大金が欲しくて何が悪い!!
大金が欲しくて何が悪い!!
「私と結婚してくれるんだろう?」
その言葉にケリーは耳を疑ったし、周りが呆然とした顔でこちらを見ているのにも気付いていた。
彼女は言葉を失ったが、相手は穏やかに微笑み、とある物を差し出して来たのだ。
「君が、一億ルルに匹敵するお金をくれなくちゃ、結婚なんてしてやらないというから、故郷から取り寄せたんだ」
「は……」
ケリーは再度耳を疑った。彼の差し出してきた物は、確かに一億ルル以上の価値があるであろう、この大陸でもとびきりの物に匹敵する物だったからだ。
「な、なな……な」
ケリーは引きつった声を上げた。
「なんで四十カラットの虹涙石のネックレスなんて持ってきてるんですか!?」
虹涙石。それは王家の結婚指輪にはめられた物ですら、小数点以下のカラットの大きさでしか用意されない、どんな宝石よりも貴重で、熱狂的な信者すら居る人気が極めて高いが、供給量が絶望的に少ない宝石だったのだ。
一カラットの虹涙石を手に入れるために、百年にわたる戦争が行われた過去すらこの大陸にはあるほどの代物であり。
四十カラットなんていう重さの虹涙石なんて、おとぎ話の中や伝説の中の、一般的に言って見る事など王族だって一生あり得ない宝石だったのだ。
それを目の前に見せられて、ケリーがドン引きしないわけがない。
「……? 君が結婚の条件だと言ったんだ。この国の国家予算の一年分くらいの値打ちの物がなくちゃ、結婚にうんと言わないと」
相手はケリーがドン引きしている理由がわからなさそうだったが、ケリーはとにかく、この状況を作り出したのだろう、自分がやらかした何かを思い出そうと必死に記憶を探ったのだった。
そして必死に思い出し、そのとんでもない宝石が噂を呼びに呼んだのか、人がどんどん集まってくる。そんな状況でケリーはやっと思い出した。
確かに、それっぽい事を、自分は目の前の男性に言った。
酔っ払って。
人生に半分絶望しながら。
このままでは、どんなに働いても、妹を断頭台での処刑の運命から覆せないから。
それくらいの物をくれる相手と結婚したい、と。
ケリーにはかわいくて、比べものにならないくらいに賢い妹がいる。勉強の才能もあまり持っていないケリーと違い、勉強熱心で学んだそばから頭に吸収する、そんな自慢の妹が。
その妹が、庶民の中級学校を一ヶ月で飛び級で卒業してしまって、もっと高度な事を学びたいと言っていたから、家族一丸となってその夢を叶えてやろうと奮起したのだ。
庶民は一般的に中級学校を卒業したら、それ以上の進学はしない。
だが貴族は高級学校に入学して、さらに上等の勉学に励む余裕がある。
そこは普通の成績では庶民が通える所ではないけれど、二年に一度開催される平民用の入学試験で、その年の貴族の最高得点を上回る点数を出せば、入学資格を手に入れられるのだ。
妹のアニーはその試験に挑み、史上最高得点を叩き出し、高級学校に入学できたのである。
ケリーは妹の入学資金のために働きまくり、両親も仕事に励み、制服から何からを一式、指定された仕立屋などでそろえたのだ。在学中も、卒業した後も使えるように手入れの道具なども買いそろえて。
それは並々ならぬ金額だったが、アニーだって入学資格を手に入れてからは寝る間を惜しんで働いて、皆で学校に入る準備をした。
そしてその年に、アニーは全寮制のそこに入学して……一年で、とんでもない問題を起こしてしまったのである。
運が、とてつもなく悪かったのだ。
両親はそう言って泣いていた。ケリーはあまりにも理不尽な運命を呪った。
アニーは高額の宝くじに当たるよりも低い確率の貧乏くじを引かされたのだ。
その年はちょうど、問題があると下町にまで噂の流れる第三王子が学校に入学する年で、試験で歴代最高得点を叩き出したアニーは、庶民ながらも王子以上に注目の的で。
王族以上に目立つ事になってしまったアニーを、第三王子が気に入らなくて、でも。
アニーが、下町でもゆびおりの美少女で、学校に入学する時に、貴族の令嬢たちの不快感をあおらないように、近所に偶然暮らしていた貴族のマナーを知っている女性の協力の下、及第点のマナーや所作を持っていたから。
下手な高位貴族の令嬢よりも、第三王子にとって欲しくなる要素を兼ね備えてしまったから。見劣りしない美少女で、所作も及第点で、とびきりの頭脳で、
火遊びの相手にちょうど良い、庶民だったから。
王子はアニーで欲望を満たす遊びをしようとしたのだ。しかし賢明なアニーは危険さをよくよく理解していたから、それらを必死に回避しようとした。
だが、王子は狩りのような気分でアニーを付け狙い、アニーが庶民のくせにうんと言わないまま、時間だけが経過していったから。
男と女の力の差を使って、アニーを無理矢理お手つきにしようとしたのだ。
アニーは平民だった。そしてその年の入学生の中に、アニー以外の平民はいなくて、下級貴族だってアニーより身分は遙かに上だった。
そして皆、身分以外は完璧と言って良いアニーに嫉妬して、アニーを助けてくれなかった。
教員すら、アニーにかわいげが無いという理由で、助けを求めたアニーを無視した。
学校でアニーは孤立無援の戦いを余儀なくされていたのだ。
だから、アニーは。
お手つきにされそうになった時に、死に物狂いで抵抗して、王子の顔を思い切りひっかき……爪が。
必死に突き立てた爪が、王子の片眼を潰してしまったのだ。
だからアニーは、王族を害したとして処刑が決まった。
それを聞いたケリーは、それを聞き心労で倒れて、そのまま流行病であっけなくこの世を去ってしまった両親の分まで、助命懇願に奔走し、学校の使用人達の証言をかき集めて、アニーの命を助けようと動いたのだ。
その結果。
「三年のうちに、我が国の国家予算一年分の慰謝料を支払えば、アニーを赦免してやろう」
そういう事を言われたのだ。裁判所で決定した条件で、だからケリーはそれまで、あまりにも勤務時間が過酷すぎると評判だったから、就職先として考えなかった所に就職したのだ。
それが、ここ、王立結界維持部門だった。
アニーはそんな能力が無かったけれども、ケリーは平民がたまに目覚める事もある能力である、結界魔法を使用出来たのだ。
魔法は貴族の特権的な部分が大きいとも言われているが、結界の魔法だけは平民でもたまに目覚める魔法として知られていて、そして平民の結界魔法保持者は、一度国家に取り込まれたら、貴族の思うままに使い潰されると評判があった。
その分給料は高くなる事もあるが、休む暇などどこにもないと言われるほどの労働を余儀なくされるとか、そういう話があったのだ。
それでも、ケリーはアニーを助けたかったから、アニーが悪い事をしたわけじゃないから、たった一人の妹だから、助けたくて、そこに就職し……それ以降奴隷並みに使いまくられる生活を耐えてきたのだ。
そして期限まであと半年となって、今までの残業代などまで含めて給料を換算すると、アニーを助けられると希望が見えてきた時に。
……ケリーの知らないところで、ケリーが結界維持装置の重要な部品を壊した事にされて、今までの貯金の半分以上を奪われたのだ。
だからケリーは絶望して、もうやっていられなくて、必死に折れないようにしていた心がポッキリと折れて、女性の結界魔法保持者が行く事を禁止されている、性的な事もするお酒も飲める店に入ってしまったのだ。
やけになっていた。何故か女性の結界魔法保持者は、処女でなくなると力が半分以下に減退するから、行く事を禁止されている所に行ったのは、妹をもう助けられないと絶望して、頭がぱあになったせいだった。
一発逆転なんて出来ない。どうあがいてもあと半年で、どんなに現状を覆そうとしても、国家予算一年分の金額は手に入れられない。
それなら、自分も処罰されて、何もなくなった後に、妹が閉じ込められている監獄を急襲して、妹だけを逃がそう。自分にはかなり年上の、信頼の出来る男の友人がたった一人だけ居るから、そいつに後の事を頼んで。
そんな事を考えて、入ったそのお店で……目の前の男に出会ったのだ。
彼はたくさんの女性に群がられていたのに、ふらふら現れたケリーの隣に座ると、そこを離れようとせずに、ケリーが酒をこれでもかと喉に流し込み、適当な男の相手を呼ぼうとすると、誰でも良いなら自分にしろと立候補したのだ。
そしてあられもない夜が始められ、眠る前に男はケリーにこう言った。
「君と結婚したい。店で男をあさるくらいなら、私と結婚できるだろう?」
ケリーはもう自分はじきに死ぬのだと思っていたからこう返事をした。
「この国の国家予算の一年分くらいのお金を、ぽんっと払ってくれる人なら考える」
妹を助けられるなら、どんな環境のどんな男の元に嫁いだって、ケリーは死ぬほど後悔はしないと思っていたから、叶わない事を言ったのだ。
そしてケリーは早朝にそこを後にして、仕事場に戻り、急激に力の減退した状態を怪しまれながらも、まさか禁じられた職種の店に入ったとは思われず、体を壊し欠ける状況になりながらも働きつつ……妹を逃がすチャンスをうかがっていたのだ。
そのさなかに、自分が目的の金額を貯めたら仕事場を退職すると見抜かれて、逃がさないために濡れ衣を着せられて貯金を奪われた事も知り、それを企んだ所長や副所長にも復讐をするため、計画を練っている矢先に、男が現れた訳である。
「……本当にくれるの。後で返してって言わない?」
「言わないさ」
「じゃ。じゃあちょっと待ってて! それちょうだい!」
それさえもらえれば、妹を助けられる。ケリーが手を伸ばした時だ。
「待て!! それほどの値打ちがある物を、そんな女に渡してはならない!!」
不意に大声が響き渡り、現れたのは……第三王子だった。ケリーが第三王子だとわかったのは、服装と、第三王子の身分を表すメダルを首から提げていたためだ。
「渡してはいけないなら、誰に渡すというのだ?」
男が不思議そうに言うと、第三王子が胸を張る。
「それ程の物は、王子である私に献上することこそふさわしい」
「黙れ! それさえあれば、妹を赦免できるんだ! あの子をもう牢獄にいさせなくて済む!!」
ケリーは耐えきれなくて怒鳴った。ケリーは平民で、王族その他への礼儀作法なんて欠片も知らない。そういう生き方しかしてこなかった。後は仕事で人間的な扱いをされない時間の方が長くて、敬語など使いこなせなかったし、空気だって読めなかった。
「妹……? 赦免? お前、あの毒婦の姉か。はっ、死んだ女のために金をかけるなんて馬鹿らしい」
その言葉を聞き、ケリーの頭の時間が止まった。死んだ……? と呆然と口に出してから、自分がそう言ったのだと気付いたのだ。
「そうだ。アニーと言ったか、あの暴力的な毒婦は、グングレンの牢獄に送られる途中で、馬車が山賊の急襲に会い、死んだ」
「そ、それはいつ!? 家族の私には、なんにも、なんにも……」
「お前に赦免の条件が出されてから一週間もしないうちだな」
それを聞いたケリーはふらふらと座り込んだ。自分のこの必死の労働時間は何だったのだろう。もうとっくに妹が死んだなんて……
張り詰めていた気持ちが崩れて、ケリーは目の前が真っ暗になり、その場に倒れ込んだ。
「……ちゃん、お姉ちゃん!」
「あにー、まだねむたい……」
「それだけ言えるって事は少し大丈夫なんだね! よかった! お医者様! お姉ちゃんが会話できるくらいに回復しました!」
「よかった。もう何日も意識不明だったからね。寝言が言えるのは良い事だ」
「……??? ? ???」
ケリーは懐かしい声にいつも通りの返事をした後……聞き慣れないやりとりに目を開けた。
そしてはっとして飛び起きると、そこには。
「アニー!! 父さん、母さん!!」
死んだはずの家族がそろっていて、ケリーは頭の中が妄想を見せているのだととっさに思った。
だが。
「申し訳なかった!!!」
ケリーが目を覚ましたと気付いた、家族以外の人間……なんか見覚えのある男性が、膝をついて謝罪してきたので、目を丸くし、そこからアニーの説明を聞く事になったのであった。
アニーは確かに山賊に襲われた。だがその山賊は……本物の山賊ではなく、アニーを番だと思った竜の大国の王子の手の者達だった。王子は学園に在籍しており、アニーから香る匂いが番のそれだと思って、卒業したら誠実に求婚するつもりでいた。
番の匂いは胸がときめき、ふわふわと幸せな気持ちになると言うのが一般的な話だからだ。
だが事件が起きて、アニーは殺される事になったが、竜の王子はアニーが無実だとわかっていた。しかし他国で大きな争いを起こす事や、騒ぎを起こす事を留学前に父から固く禁じられており、山賊に扮しての救出しかなかったのだ。
そしてアニーはすったもんだで竜の王子に救出されたが……そこでいかにアニーの家族を救い出すかと言う話になった。
両親は助ける事が早くできた。心労で倒れたと言うあたりで、死んでしまったというねつ造を行う事が、竜の大国の暗部には簡単な事だったからだ。
しかし、ケリーの救助だけが難しかった。ケリーはあまりにも必死に動きすぎて、王国の方の暗部達に目をつけられていて、手を出すと、アニーや両親の事まで嗅ぎつけられる可能性が高かったのだ。暗部は勝率の低すぎる仕事は請け負わないらしい。
そのため機会をうかがいにうかがっていたが、ケリーは仕事場からほとんど外に出なくなり、外で救助する事が出来ずに二年ほどが経過し……アニーがしびれを切らして、姉を助けなければ結婚式なんかしないと王子に言い放ち、王子が慌てふためき、荒技だがケリーが絶望して外に出て行くように手駒を動かし……ケリーは見事外に出て、さあこのまま連れ出せるかと思ったら、仕事場に戻っていってしまったのである。
そのため、急遽騒ぎを起こすための道具をそろえ、あの虹涙石のネックレスを差し出すという舞台の幕が上がった訳である。
あの後第三王子は、ちょんとつついた結果、自分の目が潰れたのは女性を乱暴しようとして抵抗されたからだと自爆し、その女性を犯罪者に仕立て上げて牢獄に入れようとした事も暴露してしまい、その女性を救うために死に物狂いだったケリーの事を馬鹿にし……この騒ぎが兄である第一王子の耳に入ったそうだ。
第一王子はこの事に激怒し、第三王子は去勢の後幽閉と決まったらしい。幽閉は基本地獄なので、第三王子に明るい未来はないだろう。
そして……
「あなたと一夜を共にしたのは……女性なら誰でも虜に出来ると豪語した兄でして……」
謝罪を重ねた男性……アニーの婚約者……道理で見た顔に似ている訳だ……は言い、こう言った。
「兄はあの一晩で、妹を案じ続けるあなたにぞっこんになってしまったらしく……あの、こんな形から始まるのは気に入らないかもしれませんが……兄があなたに求愛するのをゆるしてください……今日もここに来ると言ったのですが……兄は極端な人なので……部下達に止められております……」
「家族を助けていただいたのでもう何でも良いです」
ケリーは心の底からそう思ってそう言い、ばたんと寝台に倒れ込んだ。
安堵のあまり力が抜けたのであった。