【第6話:救いと誤解】
あの日から、ベルゼの暮らしは少しずつ変わった。
森の外れの丘には、毎日のように誰かが訪れるようになった。
「薬草のことを教えてほしい」
「森の魔物が出たんだ、相談に乗ってくれないか」
最初は怯えながらだった村人たちも、今では挨拶を返してくれる。
リナはいつも村との橋渡し役をしてくれた。
彼女の優しさに、ベルゼは救われていた。
――だが、その日は少し違った。
「ベルゼさん! 村の西の畑に魔物が出たの!」
慌てた様子でリナが駆けてくる。
息を切らせながらも、瞳は真剣だった。
「魔物って、どんなの?」
「森で見たことのない大きなイノシシよ。角があって、家の壁を壊すほどの……!」
ベルゼは即座に判断した。
(ただの暴走獣じゃない。魔力反応がある……つまり、魔物だ)
リナを安全な場所に避難させると、ベルゼは一人、畑へと向かった。
地面には踏み荒らされた跡。
腐敗したような匂いが風に乗る。
やがて、森の陰から現れた――
全身を黒い毛で覆い、赤い目を光らせた巨大な魔獣。
「……これは放っておけないな」
ベルゼは周囲の地形を見回した。
畑の右には石垣、左には小屋。真っ向勝負では危険だ。
ならば、地形を利用する。
ベルゼは畑の脇に転がる杭と縄を掴んだ。
(力を抑えて……勢いを殺して、方向を誘導する)
魔獣が突進してくる。地面が揺れた。
ベルゼは杭を打ち込み、縄を瞬時に巻き付ける。
「ここだッ!」
縄が張り、魔獣の足が取られ、勢いのまま石垣へ激突――
鈍い音と共に地面が震えた。
「まだだ」
すぐに飛び込み、魔獣の角を掴んで押し倒す。
牙が頬をかすめたが、気にしない。
渾身の力を込めて地面に叩きつけると、魔獣は呻き声を上げ、やがて動かなくなった。
静寂。
風が止まったように感じた。
ベルゼは大きく息を吐き、村を振り向く。
だが――村人たちの表情は違っていた。
恐怖。
怯え。
そして、囁き。
「……やっぱり、魔物を従えてるんじゃないか?」
「だって、あの力……人間のものじゃない」
ベルゼは一歩だけ後ずさった。
誰かが石を握りしめる音がした。
その時、リナが前に出た。
「待って! ベルゼさんは、私たちを助けてくれたのよ!」
必死の声。
それでも、村人たちの目に映る“異形”の姿は、すぐには信じきれない。
ベルゼは静かに微笑んだ。
「大丈夫だよ、リナ。みんな、怖いのは当然だ」
そして、ゆっくりと背を向けた。
丘へ戻る途中、省みる。
「……そうだな。焦ることはない」
ベルゼは空を見上げた。
夜空に星が瞬く。
その光は、ほんの少しだけ――リナの瞳に似ていた。
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