【第7話:森の守護者と呼ばれた魔物】
それは、静かな朝だった。
夜明けの霧が森を包み、ベルゼは小屋の外で火を焚いていた。
「……平和だな」
思わず漏れた独り言。
だが、その平和は、長くは続かなかった。
丘の下から、複数の足音が近づいてくる。
ベルゼが顔を上げると、村の入り口に鎧姿の兵士が数人、そして一人の男がいた。
濃紺の外套を羽織り、胸には銀の紋章。
彼は周囲を鋭く見回しながら、低く言った。
「この村に、“異形の魔物”が出没していると報告を受けた。領主代理のマルクスだ」
村人たちはざわめき、怯え、視線を交わす。
「ちがっ、あの方は――!」
リナが必死に声を上げたが、マルクスは聞く耳を持たなかった。
「魔物が村を襲っていないなら、それはそれでいい。だが、“力を持つ存在”を放置することはできん」
兵士たちは槍を構え、森の方角を見た。
その視線の先、丘の上。
そこに、ベルゼが立っていた。
「……俺のこと、か」
小さく呟き、ベルゼはゆっくりと下りてくる。
その動きに合わせて、兵士たちの槍先が向けられる。
リナが前へ出ようとするのを、ベルゼは手で制した。
「大丈夫。リナ、少し下がって」
マルクスが一歩前に出る。
「名を名乗れ、魔物」
「……ベルゼ」
「……ふむ、人の言葉を話すか。だが、見た目は完全に魔獣だな。村人を惑わす魔法を使っている可能性もある」
周囲の空気が、じりじりと緊張していく。
村人の中には、恐怖に押されて口を開く者もいた。
「あの魔物が、前に野盗を倒したんです! けど……人間とは思えない力で……」
その一言が、兵士たちの目を鋭く変えた。
マルクスは短く命じる。
「包囲しろ。場合によっては討伐する」
その瞬間――
「やめて!」
リナの叫びが村を震わせた。
「ベルゼさんは村を守ったの! この子の命も、畑も、全部! 彼は人を傷つけたことなんて一度もない!」
涙を浮かべ、必死に訴える。
兵士たちが動きを止めた。
マルクスは静かに彼女を見つめた後、ゆっくりとベルゼに視線を戻す。
「……もし貴様の言葉が真ならば、証明してみせろ」
「証明?」
「この近くで、魔獣が群れを成しているという報告がある。それを鎮められるか。――人の敵ではないと示す機会をやろう」
ベルゼは短く息をついた。
(……なるほど。信用を得る機会、か)
「わかった。俺が行こう」
「ひとりで行くのか?」
「俺の力を信じてもらうには、それが一番早いだろ」
ベルゼが森に向かおうとしたその背に、リナの声が届く。
「……気をつけて。私は信じてるから」
その言葉を背に、ベルゼは森の奥へと消えていった。
残されたリナの目には、祈りにも似た想いが宿っていた。
ベルゼを信じる気持ちと、再び“彼が傷つけられるかもしれない”不安。
その両方が、胸の中でせめぎ合っていた。
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