殺すより、生かした方が儲かるので。~最弱ダンジョンマスターは、冒険者を育て、住まわせ、ついには戦争を止める~
人間は、殺した方が儲かる。
少なくとも、ダンジョンにとってはそういう生き物らしい。
「侵入者、3名。推定レベルは4、5、7です」
無機質な声とともに、青白い光が宙に浮かぶ。
そこには3人の若い冒険者が映っていた。
革鎧の少年。
杖を握る少女。
そして、体格だけは立派な剣士。
3人とも、見るからに駆け出しだった。
恐る恐る洞窟の奥を進みながら、何度も背後を振り返っている。
「……で、こいつらを殺したら?」
久住永人は、椅子代わりの岩に腰掛けたまま尋ねた。
久住永人。
38歳。
元日本人。
3日前まで、都内の小さな不動産管理会社で働いていた男である。
最後の記憶は、深夜の事務所だった。
大量の契約書。
鳴り続ける電話。
滞納家賃の一覧表。
そして机の上に置かれた、冷めたコンビニ弁当。
気づいたら、この世界にいた。
剣と魔法と魔物が存在する世界。
しかも人間ではなく、
正確には人間ではあるのだが、
『ダンジョンマスター』
という、どう考えても人類側から嫌われそうな職業付きで。
永人の前には半透明の文字が浮かんでいる。
――――――――――
《ダンジョン収益規則》
・領域内に存在する生命体からDPを得る。
・滞在収益
対象レベル×1DP/1時間
・死亡収益
対象レベル×100DP
――――――――――
「3名を死亡させた場合、合計1600DPを獲得します」
「レベル4が400。5が500。7が700。合計1600か」
「はい」
永人は腕を組んだ。
目の前の青白い球体。
このダンジョンの核である《コア》が淡々と続ける。
「推奨行動。魔物を召喚し、侵入者を殺害してください」
「いや」
「?」
「ちょっと待て」
永人はもう1度、規則を見た。
死亡。
レベル×100。
滞在。
レベル×1、1時間。
そして、眉間に皺を寄せる。
「……これ、おかしくないか?」
「何がでしょう」
「死んだら100時間分しか入らないじゃん」
「はい」
「4日と4時間だぞ?」
「はい」
「だったら、100時間以上ここに住ませた方が得だろ」
沈黙。
青白い球体が、かすかに明滅した。
「……住ませる?」
「そう」
永人は指を1本立てた。
「例えばレベル7のあいつ。殺したら700DPで終了」
「はい」
「でも1日24時間ここにいれば、168DP」
「はい」
「5日住めば840」
「……死亡時収益を上回ります」
「だろ?」
永人はもう1本、指を立てる。
「しかも生きてりゃレベルが上がる」
「……」
「レベル7がレベル14になったら?」
「1時間あたり14DPです」
「レベル28なら?」
「28DPです」
「つまり」
永人は立ち上がった。
「殺す理由なくない?」
再び沈黙。
コアが今までより長く明滅する。
おそらく、このダンジョンコアという存在なりに計算しているのだろう。
「しかし……人間は侵入者です」
「だから?」
「侵入者は排除するものです」
「誰が決めた?」
「一般的なダンジョン運営原則です」
「その一般論で、お前は滅びかけたんだろ」
青白い光が止まった。
言い過ぎたかもしれない。
だが事実だった。
永人が転移してきた時、このダンジョンに残っていたDPは5000。
領域は洞窟1つ。
魔物なし。
罠なし。
財宝なし。
コアの防御機能さえ半壊。
完全な赤字物件だった。
前職なら、オーナーに売却を勧める案件である。
「俺、前の世界で不動産管理やってたんだ」
「フドウサン?」
「建物に人を入れて、長く住んでもらって、毎月金をもらう仕事」
「……」
「空室は金を生まない」
永人は洞窟を見回した。
「そして死体も家賃を払わない」
その瞬間。
久住永人の異世界ダンジョン経営方針が決まった。
「よし」
「?」
「このダンジョン」
永人は笑った。
「冒険者を殺すのやめよう」
◇
3人組が最初に発見したのは、看板だった。
『初心者歓迎』
「……なあ」
剣士の少年が足を止める。
「ダンジョンって……初心者歓迎とか書いてあるもんなのか?」
「知らないわよ」
杖の少女が答えた。
「私だって初ダンジョンなんだから」
「怪しすぎるだろ」
3人の前には分かれ道がある。
右。
『初心者向け・弱い魔物』
左。
『休憩所・水あり』
正面。
『レベル10以上推奨』
「絶対おかしい」
「帰る?」
「でも……」
3人は顔を見合わせた。
街から半日。
最近発見された名無しのダンジョン。
冒険者ギルドにはまだ正式登録されていない。
だからこそ、彼らのような駆け出しでも探索権を得られた。
「右……行ってみるか」
3人は右へ進んだ。
待ち構えていたのは、1匹のスライムだった。
レベル1。
「……弱っ」
3人で囲み、あっさり倒す。
しばらくすると、次の部屋に2匹。
その次は1匹。
さらに進むと、ゴブリン1匹。
どれも、3人が協力すれば十分倒せる強さだった。
しかも妙なことに。
「また薬草落ちた」
「こっちは小魔石」
「……採算良くないか、ここ?」
魔物から落ちる素材が微妙においしい。
高価ではない。
だが初心者にはありがたい。
命を危険にさらさず、少額ずつ稼げる。
さらに奥には、また看板。
『疲れたら休め』
その先に、小さな泉があった。
水は透明。
毒なし。
飲用可能。
壁際には簡素な長椅子まで置かれている。
「なんなの、このダンジョン……」
少女が呟いた。
その光景を。
永人はマスタールームから見ていた。
「よし」
握り拳を作る。
「15時間突破」
「現在の滞在収益。240DP」
「いいねえ」
「ですが、休憩設備作成費として300DPを消費しています」
「初期投資だ」
「ショキトウシ」
「金を生むために、最初に金を使うこと」
「非効率では?」
「長期で見ろ」
「長期?」
「そう」
永人は3人を見る。
この中で最もレベルの低い少女は5。
このまま帰られても構わない。
重要なのは、
また来てもらうこと。
「この3人、名前分かる?」
「冒険者情報閲覧権限を使用します」
文字が浮かぶ。
カイル。
レベル7。
前衛。
ミナ。
レベル5。
魔術師。
ロット。
レベル4。
盾役。
「覚えておこう」
「なぜです?」
「客の名前を覚えるのは商売の基本だから」
◇
1週間後。
3人は戻ってきた。
2週間後。
また来た。
1か月後。
3人だけではなくなっていた。
「今日、23人」
「現在領域内生命体。人間23名」
「平均レベルは?」
「8.4」
永人は笑う。
「いいね」
噂は広がっていた。
死ににくいダンジョン。
初心者向け。
魔物の強さが妙に調整されている。
怪我をすると入口近くで休める。
薬草がそこそこ拾える。
そして1番大きかったのが、
『適正レベル表示』
だった。
『ここから先 推奨Lv10』
『この先 複数戦闘あり』
『重傷者は左の治療室へ』
冒険者たちは最初、罠だと思った。
やがて、
本当に書いてある通りだと気づいた。
死亡者。
0。
重傷者。
3名。
その3名も、永人が作った簡易治療室によって生還。
「治療に使ったDP、回収できた?」
「すでに回収済みです」
「何時間?」
「対象3名の合計滞在収益により、約29時間で」
「優秀」
永人は1人頷く。
死亡時収益は魅力的に見える。
確かに1瞬で大きなDPが入る。
だが、それで終わり。
0になる。
生きていれば、翌日も来る。
翌週も来る。
翌月も。
しかも強くなる。
「ミナのレベル」
「12です」
「最初5だったよな」
「はい」
「約2.4倍か」
「滞在収益も2.4倍です」
「最高だな」
「……」
「なんだよ」
「マスター」
「ん?」
「あなたは侵入者の成長を喜んでいます」
「そりゃそうだろ」
永人は即答した。
「強くなれば家賃が上がるんだから」
◇
3か月。
ダンジョンは拡張された。
第1階層。
初心者区画。
スライム。
ゴブリン。
角ウサギ。
弱い魔物ばかり。
第2階層。
中級者区画。
オーク。
コボルト。
毒蜘蛛。
第3階層。
上級者区画。
強力な魔物と、本格的な罠。
ただし。
致死率を抑える仕組みを大量に入れた。
緊急退避部屋。
解毒泉。
治療室。
安全地帯。
破損した装備の修理設備。
さらには貸出武器まで始めた。
「マスター」
「ん?」
「また赤字です」
「どれ?」
「貸出用の鋼鉄剣12本。盾8枚。杖6本。作成費合計1100DP」
「必要経費」
「最近、必要経費という言葉で全てを処理していませんか?」
「でも客増えてるだろ」
「……増えています」
領域内。
281名。
平均レベル。
16.7。
1時間。
約4600DP。
1日なら、
11万DPを超える。
「……」
コアが黙った。
「な?」
「理解不能です」
「数字出てるじゃん」
「理解不能ですが、事実です」
「ならいい」
ダンジョンは、もう洞窟ではなかった。
冒険者たちが勝手に呼び始めた名前がある。
『育成迷宮』
若者がここへ来る。
戦う。
傷つく。
治療する。
また戦う。
強くなる。
そして次の階層へ進む。
ギルドまで、ついには正式に認めた。
新人冒険者の推薦訓練先。
死亡率の低さ。
成長効率。
安定した素材供給。
その全てが評価された。
宿泊施設を作ったのは、その少し後だった。
「……ついにやるのですか」
「何が?」
「あなたが最初に言っていた」
コアが言った。
「住ませる、を」
「ああ」
永人は設計図を広げる。
地下第4階層。
戦闘区画ではない。
居住区。
個室。
食堂。
浴場。
訓練場。
武器整備室。
図書室。
倉庫。
医務室。
家賃は、
無料。
「理解不能です」
「また?」
「なぜ無料なのですか」
「人間から金もらってどうすんだよ」
「街で物品購入が可能になります」
「DPの方が価値ある」
永人は指を鳴らした。
「例えばレベル20の冒険者が1人住む」
「1日480DPです」
「1年なら?」
「17万5200DP」
「部屋1つ作るのに?」
「約1200DP」
「何日で元取れる?」
「2日と12時間」
「家賃なんて取る意味ないだろ」
再び、長い沈黙。
「……マスター」
「はい」
「あなたは時々、ダンジョンマスターというより悪徳商人のようです」
「悪徳じゃない。誰も損してない」
事実だった。
冒険者。
無料で住める。
安全。
訓練場付き。
治療設備あり。
迷宮内なので仕事場まで徒歩数分。
ダンジョン。
住人がいるだけでDPが入る。
しかも住人は訓練して勝手に強くなる。
街。
問題が起きた。
宿屋の主人たちが泣いた。
◇
「お願いします!」
街の宿屋組合長が土下座した。
「何とかしてください!」
永人は困った。
「いや……俺に言われても」
「冒険者が泊まってくれないんです!」
「ですよね」
「ですよね、ではありません!」
ダンジョン入口。
そこに作った応接室で、
人間の宿屋組合とダンジョンマスターが話し合うという、
歴史上たぶん初めての会議が行われていた。
「無料宿泊! 無料浴場! 無料治療! しかも訓練施設付き! 勝てるわけがない!」
「まあ……」
「最近は鍛冶屋まで出店したと聞きました!」
「空き区画貸したら勝手に」
「食堂も!」
「料理人の夫婦が移住してきて……」
「酒場も!」
「それは俺も想定外だった」
第4階層は街になり始めていた。
冒険者。
鍛冶師。
料理人。
薬師。
商人。
さらには冒険者の家族。
人が人を呼ぶ。
DPも増える。
領域内人口。
2400人。
平均レベルは低下した。
一般人も入ってきたからだ。
だが、
総収益は跳ね上がった。
「分かりました」
永人は言う。
「地上の宿屋と提携しましょう」
「……提携?」
「うちに住めるのは冒険者登録者と、その家族だけにする」
「は?」
「観光客、商人、短期滞在者は地上へ」
「……」
「その代わり、そちらから新人冒険者を紹介してください」
「紹介?」
「うちで育てます」
宿屋組合長は、
しばらく口を開けていた。
◇
1年。
世界で最も有名なダンジョンになった。
名前も付いた。
《悠久迷宮》
そう呼ばれるようになった理由は単純だ。
1度住んだ冒険者が、
なかなか出ていかないから。
第1期入居者。
ミナ。
初来訪時、レベル5。
現在。
「32」
永人は表示を見上げた。
「とうとう30超えたか」
「はい」
「1時間32DP」
「はい」
「最初は5」
「はい」
「6.4倍」
永人は満足そうに頷く。
当のミナは23歳になっていた。
今では新人冒険者の教官をしている。
かつて震えながらスライムと戦っていた少女が、
今では10人以上を同時に相手にできる魔術師だ。
カイル。
レベル35。
ロット。
レベル31。
3人は今もこのダンジョンに住んでいる。
「なあ」
ある日、ミナが聞いた。
「ダンジョンマスター」
「なんだ」
「ずっと疑問だったんだけど」
「うん」
「なんで私たちを助けるの?」
永人は止まった。
「助ける?」
「だって普通、ダンジョンは人間を殺すでしょ」
「らしいね」
「あなたは逆」
ミナは指折り数える。
「訓練場所を作る」
「うん」
「治療する」
「うん」
「装備まで貸す」
「うん」
「住む場所もくれる」
「そうだな」
「それで何が欲しいの?」
永人は少し考えた。
嘘をつく必要もない。
「君に生きててもらいたい」
ミナが固まる。
「……え」
「しかもできれば長生きしてほしい」
「え、あの」
「怪我もしないでほしいし、できればもっと強くなってほしい」
「……」
ミナの顔が赤くなった。
「そ、それって」
「君が死ぬと収入が止まるから」
「…………」
「今の君、1日768DP稼ぐんだよ」
「…………」
「優良顧客」
ミナは永人の脛を蹴った。
「痛っ!」
「知らない!」
「なんで!?」
◇
さらに3年。
《悠久迷宮》は巨大化した。
常住人口。
1万8000人。
そのうち冒険者。
6300人。
平均冒険者レベル。
28。
上位冒険者だけを見れば、
レベル50を超える者が100人以上。
世界最大規模の冒険者育成拠点。
世界最大規模の治療施設。
世界最大規模の訓練迷宮。
そして、
世界最強の戦力集積地。
当然。
国が放っておくはずもなかった。
最初に来たのは、アルディア王国だった。
「国家への帰属を求める」
使者はそう言った。
「断る」
永人は即答した。
「……まだ条件を説明していないが」
「戦争に使うんだろ」
使者の眉が動く。
図星。
「悠久迷宮には強力な冒険者が多い。国家防衛のため、その力を」
「嫌だ」
「なぜだ」
「死ぬから」
「冒険者とは戦う者だ」
「ダンジョン内で戦うのはいい」
「戦争も同じだろう」
「全然違う」
永人は資料を机に置いた。
「うちのダンジョン、年間死亡率0.2%」
「……」
「一般的な高難度迷宮は?」
「知らん」
「10倍以上」
「だから何だ」
「戦争は?」
「……」
「もっと死ぬ」
永人は使者を睨んだ。
「うちの冒険者を戦場に出す気はない」
「彼らは貴様の所有物ではない」
「当然だ」
「ならば国の召集に応じるかどうかは彼らが決める」
「そうだな」
永人は頷く。
「だから、行くなと頼む」
「理由は?」
「損するから」
「……」
「めちゃくちゃ損する」
使者は、
目の前の男が何を言っているのか理解できなかった。
◇
それでも。
戦争は始まった。
アルディア王国。
ベルガ帝国。
国境地帯の鉱山を巡る争い。
最初は小競り合いだった。
やがて兵が集まった。
そして国家は、
冒険者を徴用し始めた。
「まずい」
永人は数字を見ていた。
過去1か月。
居住者数。
減少。
342人。
理由。
徴兵。
依頼受注。
護衛契約。
「DP収益、何%落ちた?」
「4.8%」
「くそ」
永人は頭を抱える。
「まだ開戦前だぞ」
「はい」
「戦争始まったら?」
「予測不能です」
「死亡者数仮定、出せる?」
「条件を」
「5000人参戦。死亡率1割」
「500人死亡」
「平均レベル」
「悠久迷宮所属者なら37.2」
永人は計算する。
「1人あたり1時間37DP」
「はい」
「1日888」
「はい」
「1年で……」
「約32万4000DP」
「それが500人」
「約1億6200万DP相当の年間滞在収益が消失します」
「……最悪だ」
「なお死亡時に1度だけ、平均3720DPを獲得します」
「総額は?」
「186万DP」
永人は机を叩いた。
「話にならん!」
死亡収益。
186万。
失う年間収益。
1億6200万。
しかも、
生きていれば翌年も入る。
強くなればさらに増える。
「戦争って」
永人は呟いた。
「経営効率、悪すぎないか?」
「一般的に、戦争はダンジョン経営を目的として行われません」
「知ってるよ!」
永人は立ち上がる。
「止める」
「何を?」
「戦争」
「……」
「俺の客を殺させるな」
「国家間戦争ですよ?」
「だから?」
「あなたはダンジョンマスターです」
「知ってる」
「人類の敵です」
「それも知ってる」
「なぜ人類の戦争を止めるのです?」
永人は、
本気で不思議そうな顔をした。
「人間が死ぬと俺が損するから」
◇
悠久迷宮。
全冒険者に、1枚の通達が出た。
『戦争参加者は居住資格を1年停止する』
大騒ぎになった。
「横暴だ!」
「自由を奪う気か!」
「俺たちにも国がある!」
当然の反応だった。
永人は広場に立った。
数1000人の冒険者が集まっている。
「別に行くなとは言わない」
永人は言った。
「好きにしろ」
「ならなぜ!」
「俺にも客を選ぶ権利がある」
ざわめき。
「ここは、お前たちを強くする場所だ」
永人は続ける。
「殺すためじゃない」
「……」
「俺はお前たちが強くなればなるほど得をする」
冒険者たちは、このダンジョンの仕組みを薄々知っていた。
人がいるだけで、
この迷宮は力を得ている。
「お前らがレベル5だった頃から見てきた」
永人はミナを見る。
カイルを見る。
ロットを見る。
「スライムに追い回されてた奴」
笑いが起きる。
「ゴブリン1匹に3人で半泣きだった奴」
「おい!」
カイルが怒鳴る。
「初めて魔法撃って自分の前髪燃やした奴」
「それ言わない約束でしょ!」
ミナが叫ぶ。
笑いが広がる。
永人も少し笑った。
だが、
すぐ真顔になる。
「強くした」
「……」
「何年もかけた」
「……」
「装備貸した」
「……」
「怪我したら治した」
「……」
「死にかけた奴も戻した」
静かになる。
「それを」
永人は言う。
「どっかの王様と皇帝が喧嘩したからって、まとめて戦場に持っていかれてたまるか」
誰も笑わなかった。
「お前らは俺の所有物じゃない」
「……」
「だから止めない」
「……」
「でも帰ってきた時、部屋が残ってると思うな」
「ひでえ!」
「当たり前だ!」
永人は怒鳴り返した。
「空室待ち2000人いるんだぞ!」
今度こそ、
大笑いが起きた。
◇
結果。
参加者は大幅に減った。
だが、
戦争そのものは止まらない。
「次だ」
永人は言った。
「何をしますか」
「商人を呼べ」
「?」
悠久迷宮には、
長年かけて巨大な経済圏ができていた。
魔石。
魔物素材。
薬草。
武器。
防具。
食料。
薬。
冒険者。
そして、
何より。
高レベル冒険者が持ち帰る希少素材。
アルディアにも。
ベルガにも。
悠久迷宮産の品が大量に流れている。
「両国への素材販売を止める」
「……」
「武器素材も」
「……」
「回復薬も」
「マスター」
「何」
「それは経済制裁と呼ばれる行為では?」
「へえ」
「へえ、ではありません」
「できる?」
「可能です」
「じゃあやる」
「理由は?」
「戦争やめるまで」
◇
1か月。
両国の武器価格が上がった。
2か月。
回復薬が不足。
3か月。
魔法触媒の価格が2.7倍。
4か月。
冒険者ギルドが両国政府に抗議。
5か月。
鍛冶師組合が抗議。
6か月。
商人連合が抗議。
7か月。
アルディア国王から書状が届いた。
『貴迷宮の行為は、我が国への敵対行為と判断する』
永人は書状を読んだ。
「コア」
「はい」
「返事」
「記録します」
「戦争をやめれば翌日から通常営業します」
「……それだけですか?」
「あ」
永人は少し考える。
「あと」
「はい」
「うちの冒険者に手を出したら、永久出禁」
「国家を?」
「国家を」
◇
国王は激怒した。
当然である。
そして、
軍を出した。
標的は。
《悠久迷宮》
兵力。
1万2000。
「来たね」
永人は監視映像を見る。
「来ました」
「うちの戦力」
「常住冒険者のうち、レベル50以上142名。レベル40以上673名」
「戦わせない」
「?」
「そいつらは客だ」
「……」
「設備で止める」
「設備?」
永人は笑った。
この迷宮は何年、
冒険者たちを鍛えてきたと思っている。
初心者が死なないように。
中級者が成長できるように。
上級者が本気で戦えるように。
何1000回。
何万回。
魔物を調整した。
罠を作った。
地形を変えた。
避難経路を作った。
転送設備を作った。
「俺」
永人は言う。
「ダンジョンマスターだぞ」
◇
悠久迷宮攻略戦。
後に歴史書では、
『世界で最も死者の少なかった大規模戦闘』
と記録される。
王国軍1万2000。
死者。
0。
負傷者。
371。
行方不明者。
9822。
理由。
「ここ、どこだ……?」
王国兵は目を覚ました。
草原だった。
遠くに見覚えのある城壁。
「王都……?」
悠久迷宮から300キロ。
王都郊外。
兵士たちは、
一定以上進入すると強制転送されていた。
殺さない。
傷つけない。
ただ帰す。
1万2000人を。
何度来ても。
帰す。
3度目。
王国軍は進軍をやめた。
兵站担当者が泣いたからである。
◇
「話し合いをしたい」
半年後。
アルディア王国。
ベルガ帝国。
双方の使者が、
同じ机についた。
場所は悠久迷宮。
永人の応接室。
「どうぞ」
「条件は」
「戦争をやめる」
「それだけか」
「それだけ」
「鉱山の所有権については?」
「知らん」
両国使者が固まる。
「知らん?」
「そっちで決めろ」
「それが決まらないから戦争になったのだ!」
「じゃあ半分ずつ使えば?」
「境界が」
「共同管理」
「利益配分が」
「5対5」
「採掘量に差が」
「毎年交代」
「警備は」
「両国から同人数」
「揉めた場合は」
「うちで裁定する」
沈黙。
「……なぜ貴様が」
「嫌なら戦争続ければ」
「……」
「ただし悠久迷宮との取引停止は継続」
「……」
「あと両国籍の冒険者も受け入れ停止」
「それは!」
「困る?」
「……」
「じゃ、話し合おう」
この日。
史上初めて。
人間同士の戦争を、
ダンジョンが仲裁した。
◇
停戦。
半年後。
講和。
共同鉱山管理協定締結。
取引再開。
冒険者受け入れ再開。
悠久迷宮。
DP収益。
過去最高。
「素晴らしい」
コアが言った。
「何が?」
「戦争終結後、人口流入が急増しています」
「だろ」
「現在常住人口、4万1267」
「冒険者は?」
「1万3891」
「平均レベル?」
「31.4」
永人は笑う。
「いい数字だ」
「なお、両国から和平維持機構への参加を求められています」
「何それ」
「紛争発生時、悠久迷宮が仲裁者となる制度です」
「嫌なんだけど」
「すでに周辺6か国が参加を希望しています」
「なんで」
「あなたが戦争を止めたからです」
「1回だけだろ」
「また戦争が発生すると困るのでしょう?」
「困る」
「高レベル冒険者が死亡すると」
「大損」
「では合理的です」
「……」
永人は頭を抱えた。
◇
10年後。
大陸には、
1つの奇妙な常識が生まれていた。
国同士が揉めたら。
まず悠久迷宮へ行け。
戦争すると、
ダンジョンマスターが怒る。
貿易を止められる。
冒険者を引き上げられる。
回復薬が来なくなる。
希少素材も来なくなる。
下手をすると兵士を全員、
国へ送り返される。
それでも戦争を始めれば。
世界中の冒険者から嫌われる。
なぜなら彼らにとって、
悠久迷宮は故郷だからだ。
強者が集まる。
だが、
軍隊ではない。
世界最大の冒険者街。
世界最高峰の訓練施設。
世界最大の治療拠点。
老いた冒険者も住んでいた。
負傷して戦えなくなった者も。
引退した者も。
かつて英雄と呼ばれた者まで。
永人は彼らを追い出さなかった。
「マスター」
「ん?」
「レベル82の冒険者、ガルドが引退を申請しています」
「了解」
「居住資格は?」
永人は不思議そうな顔をした。
「そのまま」
「戦闘には参加しません」
「だから?」
「……」
「レベル下がるの?」
「いいえ」
「じゃあ1時間82DPだろ」
「はい」
「追い出す理由どこにある?」
「ありません」
「むしろ引退後こそ大事にしろ」
「なぜです?」
「危険な依頼に行かなくなる」
「……」
「死なない」
「……」
「最高じゃん」
こうして。
悠久迷宮には、
世界最強クラスの老人たちまで集まり始めた。
元剣聖。
元大魔導師。
元勇者。
元聖騎士団長。
元暗殺者。
元宮廷魔術師。
若い冒険者たちは、
彼らから教えを受けた。
さらに強くなった。
強くなった者が、
また引退する。
後進を育てる。
そして住み続ける。
永人のDPは増える。
人は強くなる。
さらにDPが増える。
施設が良くなる。
もっと人が来る。
さらに強くなる。
完全な循環が完成した。
◇
20年後。
世界最大の国際会議。
12か国の代表が、
悠久迷宮最下層の大会議場に集まっていた。
議題。
北方2国の国境問題。
「ですから我が国は」
「その土地は歴史的に我々の」
言い争う王たち。
その中央で。
58歳になった久住永人は、
眠そうに頬杖をついていた。
「マスター」
コアの声が耳元に響く。
「寝ないでください」
「眠い」
「世界平和に関わる会議です」
「俺、関係ないじゃん」
「議長です」
「いつの間に」
「15年前からです」
「辞めたい」
「現在、世界127か国のうち93か国があなたを和平機構代表として承認しています」
「増えてない?」
「増えました」
永人はため息をつく。
机の向こうでは、
2人の王がまだ揉めている。
「戦争も辞さない!」
1人が言った。
永人の眉が動く。
「今なんて?」
会議場が静まる。
「……必要とあらば、武力による解決も」
「やめろ」
「しかし!」
「お前んとこのレベル40以上、何人いると思ってる」
「……」
「1822人」
「なぜ把握している?」
「うちの住人だからだよ」
永人は机を叩く。
「そのうち300人徴兵してみろ」
「……」
「年間DP損失がいくらになると思ってる」
「知らん!」
「俺は知ってる!」
王が怯む。
「戦争するな」
「しかし領土問題が」
「知らん!」
「和平機構代表がそれを言うのか!」
「共同管理しろ!」
「またそれか!」
「20年前それでうまくいっただろ!」
会議場の隅。
ミナが笑っていた。
43歳。
レベル68。
世界最高峰の魔術師。
今では悠久迷宮の冒険者育成責任者。
「変わらないわね」
「何が」
「最初から」
「何も変える必要ないだろ」
永人は言う。
「人間は」
少しだけ考え。
「死なない方が儲かる」
ミナが呆れた顔をする。
「そこなの?」
「そこ」
「20年間ずっと?」
「ずっと」
「その理屈だけで、何か国の戦争止めたと思ってるの」
「知らん」
「31」
「そんなに?」
「31」
永人は黙る。
「……俺、平和主義者みたいになってない?」
「世界ではそう思われてる」
「違うんだけど」
「知ってる」
「俺はただ」
「高レベルの人間が死ぬとDPが減るから?」
「そう」
ミナは笑った。
「もう、それでいいんじゃない?」
◇
30年後。
歴史家たちは、
久住永人について様々な説を書いた。
『人類愛に目覚めた異界の賢者』
『魔王でありながら平和を選んだ聖人』
『冒険者育成制度の父』
『大陸和平体制の創設者』
『人魔共存思想の始祖』
本人は、
その全部を否定した。
「違うって」
68歳になった永人は、
庭で茶を飲んでいる。
ここは悠久迷宮。
第17居住層。
最初は洞窟1つだった場所は、
今や地下都市国家と呼ばれている。
人口。
21万人。
冒険者。
4万8000人。
世界最高レベルの者も、
ここにいる。
そして最も恐ろしいのが、
引退者層。
レベル70以上の老人が、
朝から畑を耕し、
昼には孫へ剣を教え、
夜には酒を飲んでいる。
たまに国が攻めようとすると、
『あそこに攻め込むのだけはやめろ』
と軍部が全力で止める。
当然だった。
歴代最強クラスの人間が、
老人会を作れる人数で住んでいる。
「マスター」
コアが言う。
「現在DPを報告しますか?」
「いらん」
「桁が2つ増えました」
「使い切れないだろ、もう」
「はい」
「じゃあ医療区画増やして」
「また?」
「老人増えた」
「高レベル者の?」
「そう」
「収益性は高いですね」
「だろ」
「最近、あなたに似てきた気がします」
「最悪だな」
永人は笑った。
庭の向こう。
子供たちが走っている。
冒険者の子。
商人の子。
元兵士の子。
元魔族の子までいる。
この世界には、
かつて種族間戦争もあった。
それも永人は止めた。
理由は同じ。
『両方とも死ぬな。損する』
魔族もレベルを持つと知って、
受け入れを始めた結果だった。
「マスター」
「ん?」
「1つ質問があります」
「何」
「30年前」
「ああ」
「あなたは、人間を長期間生存させる方が死亡させるより得だと気づきました」
「そうだな」
「しかし」
コアは問う。
「現在のあなたは、すでにDPを必要としていません」
「……」
「十分すぎるほど保有しています」
「うん」
「それでも」
青白い光が、
老人となった永人の前に浮かぶ。
「なぜ人間を治療するのです?」
永人は黙った。
風が吹く。
地下なのに。
人工の空。
人工の太陽。
何10年も前。
暗い洞窟しかなかった場所。
そこに今、
21万人が暮らしている。
向こうから、
子供の声がする。
「永人さーん!」
「おじいちゃん、ボール取ってー!」
「誰がおじいちゃんだ!」
「68はおじいちゃんだよ!」
「レベルで言え! 俺まだ18だぞ!」
「ステータスレベルの話じゃない!」
笑い声。
永人は落ちてきたボールを拾う。
投げ返す。
子供たちが走っていく。
「……マスター?」
コアが待っている。
永人は少し考えた。
「そうだな」
そして。
「最初は」
言った。
「DPのためだった」
「はい」
「殺すより、生かした方が儲かるから」
「はい」
「強くした方がもっと儲かる」
「はい」
「住ませた方がさらに儲かる」
「はい」
「戦争されると損する」
「はい」
「だから全部やった」
「はい」
「でも」
永人は、
街を見た。
酒場がある。
鍛冶屋がある。
訓練場がある。
学校がある。
病院がある。
家がある。
墓地もある。
長く生きても、
人はいつか死ぬ。
最初の頃から住んでいた冒険者も、
何人かはもう亡くなった。
死亡時。
大量のDPが入った。
だが。
永人は、
1度も喜べなかった。
「……まあ」
少しだけ笑う。
「30年も住んでりゃ」
青白い光を見る。
「客じゃなくなるだろ」
「では」
「うん」
「何になります?」
永人は答えた。
「住人だよ」
コアが静かに光った。
◇
後世。
久住永人が創設した悠久迷宮は、
史上最も奇妙なダンジョンとして語り継がれる。
魔物が存在する。
罠がある。
宝箱もある。
最深部にはダンジョンコアがある。
間違いなく、
ダンジョンだった。
にもかかわらず。
人類史上最も多くの冒険者を育て。
人類史上最も多くの負傷者を治療し。
人類史上最も多くの英雄を輩出し。
人類史上最も多くの戦争を止めた。
ある歴史書には、
こう書かれている。
『悠久迷宮の思想は極めて単純だった。
強者を殺してはならない。
弱者も殺してはならない。
弱者は育てれば強者となるからである。
強者は戦争へ送ってはならない。
死ねば、その成長に費やした時間が失われるからである。
老人も追放してはならない。
彼らの経験は次代の強者を育てるからである。
ゆえに悠久迷宮は、人を育て、守り、住まわせ続けた。
その結果。
世界で最も利益を求めたダンジョンは、
世界で最も多くの命を守る場所となった』
ただし。
本人がこの文章を読んだなら、
きっと訂正しただろう。
そんな大層な話ではない、と。
久住永人が、
最初の日に気づいたことは。
たった1つだった。
人間1人を殺せば、
レベル×100DP。
人間1人を生かせば、
1時間ごとにレベル×1DP。
ならば。
答えは最初から決まっている。
100時間を超えて住んでもらえばいい。
できれば、
強くなりながら。
できれば、
ずっと。
だから今日も。
世界最強のダンジョンでは。
入口に1枚の看板が立っている。
『初心者歓迎』
その下には、
後から書き足された文章。
『死ぬな。
強くなれ。
長く住め。
その方が、こっちも儲かる。』
そして1番下。
誰かの悪戯で、
さらに小さな文字が追加されていた。
『なお、家賃無料』
消されることなく。
その看板は、
悠久迷宮が存在する限り、
ずっと入口に立ち続けた。




