日向の部屋へ(4)
「なんだ、監督役の補佐官殿と侍従は休みか……。手拍子も無しではダンスレッスンも難しそうだな」
完全に二日酔いとなったニオブとタリアに、看護に追われるノース。この婚約レースとやらの監督官が急病では、かかる足枷も止められそうにもない。
エリヴァルは嬉々として商会の外商部を呼びつけて、新しい装飾品とお菓子の調達を始めたので、せめてこちらだけでもと、授業に向かったのだが……。確かに、二人きりではレッスンするには難しそうだ。
「ウィードのおかげで足取りを合わせられる程度には、進歩しましたからね。音楽やリズムに乗っての確認は、指導者が不在では行えませんし……」
「確かに、足並みだけは整ってきたな。時折こちらをわざと踏みつけようとする癖だけは、直した方がいいぞ」
「それは、直りそうにも有りませんわ」
微笑みの侯爵令嬢に踊り終わりの挨拶をして、手の甲に口づける。
そんな当たり前の作法もリリスにとっては初めての事で、困惑しながらウィードに礼を伝えた。
「そう言えば宮廷内では、リリスが魔術を使って宰相補佐官殿を陥落させたと噂に聞いたが……」
「どこをどうしたら、そんな話が流れるのです? エリヴァルと2人で酔い潰した程度ですからね」
「酔い潰し……? あの、不死の娘とされる元老院の秘蔵っ子を?」
記憶によればニオブはかなり武術に長けており、騎士団の兵士ですら退ける実力の持ち主だったはずだ。おまけに統計学の専門家でもあり、鉄のような堅物だった。
「その、ちょっと衣服を剥ぎ取ったのは確かですけど、侍従も含めて三人」
「……やり過ぎだ。王女殿下、いや。エリヴァルが居たからまだ許されるものを、本来なら縛り首だぞ」
「数十回も、第二王女と元侍女長二人に口移しでお酒を飲まされて寝込みました。なんて、誰にも話せないわよ」
ついでに女王候補の二人も半裸状態では、炊事場の語り部にしようにも限度があった。
「あの姫さんの歓迎では、補佐官も形なしか……」
「それより、新しい住まいには慣れて? 元々が亡き陛下を始めとする王族の部屋だから、広さには困らないでしょ」
「お前が第一王女の元住まいで、隣が亡き第一王女の部屋。オレは亡き第二王子の部屋だったか……。
いくら後継者不足とは言え、まだ数年しか経ってない王族の住まいを明け渡して、いいものなのか?」
それには色々議論があったらしいが、何せ現在の女王の時点で継承権的にも低い第一王子の奥方でしかなく、悲嘆に暮れようにもエリヴァル達しか親族が残されていない中では反対の意見もなく明け渡しが決まったらしい。
そんな説明をしながらも、もう少し貴族院が機能していたら引き継ぐにしても雑な扱いはされなかっただろうとリリスは不満を漏らす。
「当初は亡くなられた第一王女が即位する予定でしたし、不義の子でもある姉姫様は野山で遊んで暮らしてきたらしいわ。だから、エリヴァルもレディーとしての教育しか受けてこなかったし、王弟オーカス様の後ろ盾がなかったら、王室そのものが崩壊する危険すらあり得たのよ。
確かに私たちが住まうには無礼かもしれないけど、気にせず寛いで貰った方が陛下たちも安心されるわ」
「まあ、こちらも文句を言われたら補佐官殿の痴態とやらを克明に語らせてもらうとするよ。
それより、女同士だけで裸の歓迎会とは……一日待ってくれれば、喜んで見に行ったな」
すねへの蹴りを向かわせたリリスの足をすくい上げ、王女さんの歓迎のお返しと唇を這わせる。
「……エリヴァルが言うほど、キスに慣れてないわけじゃないのね」
「いきなり第二王女に初対面で口づけされて、平然といられるかよ。こちらはお貴族様や王族に免疫が薄いんだ、父上は恋多き方だけど、オレはそんなつもりもなくてね」
「確かに、夜会にも顔を出した記憶もないわね。でも、裸の歓迎会に参加するには、もう少しアピールが欲しい所よ……んっ」
稽古場の椅子に座らされ、そのまま口を塞がれたリリスは力なく腕を下ろす。
ウィードの吐息が熱っぽく広がっていき、そのまま舌を絡め捕られた。まだ穴を空けたばかりの耳飾りにそっと触れられ、互いに手を絡め合う。
城内での女同士の口づけはよくある話だったが、異性とはアキニムくらいかもしれない。
「姫君へのキス一つで動揺していては、男としても形無しだからな……」
「……あの子は、特別だからね。でも、不思議と悪い気分にはならないでしょ?」
歓迎のワインを振る舞おうにも、酒倉で出せそうなものは飲みつくしてしまった。
給仕はニオブ達の看護に追われてお休み状態、場内は久しぶりの静寂に包まれていた。




