【第17話:仮面の賢者、罪に問われる】
王都の鐘が午前を告げた頃、
広場の中央にある“司法院”の門が開かれた。
重厚な石造りの法廷。
傍聴席には、貴族や商人、そして噂を聞きつけた一般市民までが集まっている。
その視線の先――
鉄の枷をはめられ、ゆっくりと入場してくる一人の男。
仮面の賢者、ベルゼ。
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「告発者、グレイモンド卿」
裁判官が名を読み上げると、
漆黒の衣を纏った貴族が悠然と立ち上がった。
「この男は、市場の秩序を乱し、王法に背いて商取引を独断で行った。
さらに、身元も不明、素性も不明――。
こんな者が王都の経済を動かしているとは、笑止千万」
ざわつく群衆。
だがベルゼは一言も発さず、静かに目を閉じていた。
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◆ 言葉の攻防
「さて、被告ベルゼよ」
裁判官の声が響く。
「弁明はあるか?」
「弁明ではなく、質問を一つよろしいですか?」
「質問?」
「“秩序を乱した”とは、誰にとっての秩序ですか?」
場内が静まり返る。
「民にとってか、それとも貴族にとってか。
もし後者なら、私は確かに罪人でしょう。
けれど前者なら、私はむしろ、
彼らの声を“法の届かぬ場所”に届けただけです。」
その言葉に、市民席から小さなどよめきが起こる。
グレイモンドの眉がわずかに動く。
「詭弁だ。法は王が定め、秩序を保つためにある!」
ベルゼは穏やかに微笑んだ。
「では、民が飢えても、法を守れば秩序ですか?」
裁判官が口を開こうとした瞬間――
扉が勢いよく開いた。
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◆ 不意の証人
「待ってください!!」
リナが息を切らして駆け込む。
後ろにはマルタ、そして農民たち。
「私たちは、この人に助けられました!
小麦を取り戻してくれたのも、この方です!」
「そうだ! 俺たちはただ、自分で売っただけだ!」
「誰も脅されてなんかいねぇ!」
場内が騒然となる。
ベルゼは目を細めた。
彼らがここに来るのは危険だと伝えたはずだった。
それでも、彼らは――来た。
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グレイモンドが立ち上がる。
「民の感情で法を曲げるわけにはいかん!」
だが、裁判官の表情が変わる。
「……確かに“契約法”には、直接取引を禁ずる条文はない。
そして、搾取の証拠も存在しない。
よって、被告ベルゼの罪は――」
沈黙。
空気が張り詰める。
「――無罪とする。」
場内に歓声が爆発した。
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ベルゼはリナの方を見た。
彼女は涙をこぼしながら、ぎゅっと拳を握っていた。
「ありがとう、リナ。
でも、俺の戦いは……まだ終わらない。」
グレイモンドは法廷を出る際、ベルゼを一瞥し、低く呟いた。
「お前の正義がどれだけ人を救おうと、
“この国の法”の外に立つ者は――いずれ、消える。」
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◆ 夜 ― 牢の外
解放されたベルゼが夜風に当たっていると、
リナが隣に立った。
「どうして、そんなに人のために動けるの?」
「たぶん――病室の窓から、外の世界を見ていたからだよ。」
「……?」
「何もできなかった。
ただ、誰かが苦しんでいるニュースを見て、歯を食いしばるしかなかった。
今は違う。
この手で、何かを変えられるかもしれない。」
リナはその言葉を胸に刻んだ。
その横顔には、もう“野獣”ではなく、
確かに“人”としての強さが宿っていた。
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