抑え込めない力。
視界は青い残光に包まれていた。
教室にいたはずなのに、どこか異次元のような場所にいるような感覚。
カナメの呼吸は浅く、心拍は速い。
それでも不思議と恐怖はなかった。
むしろ――
(すべてが、見える)
歪んだ空気の振動。
動くものの軌道。
如月ヒロトの身体の動きさえ、まるで映像を巻き戻すかのように正確に予測できる。
目の前に立つヒロトが、一瞬、こちらに顔を向けた。
次の瞬間、彼の足が床を砕き、斜め方向からカナメへと跳びかかってくる。
だが――その動きが、スロウに見えた。
ヒロトの指先、関節の角度、軌道。
すべてがカナメの眼に“見えて”いた。
「……見える」
カナメは自然に身を翻した。
狙い澄ましたかのように、攻撃を寸前で回避する。
ドン、と音がして後方のロッカーがへこむ。
ヒロトが外したことに驚いたような声をあげた。
「……お前、今……避けた、のか……?」
――そんなわけがない。
ただの一般生徒だったカナメが、あんな速度を見切ることなど不可能なはずだ。
だが、カナメはもう以前のカナメではなかった。
彼の“眼”は、確かに変質していた。
瞳の奥、回転する歯車の模様。
視界の中で、あらゆる動きが分解され、時間軸が再構築されていく。
「やめろ、ヒロト……もう、お前は……」
言いかけたそのときだった。
――ドンッ!!
ヒロトが再び突進してくる。
しかも今度は、さらに高速だ。
「……っ!」
カナメの両手が、咄嗟に前へと突き出された。
その瞬間、彼の手の甲に浮かんだ幾何学紋様が、眩い光を放つ。
青白い残光が奔り、衝撃波のような力が空間を押し返した。
「ぐっ……ああああっ!!」
ヒロトの身体が、まるで何かに弾かれたように教室の反対側へ吹き飛ぶ。
ガラス窓を突き破り、後方の備品ロッカーに激突――
壁にめり込み、動かなくなった。
静寂。
割れたガラスのきらめきが床に散らばり、風が吹き込んでカーテンが揺れた。
カナメは呆然と立ち尽くしていた。
手の甲の光がゆっくりと消えていく。
額に浮かんでいた紋様も、熱を失っていくのがわかった。
何が起きたのか。
いや、自分が“何をしてしまったのか”。
「……カナメ……今の、あれ……」
背後からかけられたユイの声は、震えていた。
カナメは振り向けなかった。
自分が、今、恐ろしいほど“冷静”だったから。
心臓が高鳴っていたはずなのに。
呼吸が乱れていたはずなのに。
それでもどこか、深く――静かだった。
(俺の中に……何かがいる)
それは確信だった。
熱でも、感覚の冴えでもない。
もっと根源的な“異物”が、自分の奥に息づいている。
――そして、それは止まる気配を見せなかった。




