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カリオスの器  作者: titi
感染者ゼロ号
1/7

静かな日常

春の風が吹いていた。


灰色のコンクリートに囲まれた屋上の手すりにもたれかかりながら、神原カナメは静かに目を閉じていた。


耳元で制服の裾がひらめく音、遠くで鳴くカラスの声、そして、心臓の鼓動。

そのひとつひとつが、妙に輪郭を持って感じられる気がする。


まるで、何かが自分の内側でゆっくりと目を覚まそうとしているような――そんな感覚。


「……また、だ」


カナメは額に手を当てる。


微熱。熱があるとまでは言えないが、身体の芯がじんわりと温かく、妙に集中力だけが冴えていた。


「カナメ、もう! こんなとこで何してんの?」


肩越しにかけられた声に、振り向く。


扉の陰から姿を現したのは、綾野ユイだった。

風に揺れるポニーテールが、彼女の軽やかな足取りを際立たせている。


「あとちょっとで昼休み終わっちゃうよ! 急いで!」


「あたしが外連れ出してあげればよかったね!」


ユイはカナメの隣に腰を下ろし、手すりの向こうに目を向けた。

見下ろせばグラウンドが見え、サッカー部がランニングをしていた。


「……また調子、悪い?」


「うん。というか……変なんだ。目覚めた時から、なんか世界が濁って見える。音も、いつもよりはっきりしてる気がする」


「それって……夢、見たとか?」


カナメは答えず、ほんの少しだけ唇を噛んだ。


――夢、ではない。


確かに、昨晩――いや、今朝方――奇妙な“気配”を感じたのだ。


布団の中で目を閉じていた時、

誰かが自分を見ているような……遠くから呼びかけられるような――。


「……誰かに、呼ばれたような気がした」


「……え?」


「声は聞こえなかった。でも、確かに、何かが“こちら”を見ていた。夢じゃない。あれは……起きてた」


言ってから、自分でも妙なことを言っている自覚はあった。


だが、ユイは鼻で笑ったりはしなかった。

少し黙って、それからそっと視線を落とした。


「カナメって、たまに変なこと言うけど……」


「うん」


「……そういうとこ、好きだよ」


「……」


カナメは言葉を失った。


けれど、ユイは気にした様子もなく、軽く立ち上がって制服の裾を払った。


「変な感覚も、誰かに呼ばれた気がしたのも……全部疲れてるだけだよ。きっと。今日は午後、現代文でしょ? 先生の話、いつも通り退屈だから、途中で寝なよ」


そう言って、手を振りながら階段へ向かう。


カナメはその背中を見送りながら、再び自分の胸に手を当てた。


(……違うんだ)


違和感は、熱でも夢でもない。


もっと根源的な、“何か”が、体の奥で回り始めている。


――その証拠に。


さっきから、視界の隅で、歯車のような模様がちらついていた。


それが現実なのか、幻覚なのか、カナメにはまだわからなかった。

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