【第21話:王都に吹く疑惑の風】
高い塔の影が石畳を長く伸ばす朝、
王宮の中枢では一通の書簡が開かれていた。
「……鉱山監督局の不正?
しかも告発者は――“ベルゼ”?」
重臣のひとりが眉をひそめる。
隣に座る貴族派閥の老宰相が、唇をゆがめて笑った。
「聞いたことのない名だな。
だが、報告によると“異形の獣”らしい。
ふむ、野獣が政治に口を出すとは……滑稽な話よ。」
対する若い官僚が静かに言う。
「ですが、証拠は精密です。
記録も正確で、帳簿改ざんは明白。
このまま黙認すれば、民が疑念を抱くかと。」
「くだらん。」老宰相は手を振った。
「問題は不正ではなく、“誰がそれを暴いたか”だ。」
その言葉に、場の空気が重く沈む。
⸻
◆ 一方そのころ、村では
ベルゼは小さな広場で、村人たちに囲まれていた。
先日の王都での顧問になったことで、彼への恐怖は薄れ、
代わりに“尊敬”のような視線が向けられている。
「お前さん、本当にあの鉱山の不正を王都に送ったのか?」
「そんなことしたら……偉い人たちが怒るんじゃ……」
不安げな声も混ざる。
ベルゼは静かに頷いた。
「怒るだろう。だが、怒るということは――
“都合が悪い”ということだ。」
リナが隣で微笑む。
「ベルゼさんらしいね。
正しいことをするのに、迷いがない。」
「迷いはあるさ。」
ベルゼは空を見上げた。
「ただ、俺はこの世界で“生きている”。
だから、息をしている者の声を無視できないんだ。」
⸻
◆ 王都 情報省地下室
闇のなか、ローブを纏った男が報告を受けていた。
「……ベルゼ。
森で現れた“異形の知恵者”。
人語を操り、力を抑え、民に慕われている。
そして今回――“数字”で貴族を告発した。」
「面白い。」男は笑った。
「ただの魔獣ではないな。
むしろ、“理性ある獣”か……。」
報告官が問う。
「処分を?」
「いや――利用する。」
「利用……?」
「混乱を起こすには、真実ほど都合の良いものはない。」
「この風を、我らの追い風に変えるのだ。」
⸻
◆ 村の夜
リナが焚き火の前で膝を抱えていた。
「ねえ、ベルゼさん。
この先、どうなると思う?」
「……たぶん、追われる。」
「えっ!?」
「俺の報告が王都に届けば、
真実を恐れる者たちは“俺を消そう”とする。」
リナは唇を噛む。
「だったら、逃げようよ。」
ベルゼは首を横に振った。
「逃げない。
前の世界で、俺は逃げ続けた。
病気も、現実も、痛みも。
でも今は違う。
この身体は、逃げるためじゃなく――
“立ち向かうため”にある。」
リナは焚き火の炎の向こうで、彼を見つめた。
その背は大きく、
けれどどこか、悲しみを背負っているようにも見えた。
⸻
◆ 王都 深夜
重厚な扉が開く。
老宰相の前に、一人の影が跪いた。
「命じよう。
“異形ベルゼ”を拘束せよ。
罪状は――国家秩序の撹乱。」
影が深く頭を垂れた。
「御意。」
老宰相は椅子にもたれ、呟いた。
「獣が理を語る世界など――
我らの王国には、不要なのだ。」
⸻




