【第18話:仮面の賢者、王の前に立つ】
王都を包む朝靄が晴れ始めた頃、
ベルゼはマルタ商会の応接室で呼び出し状を受け取った。
封蝋には、王家の紋章――
双頭の鷹と黄金の剣。
「……まさか、王命?」
マルタが目を見開いた。
ベルゼは静かに頷く。
「“出頭せよ”とだけ書かれている。
おそらく、裁判の件だろう。」
「……気をつけて。
グレイモンド卿はあのまま引き下がる人じゃないわ。」
「わかってる。
でも、ここで逃げれば――民が疑う。
俺が『正義を貫く仮面の賢者』でいられるのは、
彼らが信じてくれる限りだからな。」
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◆ 王宮・謁見の間
重厚な扉が開く。
黄金の装飾が眩しい謁見の間には、
王を中心に、宰相・貴族・騎士たちが並んでいた。
その中に――グレイモンド卿の姿もある。
「よく来たな、“仮面の賢者”。」
王の声は静かだが、底に威圧がある。
「汝の知恵により、王都の混乱は収まった。
よって、汝を――王国顧問として任命する。」
どよめきが広がる。
マルタ商会の件で処罰どころか、昇進――?
「……まさか、利用する気か」
ベルゼは内心で悟った。
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◆ 王と賢者の対話
「私は知っているぞ、仮面の下に潜む才を。
あの市場操作は、偶然ではあるまい?」
「偶然ではありません。
ただ、人を見て、人が何を恐れ、何を望むかを読んだだけです。」
「ほう……ではその力、
この国を豊かにするために使う気はないか?」
ベルゼは一瞬、沈黙した。
それは魅力的な申し出だった。
病床で夢見た「誰かを救う力」を、
ついに手に入れたかのように思えた。
だが――
視線を横にずらすと、そこにはグレイモンドの冷笑があった。
「王国顧問。
それは、王の手の届く場所に置く、
“最も近い檻”でもある。」
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◆ 控えの間
謁見が終わり、ベルゼが控えの間を出ようとしたとき、
グレイモンドが後ろから声をかけた。
「おめでとう、仮面の賢者。
君は今日から、国の鎖だ。」
「……鎖?」
「そう。
国の繁栄を口実に、君の知恵を縛る。
法廷では勝てなかったが、制度の中で縛ることはできる。
それが“支配”というものだよ。」
ベルゼはその言葉に、静かに息を吐いた。
「ならば、俺はその鎖の内側から――腐食させる。」
「……ほう?」
「あなたたちが守る“秩序”が、人を苦しめるなら、
その秩序ごと、俺が壊す。」
グレイモンドの笑みが消えた。
「……面白い。
では、せいぜい長生きすることだな。」
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◆ 夜 ― 商会の屋上にて
王都を見下ろす夜風の中、リナがベルゼの隣に立つ。
「王の顧問に……なったの?」
「そうらしい。」
「すごい……でも、顔が怖いよ。」
ベルゼは笑った。
「俺は“王の駒”になっただけだ。
でも、駒でも――盤面を変えることはできる。」
リナは小さく頷いた。
「あなたが笑ってるなら、それでいい。」
ベルゼは空を見上げる。
満天の星の下で、仮面の奥の瞳が静かに燃えていた。
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