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夢喰い

 人は夢を奪われると、狂ってしまうんだって。

 倫理の授業で習ったって、あの子が言っていたよ。レム睡眠がどうとか言っていたけれど、よく分かんないや。

「でも僕は、生きていくために、夢をもらうんだよ」

 僕がそう答えたら、あの子は

「じゃあ、仕方ないね」と言ってくれた。


 夜も遅く、お化け電気が目に痛い時間。僕は近所の枕元を座って廻る。美味しそうなのを探すために。ときどきパッチリと目を開ける子が居て、僕の方が驚かされる。

 今日はこの子にしよう。

 鼻先を突っ込んで、匂いを嗅いだら、少し汗臭かった。知ってる、この匂い。野球だ。僕は喜んで飛び込んだ。


――カキーンッ!  ナイバッチ! 回れ回れー!


 僕はとても小さな野球場に居た。夢主はどこだろう。目玉をぐるうりと回す。

 おかしいな。

 普通なら、夢の主人公は一番輝いているのに。この夢は全員が全員輝いてて、眩しくて夢主が見えない。もう一度、目玉を回す。真後ろを見たところで、ぴた、と止まった。あの黒い子は、誰?

 不思議に思って近づいてみると、なんと夢主の男の子だった。

「あのぉ」

 思い切って、声をかけてみる。勢いよく顔を上げた男の子は、僕を見て声を上げそうになったので、慌てて口を押さえる。

「ごめんごめん! 驚かせたね。僕は夢喰い。君の夢を少し頂きに来たんだけれど」

「いいよ」

「え?」

「全部食べちゃっていいよ」

 また少しずつ男の子の頭が下がっていった。それを下から覗き込む。

「本当に? 本当に全部?」

「いいから!」

 叫んだ途端、男の子の姿がぼんやりと薄れ始めた。起きようとしているらしい。

 あの子の言葉を思い出した。

――夢を見ないとね。人は疲れてしまうの。起きながら夢を見てしまうのよ。それは、

「怖いんだよ」

 ほとんど白くなった目が、僕をうつろに見る。

「怖い?」

「夢を見ないとね。起きてるのに、夢が見えるようになるんだって。そうするとね、本当と、嘘が見えなくなっていくんだよ」

 怖いんだよ、と繰り返すと、白い目が揺れた。

「でも、起きてても、夢と同じだから。この夢、本当のことだらけだから」

 言われて、僕はまた目玉をぐるうりと回した。

 皆笑顔で、輝いてて、ピッチャーとキャッチャーはアイコンタクトで頷いて、バッターが打席でわくわくとボールを待っている。

 そして、この男の子は、ベンチの裏で、しゃがんで、真っ黒だ。

「補欠?」

 僕は少し、野球を知っていた。今までに何度も見たから。

 男の子は頷きついでにうつむく。

「もう、三年も、マウンドに上がれないままなんだ」

「ピッチャーなんだ!」

 僕は嬉しくなった。ピッチャーが夢主だなんて、いつぶりだろう。そうだ。四週間前のレギュラーが、肩を痛めて悩んでた――

「レギュラーでもないのにピッチャーだなんて!」

 突然男の子が張り上げた声に、僕は驚いて考えるのを止める。皆もびっくりしたんじゃないかと辺りを見渡せば、何事も無かったかのように、試合は続いていた。そういえば、これ今何回なんだろう。

 終わらない試合に、入れない自分。明るく光るチームの皆と、暗く沈んでいく自分。

「夢の中でだけでも、レギュラーになればいいのに」

 体に湧いた言葉が、頭を通らずに直接口から出た。男の子は徐々に輪郭を取り戻し、みるみるうちに目に涙を溜めた。

「僕はレギュラーにはなれないんだよ」

「誰が決めたの、そんなこと。夢は君のものだよ。自由に勝手にしていいのさ」

「自由……勝手……? どうやって」

 寝ている相手に催眠術が効くかは分からないけど、昔どこかのお婆さんが夢でやっていたのを思い出しながら、指を回す。

「僕の指の先をよく見て。じっと、目で追いかけて……」

 男の子の目がぐるぐると回り始めた時、僕はゆっくりと言った。

「君はプロ野球選手で、エースピッチャーだ。ほら、僕が君の嫌な考えを吸い取ったら、マウンドの上には君がいるよ」

 心の中で、一、二、三と数えて、ぐわっと手を開き、ぎゅいっと閉じた。言ったとおり、この夢で、男の子を黒くしている部分だけ頂く。

 目が覚めたときのように、男の子は目を瞬かせた。……マウンドの上で。

 僕は良い事をした、と満足して夢から這い出る。かなりお腹いっぱいだ。まぁ、焦げの部分だけ食べたみたいに、口の中が苦いけれど。大人の味だと思って我慢しよう。

 振り返って夢主の顔を見ると、目も鼻も口も顔の中心に集まっていた。


 あれ?

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