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カリオスの器  作者: titi
感染者ゼロ号
9/10

逃げ場のない日常。

翌朝、カナメは鏡の前で、ゆっくりと制服の襟を整えていた。


瞳に浮かぶ歯車模様は、今はない。

額にも紋様はない。


ただの、いつもの自分。


けれど――何も変わっていないように見える日常は、確実に「変わっていた」。


登校すると、校門の前には教師と警備員が立っていた。

妙に目を光らせている。


けれど、それを不自然と思っている者は少なかった。


教室に入っても、昨日の事件のことを口にする生徒はいない。

まるで“なかったこと”のように。


「おはよ、カナメ」


ユイが隣の席に座る。


その声色は明るく、自然だったが、昨日とは微妙に違う気がした。


「昨日さ、如月くん……休みだったよね?」


「……え?」


カナメの声がわずかに震える。


「いや……あれ? そうだったっけ? 誰かの見間違いかな。なんか変な夢見た気がして」


ユイはそう言って、何でもないように微笑んだ。


(……消えてる)


彼女の“記憶”が、書き換えられている。


ヒロトが暴走し、自分たちの目の前で異形化した事実も――

自分が光を放ち、時間が歪んだあの感覚も――


なかったことにされている。


(じゃあ……他のみんなも?)


廊下を歩いていても、誰もヒロトの話をしない。


昨日あれだけの異常が起きたというのに、空気はいつも通り。


事件そのものの“記憶”が、何者かの手によって塗りつぶされたのだ。


――だが、自分だけは消えていない。


そして、教室の隅に座る白河ナオが、ふとこちらを見た気がした。


氷のような瞳。


何も言わない。

けれど、その視線は明らかに“知っている”者の目だった。


(……あいつも)


気づいている。

記憶が改変されていない、あるいは――“別の段階”にいる存在。


他にも、数人。


見慣れたはずのクラスメイトの中に、“妙な違和感”を持つ者が混ざっている気配があった。


逃げ場のない日常。


けれど、その中に、確実に“変わってしまったものたち”が息を潜めている。


そして、昨日から変わらぬまま、心の奥に残っていた言葉。


〈器たちよ、いずれ裁きの刻が訪れん〉


これはもう、“日常”ではない。


平穏なふりをするこの世界が、いずれ本当に壊れる日が来る。


その時、自分は――何を選ぶのか。

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