混乱と沈黙。
サイレンのような電子音が、校舎の奥から響いた。
「……何の音?」
ユイが顔をしかめながらつぶやく。
教室の窓からは、校庭を覆う“黒い車両”がいくつも見えた。
無地でナンバーもなく、一般車とは明らかに異なる装甲仕様。
そして、黒服の集団が無言で校舎に突入していくのが見える。
その光景に、生徒たちのざわめきが広がる。
「え、警察……じゃないよな」
「何これ、テロ? ドッキリ? 本物……?」
教室の空気は一気に張り詰めた。
そして――
ガチャリ、と重い金属音を立てて、教室の扉が内側から開かれた。
現れたのは、全身黒のスーツにヘルメット、呼吸音を発するマスク――
目元に赤いバイザーを装着した無言の集団だった。
「生徒たちはその場で静止! 手を挙げて!」
無機質な電子ボイスが告げると同時に、複数の隊員が一斉に室内へ展開する。
銃ではなく、奇妙な形状の装置を構え、教室の中央――ヒロトが倒れている方向へと向かっていく。
カナメは動けなかった。
ヒロトの体は、未だ微かに痙攣していたが、
その背から伸びていた異形の突起はすでに収縮を始め、まるで“もとの人間”に戻ろうとしているかのようだった。
「対象を確保。フェイズII進行中」
どこかで聞こえた声が、無機質な連携を意味していた。
一人の隊員が何かの注射器のようなものを取り出し、ヒロトの首筋に刺す。
直後、ヒロトの身体は微かに震え、それきり動かなくなった。
「……待って。何をしてるんですか。あの人は……如月くんは、生徒ですよ!」
ユイが思わず声を上げた。
だが、隊員たちは無視するように作業を続けていた。
その視線は、あまりにも無感情で、まるで“それ”が人間であることを理解していないかのようだった。
――カナメの中で、何かがざらつく。
(彼らは……これを、知っていた?)
驚いていない。混乱もない。
まるで“こうなることが前提だった”かのように、
機械のような手際で、ヒロトを担架に乗せ、教室の外へと搬送していく。
「なにこれ……俺たち、何を見せられてるんだ……」
誰かが呟いた。
その一言が、妙にリアルだった。
気づけば、カナメの手の甲の紋様はすでに消え、瞳の歯車も元に戻っていた。
まるで、さっきまでの異常が夢だったかのように。
けれど――
「この件について、外部には一切口外しないこと。
本日あった出来事は“集団錯乱”および“心理的フラッシュバック反応”と認定されます。
我々は教育庁・危機対応局の調査班です。全員、同意書に署名を」
最後に教室に現れた一人の男は、黒服ではあったが、明らかに“軍”の人間ではなかった。
スーツの胸元にあしらわれたシンボル。
それは、どこか禍々しくも美しい、三重の円をなぞるような幾何学模様。
カナメはその紋様を見た瞬間、胸の奥で――何かが反応するのを感じた。
――カチリ。
あの、歯車の音が、また。