王の義弟(4)
「ど……どうして、私が候補者に。それに、何故私の名前にノッデの称号が付くんです?」
爵位や功績で与えられる『ウォム』とは違い、正式な王位継承のある姫以外は『ノッデ』を名乗れない決まりがある。女性上位の家柄だった事から生まれた伝統だが、逆に皇太子であっても『ウォム』以外の称号が名前に冠されることはない。
「陛下の姉上たちが身罷られた際に、大規模な血統の調査が入ってね。リリスのお母上は、神官筋の貴族のご落胤と分かったそうだ」
「神官……。ご落胤って」
「つまり、陛下より血筋で言えば位が上の姫君という事さ」
来客用のカップにお茶を注ぎ、困惑しているレディの前に置く。
調査の結果がもう少し早かったのなら、姉姫の代わりにリリスティンが有力貴族へのお輿入れとなったかもしれない。
「な、何故私が姫君扱いされなくてはならないんです! 調査結果に間違いは」
「元老院のお堅物が黙認しているんだから、血統書付きの高級猫確定だろうね。
流行り病で後継者不足でなかったら、神官筋の御子と口外されなかったと思うよ。それも、大叔父上の妾だったなんて、神殿側の体面もよくないし」
「確かに、礼拝の度に何故か神官様たちが王室の侍女になるのを反対されていた気が、致します」
「おめでとう、ノッデ・リリスティン殿。君は侍女長から王位継承権第二位に昇格した。このまま王位を簒奪して、皆に愛される"ティン国王"となってくれ給え」
「楽しんでらっしゃいますね……エリヴァル。確かに慣例通りなら、王位を継いだら私はティンであなたはイウス王ですけど。よりにもよって……」
皇室の者が王位ないし皇后位を継いだ際には、慣例として名前の後ろだけを名乗る。
現、ヘリティギア女王しかり、王族としてやや長い名前を皇位継承時に短くする。もちろん、外部から嫁いだ者も例外ではない。
「いいじゃないか、ティン女王陛下。きっと国民から愛される、良い政治を行うだろうね」
「じ、冗談じゃありませんわ。私はただ、姉姫様かエリヴァルの乳母の道を狙っていただけの女で、王位なんかこれっぼっちも欲しくありません」
「そうは言っても、父の姉弟たちがお隠れになった時点で覚悟はしていたんだろ。賭け事に興じた罰が来たとでも思って、素直に帝王学を学ぶといいよ」
「そうですわね、それでは早速。ティン殿下にお召し替えの準備を致しましょう」
短く揃えられた灰色の髪を揺らしながら、ノックもなしに茶菓子を手にしてやって来た宰相補佐はリリスティンの頬を撫でた。ある意味でこの国を牛耳っているとも言われる、不死の娘のご登場では勝ち気なリリスも適わなかった。
「ニオブ宰相補佐官。な、何のご冗談を……」
「タリア、ノース。麗しのティン殿下のお召し物をひん剥いて、思い切りきつくコルセットを締め上げてやって」
「はい、若旦那様」
湖に投げ込まれる魚のように、リリスは侍女たちに持ち上げられて退出していく。
驚かせたいとは言われていたが、さすがにこれはやり過ぎではなかっただろうかとエリヴァルは少しだけ同情した。
「ニオブも趣味が悪いね。案外、人参ぶら下げレースもそちらの発案じゃないのかい?」
「さすがにそこまでは……。とはいえ、悪辣な元老院達の陛下へのご指導によるものですから、その一族たる私が元凶と思われても仕方ないですけど」
流行り病で皇位継承者を失い、亡国になりかけた王家を影から操っている元老院は、ニオブの父親ウィラストン卿を中心に議会を続けている。
ある意味で戦禍や疫病を生き残った機関のため、彼らに頼らざるを得ない所ではあるが、ウィラストン卿を初めとする百を超える長老たちの匙加減によって自分たちの政治を決められてしまい、立場の弱い女王は首を縦に振る役割になりつつある。
「亡き国王陛下の義兄たちは良い方ばかりだったからね、不死の長老たちに生気を吸われてしまったんだろう」
「とはいえ、陛下の立場の問題もありますし。元老院の長老の言っている事も確かです。
エリヴァル達が婚姻を結ぶ気になれば、すぐにでも解決しますが……。そんな簡単に気持ちの整理も付かないんでしょ?」
「あいにくと、王女殿下は失恋の痛手の真っただ中でね」
丁寧なお辞儀をしてきたニオブに手を振り、侍従のタリアが作ったであろう持参の焼き菓子を口にする。少し塩気が混じっていて拙い手つきだが、これはこれで楽しめる味わいだった。




