黙示録ノート。
翌日、校舎は異様なまでに静かだった。
何事もなかったかのように生徒たちは登校し、教室も掃除され、昨日の暴走の痕跡はどこにもなかった。
如月ヒロトの姿はなかった。
担任は「体調不良のため、しばらく休む」とだけ言った。
もちろん、そんな言葉で納得できる者はいない。
だが、不思議と“問いただす者”もまたいなかった。
記憶が――曖昧なのだ。
生徒たちは昨日の出来事を「夢だったかもしれない」と思い始めていた。
黒服の集団やヒロトの異形化を“集団ヒステリー”と認識してしまうほどに、
世界はなぜか、自然に“整合性”を取り戻そうとしているようだった。
だが、神原カナメだけは違った。
確かに覚えている。
ヒロトの変化、自分の手に浮かんだ光、時間が歪んだあの感覚――
何より、あの声。あの“夢”の中の存在。
そして。
「これ……」
放課後、誰もいない理科準備室で、カナメは埃をかぶった棚の奥から見つけた“ノート”を開いていた。
ユイが隣で目を見開いた。
「なにこれ、……古い。まさか、手書き?」
紙は黄ばみ、角は擦り切れていた。
表紙には何のタイトルもなく、ただ、ページの最初にこう書かれていた。
《カリオスとは、選別する“意志”である》
その言葉に、カナメの胸がざわつく。
“カリオス”。
初めて見る言葉のはずなのに、どこかで聞いたような気がした。
ページをめくると、そこには不可解な図形や、人体の断面図、そしておそらく架空の生物のスケッチのようなものが描かれていた。
「これ……学校の備品じゃないよね?」
「違うと思う。でも、このページ……見て」
カナメは指を差した。
《感染者ゼロ号》という文字が、赤いインクで書かれていた。
その横には、日付と、場所――この高校の名前が記されていた。
「……これ、昨日のこと?」
ユイが呟いた。
ページの後半には、奇妙な詩のような文が続いていた。
《器たちよ、いずれ裁きの刻が訪れん。
“カリオス”は見ている。歯車はすでに回り出した。
正気と狂気、記憶と真実の裂け目で、誰が“選ばれる”のか》
それを読み終えた瞬間、カナメの中で何かが“繋がった”。
昨日の声。ヒロトの変貌。
そして、自分の変化。
すべてが偶然ではない。
これは――仕組まれていた。
選ばれていたのだ。自分は。
「なあ、ユイ……俺、どうやら“普通じゃない”かもしれない」
そうつぶやいたカナメの目は、いつもより少しだけ深く沈んでいた。
その虹彩には、また微かに、歯車の輝きが滲んでいた。