宮廷の幕間(3)
「ティーソーサーを持つ手が、段々慣れてきたじゃないか。さすがは宰相家の直伝」
「おかげで筋肉痛と打撲が満載ですけどね、王家の補佐を務める家柄だけあって、ドタ足の娘でも一流に整えて下さいますよ」
乗馬を楽しんできたエリヴァルを恨めしそうに見ながら、エレガントと心に訴えつつリリスは紅茶を口にする。宮仕の下地は出来ていたものの、仕える側と受ける側でここまで違いがあるとは思わなかった。
柔らかなクッションへ優美に背を乗せるエリヴァルとは違い、リリスの背中は強張ってきて疲れさえ感じさせる。
「エリヴァルが真に姫君だと言う事を、思い知らされました。私には向いていません。と口にした所で、収まる話でも無いんでしょうけど……」
「生まれた時からこれが自然だったからね、それは仕方のない事かもしれないよ。自分で出来る範囲の作業はやりたいと願っても、周りからの見えない糸が制約してくる。それを楽しめないで、夜会には一切出てこない令嬢も多いよ。リリスは付け焼き刃とは言っても、ボクの側で普通に働いてこれたんだから、変わるのは立場だけさ……。さて、あちらさんもお越しかな?」
少し緊張した給仕の娘が、来客の先触れを伝えてくる。会釈で通すように許可を出すと、大扉が開かれて二人の青年が姿を現した。
「アキニムにはリリスを通じて何度かお会いした事が有るけど、カーゲン卿の御子息とは初めてだったかな? ようこそ、元老院の策略に満ちたお茶会へ。あまり名乗りたくもない仰々しい名だけど、ノッデ・エリヴァルイウス・オーファルゴートだよ。不幸続きの結果、この国の命運を担う雌馬扱いされた者さ」
「これはこれは、王女殿下。ウィードウォム・シュテインカーゲンと申します。リリスティンとは、元雇い先だった関係から恥ずかしながら知己でね。殿下のお噂は以前から伺っております」
急遽の侯爵位とはいえ、元々商家のアキニムは自然と床に膝を置いて礼の姿勢となり、ウィードもそれにならって跪く。ウォムを名乗れるギリギリの末端貴族に、エリヴァルの姿は眩しかった。
「そんな堅苦しい礼はいらないさ。長老たちの悪巧みに巻き込まれた者同士じゃないか。ボクも難しい呼び名を使われるのが苦手でね、リリスと同じようにエリヴァルと呼んでくれると嬉しいよ」
「……さ、さすがにそれは」
王女殿下までいらっしゃるとは聞いてないぞ、と耳打ちしてくるウィードの足を、リリスは力一杯踏みつけた。
どうやら、ダンスのレッスン中に踏みつけられ無かった時の仕返しのようだ。
「これから求愛や婚姻を企む者同士が、そんなに緊張してどうするつもりなんだい? お偉い侯爵令嬢の王位継承者になったリリスの事は呼び捨てなんだから、それに習ってかまわないよ。この場の事は、陛下や元老院。教会も同意の上で行われているゲームなんだから、誰も君たちを罰したりはしないよ」
「わかりました、ではエリヴァルと」
「義兄様も、それでいいですわね?」
無言で頷くアキニム。この場の中では最も階級が下だった彼にとって、目の前のエリヴァル以前にウィードでさえ雲の上の人だ。
エリヴァルとお会いしたと言っても遠目に見た程度で、会話らしい話もした記憶がないように思うが、訂正した所で意味のない話だった。
「そもそも、侍女長だった時からリリスティンはボクを呼び捨てだったんだから、権威も何もないんだけどね。まだメンバーは揃ってないけど、乾杯と行こうか」
給仕の少女達が再び訪れ、談話室の燭台に火が灯される。
カップまで温められたお茶は優雅に、スタンドプレートから溢れかえる果実は甘く、添えられた砂糖菓子は煌めく。
何だか頭が溶けそうだと、ウィードは出されたお茶を無言で飲み続ける。
普通の娘ではないと思っていたが、リリスも王族の血を継いでいるだけあって場の空気に完全に溶け込んでいる。王女でこれでは、漆黒の王弟将軍を前にして平然と居られるのだろうか。
「ウィードは、叔父上が養子になる元の家の一族だそうだね。少し、叔父上に瞳や顔立ちが似てるかな」
「はい、将軍の父方の家系だそうです」
「アキニムは、遠縁とはいえリリスに少し似ているね」
こちらはもっと居心地が悪そうに、天蓋を見つめながら人形のように首を縦に振り続けていた。




