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カリオスの器  作者: titi
感染者ゼロ号
2/7

異変の兆し。

教室には昼下がり特有の、倦怠と静寂が漂っていた。


窓から差し込む日差しが床に長く伸び、生徒たちはそれぞれのノートにペンを走らせている。

教師の声は抑揚が乏しく、ただ黒板の板書が淡々と進んでいく。


だが、神原カナメの耳には、その声が少しだけ“遠く”聞こえていた。

いや――むしろ、クラス全体の空気が、どこか“こもって”感じられるのだ。


(息苦しい……?)


隣のユイがちらりとカナメを見やり、小さく囁く。


「また、熱っぽい?」


カナメはかすかに首を振る。


しかしその瞬間――


「うるっせーんだよッ!」


――教室の後方から、怒声が響いた。


全員が一斉に振り向く。

その声の主は、教室の隅に座る如月ヒロトだった。


普段は目立たないタイプの生徒だった。

大人しく、授業中もほとんど発言せず、昼休みもひとりで弁当を食べていたはずだ。


だが、今の彼は――異様だった。


机を思い切り蹴り飛ばし、立ち上がった彼の顔は赤黒く染まり、何かに憑かれたような、剥き出しの怒りに満ちていた。

目は見開かれ、唇が小刻みに震えている。


「お前ら、なに見てんだよ……なに勝手に、こっちばっか見てんだよ!」


ざわめきが広がる。

担任が慌てて駆け寄ろうとするが、それより早く、ヒロトが教壇のチョークケースを掴み、壁に叩きつけた。


ガシャン――!


乾いた音とともに、粉々に砕けた破片が床に散らばる。


「落ち着け、如月! 何があったんだ!」


教師の叫びも届いていないようだった。

いや、届いているのかもしれない。

ただ、彼の中で何かが暴走していて、制御が効かないだけなのかもしれない。


「やめろ……やめろよ……!」


ヒロトは叫びながら、自分の頭を抱えた。


その指の間から、ぽたりと汗が――いや、汗ではない。

蒼白い何かが、皮膚の下から滲み出ているように見えた。


「……ユイ。あれ……」


カナメが思わず言葉を漏らすと、ユイも固まったまま頷く。


「……やばい。これ、普通じゃない」


そのときだった。


カナメの視界が、また“ズレた”。


音が遅れ、光が歪み、時間の流れが妙に引き延ばされたように感じられる。


視界の中で、ヒロトの動きだけが異様なほどはっきりと、細部まで見える――。


(まただ……。あの感覚)


遠ざかる音、研ぎ澄まされる視覚。

そして、背筋に走る氷のような震え。


カナメの瞳が、再びわずかに光を帯びた。


まだ自分では気づいていない――歯車が、静かにまわり始めていることに。



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