【第9話:信じる者の声】
森を抜け、ベルゼは村へ戻ってきた。
朝靄がまだ残る時間。
背には戦いの痕がいくつも刻まれている。
村の入り口には、すでに兵士たちと領主代理マルクスの姿があった。
彼らは険しい表情で、森の方角を見つめている。
その中に、リナの姿もあった。
「ベルゼさん!」
リナが駆け寄る。
ベルゼは微かに微笑み、頷いた。
「魔獣の群れはもういない。……たぶん、もう襲ってこないだろう」
「ほんとに……? ありがとう、ベルゼさん……!」
安堵に頬を濡らすリナ。
だが、その背後でマルクスが冷たい声を落とした。
「確認した。確かに魔獣の死骸はない。だが――不自然な点がある」
「不自然?」
マルクスは腕を組み、低く続けた。
「倒れた地面には“魔法の焼痕”が残っていた。人間の魔法ではない、異質な痕跡だ。……まるで、“お前自身”の力で放ったような」
その言葉に、村人たちの視線が一斉にベルゼに向けられる。
「まさか……魔獣を操っていたのも、あの化け物……?」
「助けたふりをして、裏で……!」
不安が波紋のように広がっていく。
ベルゼは何も言い返さず、ただ静かに俯いた。
その沈黙が、さらに誤解を深めていく。
「ちがう!」
リナの叫びが空気を裂いた。
「ベルゼさんはそんな人じゃない! 魔獣を倒して、旅人も助けて……!」
「だが目撃者はいない」
マルクスの視線は冷酷だった。
「善行も、証拠も、どれも曖昧だ。――村を守る立場として、私は危険を放置できん」
兵士たちが槍を構え、ベルゼを囲む。
リナは必死に前へ出て、ベルゼの前に立ちはだかった。
「撃つなら私を先に撃って!」
その声は、震えながらも確固たる意志を持っていた。
ベルゼの心が一瞬、ざわめく。
「リナ……」
「だって……誰も信じてくれなくても、私は知ってる!
あのとき助けてくれた優しい人が、こんなことするはずない!」
村人たちは息を呑み、静寂が落ちた。
マルクスは一瞬、表情を曇らせたが、やがて短く言った。
「……よかろう。だが、当分は村の外で暮らしてもらう」
ベルゼは頷いた。
「構わない。俺も少し、確かめたいことがある」
「確かめたいこと?」
「魔獣の暴走を引き起こしている“何か”がいる。……そいつを放っておけば、この村も危険だ」
マルクスが黙り込み、リナは唇を噛んだ。
ベルゼはその頭を優しく撫でる。
「リナ、ありがとう。お前の言葉、ちゃんと届いた」
「……ベルゼさん……」
夕暮れの中、ベルゼは一人、森の奥へと歩き出した。
背中は大きく、そして少し寂しげだった。
リナはその背を見送りながら、小さく祈るように呟いた。
「……きっと、あなたのことを信じてくれる人は、もっと現れるから……」
その夜、ベルゼの進む先で――
再び、黒い影がゆらりと動いた。
「……やはり、“あの魔獣”は異質だな。面白くなってきた」
闇に沈む笑みが、森の奥に消えた。
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