは今のところありません。
目次で2話が無ければそういうことです。
そして1話だけでもそれなりに楽しめるように書いた(つもり)ですので安心してお読みください。
音楽大学の構内に張り出された合格者の番号がたくさん書かれた紙を見たとき、俺は喜びのあまりガッツポーズをした。
これで、好きなだけ音楽に打ち込めるっ。
今までいやいやがんばってきたわずらわしい勉強から開放され、好きなだけ音楽ができる。
その喜びは、ガッツポーズ程度では表しきれなかったが。
家族に、携帯で合格をしらせた。みんな、喜んでくれた。家を出て大学の寮生活になるのが、申し訳なく感じた。
新幹線で帰って、それから数日は合格パーティやそれに似たようなことを繰り返し、たくさん騒いだ。
その先のことが分かっていれば、最後の晩餐にしか思えなかっただろう。
騒ぎまくって疲れて、合格の熱も冷めた。
なぜか俺は、家から遠くない東尋坊に出かけてみることにした。
どうしてそんなところへ行こうと思ったのか分からないが、もしかしたら海風にあたりたいとでも思ったのかもしれない。
電車やバスで数時間、って十分遠いじゃないか、東尋坊の一番先に着いた。
切り立った崖、一寸先は海、自殺の名所の東尋坊。
しかし、そのときの僕にはただきれいな場所だとしか思えなかった。
荒々しい岩と、それに当たって砕ける波。なんだか、エネルギーに満ち溢れた場所だとすら感じた。
そのエネルギーに引き寄せられたかのように、崖の先へと歩み寄ってしまった。
深呼吸。潮風のにおいと、岩と波、その音。
嗅覚と視覚と聴覚、三つの感覚からこの東尋坊という場所を感じることができた。
この感覚はショスタコーヴィチ交響曲第5番「革命」第4楽章、いやハイドンの交響曲第104番「ロンドン」第1楽章、ドヴォルザーク交響曲第9番新世界より第4楽章、いや……
既存の曲を何かに当てはめることなどできるわけが無い。
この場所に立った感覚を音楽で表現したくて、早く帰って曲に書き起こしたいという思いでいっぱいになった。
そうして、来た道を戻るために海に背を向けたのだが……
そのとき強い風が吹いてバランスを崩してしまった。
気付けば海に向かって落ちていた。
自殺の名所、という言葉が頭にちらつく。
死の恐怖に負け、あっさりと意識を手放した。
もっと、音楽したかったなあ――――
最期に思うのは、ただそれだけだった。
◇◆◇◆◇◆◇
目を覚ました。布団の中にいるようだ。
「……は?」
てか、俺、東尋坊から落ちなかったっけ?
服は海の水に濡れてたりしない、ちゃんと乾いている。
周りを見れば、自分が日本屋敷の中にいることが分かった。かなり立派な屋敷のようだ。
「あっ」
声がした。聞こえたほうを向く。
白い髪の女の子が俺のほうを見て、すぐに戻っていった。
「幽々子さまー!目を覚ましましたー!」
ところで……あの子、幽霊連れてなかったか?
◇◆◇◆◇◆◇
「目を覚ましたのね」
さっきの女の子がつれてきた女の人が、そういった。
「おかげさまでどうも……じゃなくてっ。何で俺、こんなところにいるんですかっ」
「あら、こんなところで悪かったわね?」
女の人が持っている扇で口元を隠しながら言う。
「あ、いや、そういう意味じゃなくて、この屋敷が悪いって言ってるんじゃなくて、どこか分からないって意味で、だからこんなところって言って……って、あれ?」
「ふふ、冗談よ。本当に気分を害したわけじゃないから、気にしないで」
扇で口元を隠したのは、笑っていることを隠すためだったようだ。
「紫にいきなり貴方を押し付けられたときはどうしようかと思っていたけれど……とりあえず、目を覚ましたんだから、自己紹介してくれる?」
「わかりました。いえ、事情はまったく分かりませんが……
俺は、長町奏人といいます高校卒業したて、この春から大学生に……」
「外の世界の学び舎のことはよくわからないから、名前だけでいいわ」
俺の台詞をさえぎって言う。
ん?今、外の世界っていった?
「私は西行寺幽々子。亡霊よ」
「私は魂魄妖夢、半人半霊の庭師です」
白い髪の子が一礼する。よく見れば刀持ってるじゃないか。
「あの、亡霊って?それと、半人半霊って」
「あら、目を覚ましたのね。いいところにきたじゃない、私」
また台詞がさえぎられる。
声のしたほうを向くと、なにやら空間が割れて、そこから身を乗り出している女性がいた。
そこから出てきてさっき亡霊と名乗った人の横に来る。
「紫、本当にいいところで来たわよ、貴女。ちょうど三人とも自己紹介が終わったところ」
「それで、私の番ってことね。私は八雲紫。貴方をここ、幻想郷に連れてきたのは私よ」
「そうよ、どうして外の人間を幻想郷に連れてきたのか、しかもどうして私のところなのか、それを聞きたかったのよ。いくら貴方の能力があるからって、さすがに外の世界の人間を連れてくるのは、今までに無い暴挙じゃない?」
「暴挙って、今まで、外の人間を連れてきたことぐらい、何度かあるじゃない。人間の里の人口も緩やかにとはいえ減少しているし。いえ、これは最近に限ったことじゃないのだけれど。それにね、話をよく聞きなさい?私は貴方にこの人間を少しの間よろしく、とは言ったけれど、それ以外、何も言ってないわ?勝手に足りない部分を想像で補わないでほしいわね。
まあ、言ってなかった私も悪いわ。これから説明するけれど、貴方、名前は?」
いろいろと、訳が分からない。何を言っているのか、というか軽く聞いただけならいい年こいてごっこ遊びしている集団にしか見えないけれど、自分の身だって死んだはずであり、今はこの人たちの言うままにすることにした。
「長町、奏人です」
「そう、では奏人、貴方は今ここにいるけれど、その前はどこにいた?}
どこ?って、聞かれるまでも無い。
「東尋坊に」
「そう。人間界では有名な、自殺の名所。どうしてそんなところにいたのかしら?」
自殺の名所、という言葉に白い髪の子が反応する。
あら、死にたかったの?と西行寺さんが微笑みで問いかけてくる。
「死にたくなんてありませんでした。確かな目的があってそこに行ったわけではないけれど、いえ、そこに行くことが目的だったと思います。光景を見て、作曲したい衝動に駆られて、すぐにでも曲を書き始めたかった、そのときの気持ちは覚えています。でも、確か……そのあと、風にあおられて、海に落ちて」
「そうだったの。地底の主じゃないから貴方の心は分からなかったけれど、そんなことを考えていたのね。道理で、いきいきとして見えたはずね」
どこから見ていたんだ……さっきと同じように、割れた空間から見ていたのか。
「それで?」
西行寺さんが強い口調で問い質す。
「私が聞いたのはどうして貴女が人間をここに連れてきたのか。そのときのこの人間の様子を聞いているのではないわ」
「あわてないで。まだ途中よ。それで、言ったわよね、自殺の名所だって。幻想郷も人間の世界も今は冬、そんな寒い海に落ちて、満足に泳げたとは思えない。まあ要するに確実に死ぬ状態だったってわけ」
おそらくそのとおりだ。それが分かったから俺は意識を手放したんだろう。
「どうせ死ぬ人間なら幻想郷に連れてきてもいいじゃない。それがこの人間、奏人を幻想郷に連れてきた理由よ」
「あの、それなら、助けて人間の世界に戻すことができたんじゃないでしょうか。幻想郷にいきなり連れてくるよりは、そっちのほうがよいかと」
「紫に、つまるところ幻想郷に中途半端に関わって人間界に戻られても、人間の世界とは切り離された幻想郷という存在が揺らぐだけ。そして、行き来できない世界が互いのことを知れば、互いに小さくない影響を及ぼしあうでしょう。考えが甘いわね、妖夢」
「……はい。すみません、幽々子さま」
それを聞き届けて、西行寺さんがふう、と息を吐く。
「……事情は分かったわ。確かに、紫、あなたのしたことをとがめる気はなくなったわ。そして、妖夢の言ったとおり、いきなり幻想郷に連れてきて、簡単には順応できないと思うから私のところに連れてきたってことね。いいわ、しばらくは寝る場所としてこの白玉楼を貸してあげる。でも、しばらくの間だけ。最終的にどうしたいのか、貴方がどんな暮らしを求めるのかは貴方が決めなさい。それまではこの白玉楼にいてもよいことにするけれど、それでいいかしら?」
ちょっと待ってくれ。
と言いたい。
とりあえず分かったことは、ここが人間の世界ではなく幻想郷というところだってこと、ここにいる人たちの名前、あと俺が死ぬところを八雲さんが助けてくれたってこと。
俺は死ぬところだった、それは俺自身が本当だと知っている。だから、ほかのことも信じても良い。
だが、信じられるからといってあまりにもめまぐるしく変化しすぎだ。状況についていけない。
とにかく、気分的に落ち着ける状況がほしい。
「……何か」
「「「?」」」
「何か、楽器はありませんか。何でも構いません」
「いつだったか、妖夢が挑戦して三日坊主でやめた笛があったわよね?何でも良いって言うから、持ってきなさい」
「は、はいっ」
すこし顔を赤くして出て行った。
しばらく、物をひっくり返す音や何かが落ちる音、「きゃっ!?」という悲鳴が聞こえて、戻ってきたのは5分ほど後だった。
その笛は六穴の篠笛だった。うけとり、日本屋敷に似合った日本庭園の中心に進む。靴はここで脱いだ覚えは無かったが、揃えて縁側に置いてあった。
ピッチの確認。六穴、どれもおかしな音程は無い。
深く息を吸う。
俺は死ぬはずだった。その悲しみ。
でも、今、生きている。その喜び。
ここは幻想郷であるという。困惑。
人間の世界との決別。その悲しみ。
今、俺の心にある感情の全てを、あるがままに音にする。
大きく高く、歓喜を奏でる音色。
小さく低く、不安を奏でる音色。
心の赴くままに吹き切ったとき、自分が知らないうちに泣いていたことを理解した。
◇◆◇◆◇◆◇
ぱちぱちと拍手が聞こえたので振り返る。
三人全員、拍手していた。
「素晴らしいわね。貴方には不本意かもしれないけれど、紫に連れてきてくれたことを感謝しちゃったわ」
自分の涙を拭いてから、頭を下げる。自分の感情を音に表しただけで、音楽性のかけらも無かったと思うので、そんな感想を頂いては申し訳ないぐらいだ。
「それで、答えをまだ聞いてなかったわね。私は、この白玉楼に貴方を置いても良い。貴方は、それで良いと思うの?」
涙は拭いた。もう、涙は乾いた。
「俺は、一度死んだようなものです。そんな俺に、まだ生があるだけで感謝しきりなのに、世話をしてくれるといいます」
右手の笛を握りしめる。どんな種類ものでも、楽器があれば、俺は俺でいられる。
「その恩に報いることを二つ目の人生の意義としたいと思います。どうか、俺をここに置いて下さい」
楽器があれば、どんな不安も形を成さない。音楽より大きなものは俺の人生に無い。
「そう、その返事が聞けて嬉しいわ、また笛を吹いてもらいたいもの。これからよろしくね、奏人」
どうやら、二つ目の人生にも音楽はあるようだ。
妖夢「あの、笛返してください」
奏人「ああ、すみません、俺の笛じゃないのに」
「感動しました!私、三日坊主でやめたことが恥ずかしいです!もう一度、笛に挑戦してみたいと思います!」
(あれ、俺の楽器、なくなっちゃったよ)