【第12話:仮面の賢者、王都に現る】
石畳を踏みしめるたび、街のざわめきが耳に届く。
王都ラグナ――その名の通り、光と影が交わる場所だった。
露店の香辛料の香り、行き交う人々の笑い声、遠くから響く鐘の音。
ベルゼにとって、それはまるで夢の中のような光景だった。
「……人が、こんなに……」
思わず漏れた言葉に、隣のリナが笑う。
「ベルゼさん、街に来たの初めてみたいな顔してる」
「実際そうだ。これほどの文明を目にするのは初めてだ」
「ふふっ、だったら案内してあげる。ほら、私の知り合いの家はこっち」
リナが案内したのは、王都でも比較的穏やかな地区――商人ギルドの建物が並ぶ通りだった。
目的地は、彼女の幼なじみが営む商家《マルタ商会》。
そこは交易で成功した中規模の商会で、街の情報も豊富に集まる。
玄関先で待っていたのは、金髪を束ねた快活な女性。
「リナ!? 本当にあんたじゃない! 無事だったのね!」
彼女――マルタは、リナを見るなり抱きしめた。
「紹介するね。こっちはベルゼさん。私を助けてくれたの」
リナの言葉に、マルタの視線がベルゼへと移る。
その瞬間、ベルゼは深くフードを下げた。
「……顔を見せられなくてすまない。人前に出るのが得意ではなくてな」
「ふーん、謎めいた人ね。でも命の恩人なら大歓迎! 泊まる部屋くらい用意するわ!」
マルタの気さくさに救われ、ベルゼは小さく頭を下げた。
――その夜。
マルタ商会の応接室で、ひとつの“難題”が議題に上がっていた。
王都で流通している穀物の取引価格が、急激に乱高下しているのだ。
背景には、貴族たちの投機と、輸送路を狙う野盗の存在があった。
「くそっ、どうすりゃいいんだ……」
商人たちが頭を抱える中、ベルゼは静かに口を開いた。
「もし許されるなら、少し意見を述べても?」
「え、あんたが? ……まぁ、いいけどよ」
ベルゼはテーブルの上に置かれた地図を見つめ、指で線を引いた。
「輸送路を変えるのではなく、取引の“時期”をずらすんです。
現在、北方の小麦市場が値下がり傾向にあります。
その分を先に買い占め、東の港に回せば……需要期に倍で売れる」
「そんな、簡単にいくのか?」
「いや。問題は情報の早さだ。
――だが、明日の午前に商業ギルドで報告が出る。
その瞬間に動けば、誰より早く波に乗れる」
商人たちは目を丸くした。
「な、なんでそんなこと知ってるんだ……?」
「少し、推論しただけです」
ベルゼは淡々と答える。
だがその目は、まるで全てを見透かしているようだった。
翌朝。
商会はベルゼの提案どおりに取引を進めた。
結果――見事に価格は上昇し、マルタ商会は莫大な利益を上げた。
マルタは興奮してベルゼに抱きつく。
「すごい! 本当にあんた、何者なの!? 天才よ!」
「……ただの、少し考えるのが得意なだけです」
その日の夕刻。
王都の酒場では、早くも噂が流れていた。
「マルタ商会に“仮面の賢者”がいるらしい」
「顔を隠した怪しい男だが、頭は王立学士を凌ぐってよ」
そして、城の上層階。
一人の貴族がその報告を受けていた。
「仮面の賢者……? 興味深いな」
男の指先には、例の“魔獣制御装置”と同じ紋章が光っていた。
「もしや、あの遺跡で動いた獣は――」
唇が歪む。
「……面白い。見せてもらおうか、“仮面”の下の正体を」
夜の王都。
灯の消えた窓辺で、ベルゼは一人、星空を見上げていた。
「この世界……見れば見るほど、矛盾に満ちている」
「力だけではない、“知”が必要だ」
その手のひらに、淡い魔力の光が灯る。
「俺が、この世界の構造を暴いてやる」
――その瞳には、かつて病床で見られなかった“生の輝き”が宿っていた。
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