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カリオスの器  作者: titi
感染者ゼロ号
5/10

抑え込めない力。

視界は青い残光に包まれていた。


教室にいたはずなのに、どこか異次元のような場所にいるような感覚。


カナメの呼吸は浅く、心拍は速い。

それでも不思議と恐怖はなかった。


むしろ――


(すべてが、見える)


歪んだ空気の振動。

動くものの軌道。


如月ヒロトの身体の動きさえ、まるで映像を巻き戻すかのように正確に予測できる。


目の前に立つヒロトが、一瞬、こちらに顔を向けた。


次の瞬間、彼の足が床を砕き、斜め方向からカナメへと跳びかかってくる。


だが――その動きが、スロウに見えた。


ヒロトの指先、関節の角度、軌道。

すべてがカナメの眼に“見えて”いた。


「……見える」


カナメは自然に身を翻した。


狙い澄ましたかのように、攻撃を寸前で回避する。


ドン、と音がして後方のロッカーがへこむ。


ヒロトが外したことに驚いたような声をあげた。


「……お前、今……避けた、のか……?」


――そんなわけがない。


ただの一般生徒だったカナメが、あんな速度を見切ることなど不可能なはずだ。


だが、カナメはもう以前のカナメではなかった。


彼の“眼”は、確かに変質していた。


瞳の奥、回転する歯車の模様。

視界の中で、あらゆる動きが分解され、時間軸が再構築されていく。


「やめろ、ヒロト……もう、お前は……」


言いかけたそのときだった。


――ドンッ!!


ヒロトが再び突進してくる。

しかも今度は、さらに高速だ。


「……っ!」


カナメの両手が、咄嗟に前へと突き出された。


その瞬間、彼の手の甲に浮かんだ幾何学紋様が、眩い光を放つ。


青白い残光が奔り、衝撃波のような力が空間を押し返した。


「ぐっ……ああああっ!!」


ヒロトの身体が、まるで何かに弾かれたように教室の反対側へ吹き飛ぶ。


ガラス窓を突き破り、後方の備品ロッカーに激突――

壁にめり込み、動かなくなった。


静寂。


割れたガラスのきらめきが床に散らばり、風が吹き込んでカーテンが揺れた。


カナメは呆然と立ち尽くしていた。


手の甲の光がゆっくりと消えていく。

額に浮かんでいた紋様も、熱を失っていくのがわかった。


何が起きたのか。

いや、自分が“何をしてしまったのか”。


「……カナメ……今の、あれ……」


背後からかけられたユイの声は、震えていた。


カナメは振り向けなかった。


自分が、今、恐ろしいほど“冷静”だったから。


心臓が高鳴っていたはずなのに。

呼吸が乱れていたはずなのに。


それでもどこか、深く――静かだった。


(俺の中に……何かがいる)


それは確信だった。


熱でも、感覚の冴えでもない。

もっと根源的な“異物”が、自分の奥に息づいている。


――そして、それは止まる気配を見せなかった。



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