【第19話:魔導鉱山の闇】
王国顧問の立場を利用し、また王立学士院の図書館も十分に使ってこの世界の知識を十分に吸収する日々を過ごした。
ある日王都を離れ、東方の山岳地帯へと続く道を、
一台の馬車が静かに進んでいた。
中にはベルゼと、同行を命じられた文官、それに護衛の兵士たち。
目的地は――王国最大の資源地「グリモ鉱山」。
「この鉱山では“魔導鉱石”と呼ばれる希少鉱物が採れる。
魔道具の動力にもなる重要資源だ。
最近、産出量が急に減ったとの報告がありましてな。」
文官が帳簿を開きながら説明する。
ベルゼは頷きつつ、窓の外の景色に目を向けた。
道の両側には、貧しい村がいくつも並び、
痩せた子どもたちが、馬車を見送るように立っていた。
(……このあたりの経済は鉱山依存。
つまり、鉱山に問題が起きれば、村全体が干上がる)
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◆ 鉱山の村
村長の家に案内されたベルゼは、薄暗い部屋の中で、
煤けた顔の老人と向かい合った。
「ここでは、もう何人も倒れました……。
鉱毒で咳が止まらんのです。
それに、監督官が賃金を減らして……」
老人の声は震えていた。
「監督官?」
「グレイモンド卿の派閥の方です。
“産出量が減れば罰金”と脅されて、
若い者たちは無理やり働かされております……。」
ベルゼの胸に冷たいものが走った。
(また――あの貴族の影か)
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◆ 地下坑道
ベルゼは護衛を引き連れ、坑道の奥へ入る。
そこでは半裸の男たちが鉱石を掘り、
青白い光の粉が空気中を漂っていた。
「こ、これは……!」
護衛の一人がむせる。
ベルゼは手をかざし、微細な粒子を観察した。
(魔力結晶が崩壊しかけている。
この環境、長く吸えば肺を侵す……)
壁の魔石が弱く脈動しているのを見て、ベルゼは眉をひそめた。
「――この鉱山は“枯渇”しかけている。」
「ですが報告書には“採掘量増加中”と……」
「虚偽報告だ。
上層部が数字を操作している。」
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◆ 夜 ― 村の外れ
その夜、ベルゼは村の焚き火の前でノートを広げていた。
リナも同行しており、少し離れた場所で村人たちに食事を配っている。
「……どうして、こんなに無理をしてまで掘るんでしょう?」
リナが問いかける。
「“魔導鉱石”は王国の経済の心臓だ。
魔法兵器、通信具、輸送機構――すべてが依存している。
つまり、この鉱山が止まれば、
王都の繁栄が瓦解する。」
「じゃあ、やめられない……?」
ベルゼはノートに鉱山の構造図を描きながら呟いた。
「やめられない、ではなく――やめる権利が誰にもない。」
リナはその言葉の重さに息を呑む。
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◆ 翌朝 ― 監督官との対面
鉱山の監督官が現れた。
金糸の刺繍を施した衣服に、傲慢な笑み。
「おやおや、王都からお偉い方が来るとは聞いてましたが……
“仮面の賢者”とは光栄ですな。」
ベルゼは淡々と応じた。
「報告書の内容を確認したい。
産出量、労働者数、死亡記録――すべて見せてもらう。」
「はっはっは、なにぶん現場は混乱してましてねぇ。
数字はあとで整えてお渡ししますよ。」
「整える、ね。」
ベルゼの声が冷えた。
「あなたは“数字”を信じるのか、それとも“人の声”を信じるのか。」
監督官の顔色が変わる。
「な、なんのことです?」
「あなたが“報告を整える”たびに、
この村では誰かが倒れてる。
それが数字の裏側だ。」
沈黙。
そしてベルゼは、わずかに微笑んだ。
「俺は、数字の嘘を暴くのが得意なんですよ。」
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