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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

富豪村の真実

作者: 安珠あんこ

挿絵(By みてみん)

「望月編集長、次のネタなんですけど……」


 フリーライターの斉藤萌は某出版社の一室で、オカルト系雑誌月刊ヌーの編集長である望月良平に富豪村の取材を提案していた。


「富豪村か。最近ネットで話題になっているね。いいと思うよ」


「ありがとうございます。では、早速取材に……」


「その前に、まずはその村の情報収集をしようか。取材前の事前調査は大事だからね」


「なるほど。確かにそうですね」


 望月編集長は萌に、まずは情報を集めることを提案する。


「情報の収集。集めた情報の分析。取材方針の決定。それから現地取材の流れで行こう。僕も手伝うよ」


「編集長に協力していただけるなんて、うれしいです」


「それじゃあ、まずは富豪村の情報を集めていこう。うちのデータベースにも情報があるかもしれないから調べておくよ。青山くん、データベースの方は君にお願いするよ」


「まかせてください」


 机で原稿の校正をしている眼鏡をかけた優しそうな雰囲気の男性は、萌をちらっと見つめてから答えた。


 月刊ヌーのホームページには、読者の情報交換用の掲示板と、情報提供用の入力フォームが用意されている。これらの情報は定期的にまとめられて、編集部のデータベースに保存されている。


 萌はまず、ネットで富豪村の情報を集めることにした。萌に好意を持っている眼鏡の優男、青山悠介も手伝ってくれた。


「悠介くん、富豪村の情報は集まった?」


「ええ。ぼちぼちってとこですね。とりあえず、場所は特定できましたよ」


「へえ、やるじゃない。で、どこなの?」


 萌はデスクに座っている悠介の後ろから肩に手を回して質問した。


「茨城県の北部にある魅禍月村の一部が富豪村で間違いないようです。ここですね」


 悠介はノートパソコンで、グーグルマップの航空写真を表示しながら、萌に答える。


(やはり、茨城県北部か……)


「どうかしました?」


「いえ、なんでもないわ」


 萌は一瞬思い詰めたような表情をしたが、すぐにいつも通りの落ち着きを取り戻した。


「魅禍月村の情報をまとめたので、見てもらえますか?」


「さすが悠介くん。仕事が早いわね」


「興味深い情報がいくつかありました。まあ、ここはいろいろといわくつきの場所みたいですね。グーグルマップのストリートビューが見れなかったので、村の写真をいくつかネットから拾ってみたんですが、見ますか?」


「何らかの理由でストリートビューの撮影車両が村まで入れなかったのかもね。どれどれ」


 萌は後ろからハグしていた悠介の身体から離れると、彼のノートパソコンを操作して村の写真を確認する。写真には、ごく普通の農村の風景が写っていた。


「へえ、写真で見ると、とても裕福そうな村には見えないけどねえ」


「魅禍月村自体はこれといった特徴の無い普通の村です。人口も決して多くはありませんし」


「じゃあ、富豪村はガセネタだった?」


「いえ。実は魅禍月村の中に七瀬地区という場所があるんですが、なぜかそこだけが異様に栄えているんです」


「なるほど、村の一部だけが栄えているってわけね」


「はい。でも、その七瀬地区が、いわくつきの場所みたいなんです。そのせいかも知れませんが、その地区の写真はネット検索では見つけられませんでした」


「へえー。どんないわくがあるの?」


「ここでは、江戸時代の初めに虐殺があったみたいなんです」


「虐殺ですって?」


 悠介の口から、想像もしないような言葉が出てきたので、萌は驚いて思わず聞き返した。


「ええ。この七瀬地区の住民は、過去に水戸藩の藩兵によって全員殺害されています」


 そう話すと、悠介は一枚のレポートを萌に見せた。


【七瀬村の虐殺】

 七瀬村の虐殺は、江戸時代初期に、水戸藩領の常陸国久慈郡七瀬村で発生した、水戸藩の藩兵が七瀬村の住民を皆殺しにした事件。七瀬村の周辺では、以下のような伝承が語り継がれている。

 昔、ある年の十五夜の月夜に、七瀬の人間が水戸から押し寄せた藩兵に皆殺しにされる事件が起きた。その年の秋に、村人は年貢の取立に来た役人に年貢を納めた。しかし、間もなく別の役人が来て年貢を要求してきたため、村民達は怪しんで、後から来た役人を偽者と判断して騒動となり、一人の村人が誤って役人を殺害してしまった。

 ところが、先に来た役人は偽者で、後から来た役人は本物であった。

 当時の水戸藩主である徳川光圀は村人たちの行為に激怒し、彼らの行為は藩への反逆であると断罪、すぐに藩兵を招集して村を討伐させた。藩兵は村人を一人残らず斬り殺すように命じられており、村人が命乞いをするも聞き入れず、老人から幼い子供に至るまで全員を殺害し、死体を谷へと投げ捨てたという。

 この後、人がいなくなった七瀬村は隣接する魅禍月村に編入された。この村が完全に再興するのは、徳川の時代が終わり、水戸藩が消滅する明治時代になってからのことである。魅禍月村の七瀬地区には、地獄沢や首塚など、この事件が関係していると思われる地名が今でも残っている。

 長い間、この事件は歴史の闇へと葬り去られていたが、前述のとおり、七瀬村の周辺では、ひっそりと事件のことが語り継がれてきた。


「こんな事件があったとはねえ」


「歴史の闇というやつですね。しかし、国内でも珍しい虐殺事件ということで、一部の研究者の間では有名だったようです」


「なるほど。それで、虐殺事件が起きた原因は本当に年貢が関係しているの? 偽物の役人に村人が簡単に年貢を差し出すとは思えないし、村人全員殺すなんて相当よね? だって、その村が無くなってしまったら、そもそも年貢も何も無くなってしまうわけじゃない?」


「萌さんの言うとおりです。そこは、諸説あるようです。表向きには、年貢の取り立てによるいざこざが原因と言われていますが、研究者の間では、戦国大名の佐竹氏が開発した金山が原因だったというのが有力みたいですね」


「佐竹って、あの鬼義重の佐竹?」


「萌さん、よく知ってますね。そう、その圧倒的な強さから鬼と称された佐竹義重と、その息子の佐竹義宣のことです。次のレポートを読んでください」


【佐竹氏の金山開発】

 戦国大名の経済的基盤の一つとなったのは,鉱山開発であった。戦国時代、常陸国を治めていた佐竹氏は積極的に金山開発を行い、豊臣秀吉に莫大な金を贈り続けることで、領地と地位を保証されていた。そして佐竹氏の領地の一つ、七瀬村には当時としては最大規模の金山があり、越後金山、佐渡金山に次ぐ生産量を誇ったという。現在でも七瀬地区にはいくつかの金山跡や坑道跡、鉱山道具が残っている。

 

 その後の関ヶ原の戦いで、佐竹義宣は戦に参加せず中立的な態度を取ったため、徳川家康の命により出羽国秋田へと国替えとなり、七瀬村も水戸藩の所領地となった。


 水戸藩の二代藩主である徳川光圀の時代になると、七瀬村では何故か金がほとんど取れなくなり、多くの金山が廃坑状態となっていた。水戸藩自体、徳川御三家の格式のために、実際の石高よりも遥かに多い表高である三十五万石になっていて、光圀の時代からずっと財政難にあえいでいた。そのため、光圀は佐竹氏が開発していた金山の再興に躍起になっていたと言われている。七瀬村の虐殺も、この時期に発生していることから、七瀬村の金山を巡って、水戸藩と住民との間でなんらかの揉め事が発生し、それがエスカレートして住民の虐殺が発生したとの見方が現在では有力である。


 そして、明治になり徳川幕府から明治新政府の統治へと切り替わった。新政府の廃藩置県によって茨城県が誕生し、水戸藩が廃止されると、魅禍月村に編入された七瀬村にも次第に人が集まり出した。

 やがて、七瀬地区は富豪村と呼ばれるほどに再び繁栄することとなる。


【佐竹氏と鬼の関係】

 七瀬村を含む八溝山地の金は鬼が管理しているとの噂があった。実際、この地に伝わる伝承には、金山を管理する鬼の話がある。このことから、戦国時代、鬼義重とまで言われた佐竹義重は、金山開発の際にこの地の鬼たちと取引をし、協力関係にあったという説も存在する。


「なるほど。金山があったということは、七瀬地区の住民たちは金を採掘を再開して儲けている可能性もあるのか」


「今でも金の採掘をしているかどうかはわかりませんが、七瀬地区にはいくつかの採石場があります。この地区では昔から良質な石が取れるようです」


「へえ。ということは、採石のついでに金を採掘している可能性もあるってわけね」


「金の価格は年々上昇してますから、金の採掘に成功していたら、この村が富豪村と言われるのも納得です。佐竹氏の金山開発に鬼が関係していたという話も気になりますよね。鬼と関係があるのかはわからないですが、魅禍月村には神隠しの噂もあるみたいです。これを見てください」


 悠介は新しいレポートを萌に見せた。


【魅禍月村の失踪事件】

 魅禍月村とその周辺では、明治時代から失踪事件が年に数件発生している。神隠しなどと噂する者もいる。実際、明治時代には旅行者の女性を人身御供とするために拉致したとして、魅禍月村にある神社の神主たちが逮捕される事件が起きた。彼らは程なく不起訴となり釈放されたが、この件以降、魅禍月村では村祭りで本物の人間を生贄として神に捧げているのではないかという黒い噂が絶えない。近年でも、行方不明者が発生しているとの未確認情報もある。


「なんだか、きな臭くなってきたわね。この話が本当なら、今でも魅禍月村では人身御供、つまり人間を殺害して神に捧げる行為が行われている可能性があるわけでしょう? それが、魅禍月村周辺の失踪事件と関連しているとしたら?」


「考えただけでも恐ろしいですよね。昔、人柱の取材をしたことがあるんですけど、人柱にする人間を選ぶ時に、その土地を訪れた旅行者を拉致して生贄とする話が色々な場所で語り継がれているんです。考えたくはないですが、この村では少なくとも明治時代まで、下手したら今でもその風習が残っているのかもしれませんね。そう言えば、実際に、魅禍月村で起きた行方不明者の話がありましたよ」


「え、そうなの?」


「実は、某大学のミステリーサークルの部員たちが、動画サイトで【神隠しの起こる村に潜入してみた】というライブ配信をしたようなんですが、配信中に彼らは全員行方不明となっているみたいです」


「そんな事件があったの?」


「真偽不明ですけどね。この動画自体は残ってなかったんですが、その配信動画を見ていたという人がその内容をネット掲示板に書き残していたんです」


「失踪事件の記録を見つけるなんてすごいじゃない」


「そうですね。公開当時は結構話題になったみたいです。フェイク動画だなんて意見も多かったみたいですね。すぐに削除されてしまったので、場所は特定されなかったみたいですけど。でも、内容を読む限り、彼らが動画を撮影していたのは七瀬地区で間違いないと思います」


【神隠しの起こる村に潜入してみた】


 この動画の概要

 

 ある大学のミステリーサークルのメンバーが神隠しの起こる村を探索するという動画。リアルタイムで配信されていた。撮影途中にメンバーがいなくなる。危機感を覚えたメンバーが隠しカメラに切り替えて配信を続行。最後はカメラが暗転し、何者かの話し声だけが聞こえる。


 以下は動画投稿サイトで配信された動画の文字起こしと思われる文章。


 I大学ミステリー同好会の動画配信へようこそ。僕たちは今、神隠しが起こるとネットで話題の村に来ています。この村は、ネット掲示板◯ちゃんねるのオカルト板で話題になってて、一度来てみたいと思ってたんだよね。結構話題にしてるインフルエンサーの人も多いからね。なんか、噂だと、某局のテレビクルーがここに撮影に来たらしいよ。でも、取材中になんらかのトラブルが発生して、結局、この村での撮影は断念されたらしい。それくらいいわくつきのヤバい場所ってことで、今カメラ回して撮影してる僕らも正直緊張しています。いや、でもここ、田舎なのになんか変なんですよ。変じゃない、カイくん?


 ん? 何が?


 いや、道がやけに広くて綺麗だなって。だってここ、超がつくくらいの田舎よ? それなのに、こんなに広くて綺麗な道がずっーと奥まで続いてんのよ。


 言われてみれば、確かにな。ここ来る途中の道なんか、ところどころ舗装されてなかったもんな。それに比べたら確かに不自然だわ。


 でしょ? だから俺、グーグルマップで見てみたんだけど、この村の真ん中ら辺に、なんかとても大きな工場があるらしいのよ。小さな村には不釣り合いなくらい巨大な工場があって、そこからずーっとこの綺麗な道路が続いてるみたいなんだわ。輸送用のトラックのために作ったのかな?


 それじゃあ、この道路はその工場の会社が作ったの? いや、儲かってんなあ。


 いや、その工場は村営なんだよ。つまり、村で工場もこの道路も整備してるの。ま、工場っつっても、調べたらなんか地元の住民が食品を加工してるだけみたいなんだ。まあ、そんなところにこれだけお金をかけてるから、食品っていう名目で、何かヤバい物を作ってるんじゃないかって噂もあるみたい。この道路にしたって、こんなど田舎には不必要なくらい立派なわけだろ? こんな小さな村のどこにそんな財源があるのかと不審に思う人も多いらしい。とりあえず、この道を進んで行ってもその工場に着くだけだから、他のところを見に行かないか? どうせ工場の中には入れないだろうし。


 そうだなあ。他にどこかおすすめの場所ってあるの?


 まあね。実はここに来る前に、色々とこの場所のこと調べてたんだ。ここは昔、七瀬村と言われていて、昔からここら辺には鬼が棲息していると言われてたみたいなんだ。だから、周辺の村からは、七瀬村の住民は鬼と一緒に暮らしてるだとか、鬼を血を引いているとか言われて忌み嫌われてきたらしい。


 へえ、鬼の住む村か。面白いな。ホラー好きな俺たちにピッタリじゃないか。


 ふふ、そうだね。あ、カンナは禁足地って聞いたことある?


 禁足地って、絶対に入っちゃいけない場所のことでしょ?


 正解。実はこの七瀬村にも、村人ですら決して近づくことが許されていない禁足地が存在するらしいんだ。


 それって本当なの?


 ああ。この村の住民を名乗る人物が、◯ちゃんねるのオカルト板に昔の七瀬村の地図画像を投稿してくれたことがあってね。その人の書き込みでは、山奥に、役場の地図にも記載されていない集落があって、そこが禁足地になっているらしい。


 なるほど。それじゃあ、今回私たちは実際その場所に行って、噂が本当かどうか確かめようってわけね。


 そうそう。そこがどんな感じになっているのか、本当に鬼はいるのか? 今回はライブ配信しているから、視聴者さんと一緒に見届けようってわけです。


 いいですねえ。それじゃあ、早速禁足地の場所を探してみよう。何か当てはあるの?


 まあねー。事前に調べてきたって言ったでしょう。ここ、見てみて。


 あー、これはすごいわ。一目瞭然じゃん。ここで間違いないよ。とりあえず、暗くなる前にここ、行ってみるか。村の集落の方は後からでも見れるし。


 賛成。ミクちゃんはどう? いけそうかな?


 私は全然構わないよ。みんなと一緒なら怖くないしね。


 じゃあ決まりだ。視聴者の皆さん。僕たちはこれから禁足地を見に行くことにします。


 えーと、チャットはどうかな? うん、帰って来れなくなるからやめとけって? へーきへーき。こう見えて僕たち、こういう所探索するの慣れてるからさ。禁足地はあかん? まあ、そうだよね。でも、そこから帰ってきたら最高でしょ? 僕らなら余裕だよ。それじゃあ、行こうか。


(ここら辺から徐々に映像と音声にノイズが入り、文字起こしが難しくなっていく。誤字があったらすまん)


  どうやら、この洞窟の先にあるみたいだな、どうする?

 

 ここまで来て引き返すわけにはいかないでしょう?


 はは、それもそうだ。

 

 ちゃんとライトを持ってきましたよ。人数分ね。


 さすがミクちゃん。相変わらず準備がいいねえ。


 洞窟の中は危ないかもしれないので、まとまって進みましょう。


 いやー真っ暗で怖えな。雰囲気あるわー。


 (ここで配信していたスマホが圏外になったのか、一度配信が途切れる。しばらくして、配信が再開される)


 はぁはぁ、ちくしょう。何だったんだあの足音は。

 

 多分村人じゃないですか? 私たちをよく思わない人たちが後をつけてきたんでしょう。


 ミクたちとはぐれちまった。どうする?


 どうするって助けに行くしかないだろう?


 今、洞窟へ戻るのは危険です。ようやく洞窟から抜け出せたんですから。


 バカかお前、あいつらを見捨てるのか!


 やめてください。今戻るのは危険だと言ってるんです!


 それなら、ここで身を潜めて彼らが来るのを待ち伏せした方がいい。


 僕も同意見だ。あの足音は明らかに普通じゃない。


 普通じゃないから助けに行くんだバカ。俺は一人でも行くぞ!


 おい、待てって!


 行っちゃいましたね。どうします?


 追いかけて行ったところで、どうにもならないよ。村人たちは恐らく、僕たちを追いかけてきている。下手に動くより、しばらく隠れてやり過ごす方が得策だよ。それに、ここはなんとか携帯の電波が入るみたいです。動画配信が再開されてますよ。洞窟の中はずっと圏外でしたからね。これで、視聴者さんたちに警察に通報するようにお願いしましょう。


 なるほど。視聴者さん、緊急事態です。僕たち今本当にヤバいです。村人たちに追われてます。恐らく僕ら以外は彼らに捕まってしまいました。すぐに警察に通報してください。お願いします。


 それにしても、洞窟の外は、青い花が一面に咲き乱れていて綺麗だな。本当にヤバい状況なのに、思わず見入ってしまう。これは、ネモフィラかな? いや違うか。

 

 あ、あ……


 ん? どうしたんで……


 うし……ろ………………


 ガツン


 (ここから映像が暗転して、音のみとなる)


 ちゃんとスマホは回収したんだろうな?


 ああ、この花を撮られると厄介だからな。また里長に怒られるのは勘弁だ。

 

 そうだよなあ。はは、今回のガキどもは肉付きがいい。思ったより上物だな。食事会でこいつらの肉を喰らうが楽しみだ。それじゃ、とっとと運んじまおうぜ。


 待て。こいつ、予備のカメラも持ってやがった。

 

 危ねえな。さっさと壊しちまえよ。


 ああ。


(最後に、白い仮面をつけた二人組の男が一瞬映り込む。おそらく、カメラを確認している際に映り込んだものと思われる。ここで配信が終了する)


「これ、本当だとしたらすごいわね。何者かが彼らを拉致したってことでしょ?」


「ミステリーサークルのメンバーたちは七瀬地区の秘密を知ってしまったのかもしれませんね。そして、決して知られたくない秘密を知られてしまった住民たちに消されたと。そう考えられなくもないです」


「恐ろしいわね」


 萌は文章を見返しながら、しばらく考え込んでいる。


「彼らが動画の最後の方に言っていた、青い花。気になるわね。もしかしたら、それが富豪村の秘密を解く鍵なのかもしれない」


「うーん、どうでしょう? 他に青い花の情報はありませんでしたからね。でも、調べてみる価値はありそうです」


「実際に現地へ取材にいったら、青い花を探してみようと思う。出来れば悠介くんも、一緒に来てくれるとうれしいな」


「僕でよければ、全然いいですよ。それじゃあ、データベースから抜き出した残りの情報はまとめて渡します。時間がある時に読んでみてくださいね」


「ふふ、優しいね、悠介くんは。いつもありがとね」


 萌は悠介を椅子から立たせて、後ろから豊満なバストを悠介の背中に押しつけた。そして、彼の頬に軽くキスをしてから、残りのレポートに目を通す。


 一週間後、萌は悠介と一緒に魅禍月村へ取材に向かった。萌の運転する白いSUVは常磐自動車道を北上して、茨城県の北部へと向かっていく。


「まさか編集長がこんなものまで用意してくれるとは思いませんでしたよ」


 助手席に座っている悠介が後部座席に積んである銀色の箱に目をやる。


「スターリンクの衛星通信システム。これがあれば携帯電話の圏外でも余裕で通信できるからね。どこでも使えるミニタイプのアンテナだから、持ち運んで使うことも出来るわ」


「それだけ、編集長も僕たちのことを心配してくれてるってことですよ。これがあれば、いざという時に助けを呼べますからね」


「何があるかわからないからねえ。本当に鬼が出るかもしれないし」


「そうやってフラグ立てるの止めてくださいよ。本当に出たらどうするんですか?」


「あはは。そしたら悠介くんに助けてもらうよ」


「僕が鬼に勝てると思ってるんですか?」


「ま、それは冗談として、一応緊急時のためにこれを持ってきた」


 停車中に萌はかばんから小さなスプレー缶とハンディライトを取り出した。


「何です、それ」


「熊よけスプレーよ。こっちは軍用のタクティカルライト。これ、光を覗き込むと目が潰れるくらい明るいから、しばらく相手の目をくらませられるわ。この二つがあれば鬼相手でも逃げるぐらいの時間は稼げるでしょ?」


「でも、その後どうするんです? 確実に逃げられるとは限りませんし、複数で襲ってきたら、熊よけスプレーとハンディライトでは対処しきれませんよ」


「その時は、人がここに来るように仕向けるのよ。人がここに来ないといけない状況を作るの」


「そんなこと出来るんですか?」


「普通にやっては無理でしょうね。でも、例えばここの森に火を放って火事を起こしたら、消防の人たちが必死になってここに火を消しに来るでしょう? 普通なら放火で捕まってしまうけど、命の危険が迫っているなら、緊急避難が適応されると思う」


「ま、確かにそうですけど……。萌さんって、たまにとんでもないこと思いつきますよね」


「……やっぱり、ドン引きした?」


「いえ、逆です。感心しましたよ。そこまで考えて取材してるんだなって」


「本当に切羽詰まったら、手段を選んではいられないからね。こういう危険な仕事は綺麗事だけじゃ出来ない。いざとなったら、私はこの手を汚す覚悟よ」


「さすがです。今回の取材、場所が場所ですから、何もないわけがないですからね。僕も腹を括りますよ」


「改めて、よろしくね、悠介くん。ついてきてくれて、本当にありがとう」


 萌はハンドルから片手を話すと、悠介の腕を握りしめた。


 白いSUVが森の中を進んでいく。村に近づくにつれて、道がどんどんと綺麗になっていくのが感じられる。


「魅禍月村の看板が見えた。ここが村の入口みたい」


「思ったとおりの山村って感じですね」


「でも、あの動画の情報のとおりで、道は綺麗に整備されているわね」


「それだけ車が通行しているってことです。まあ、周りに何も無いですから、車が無いと生活出来ないっていうのもあるんでしょうけど。それで、どこから取材するんですか?」


「まずは村役場にいく。村には今回の取材とは別件でふるさと納税の返礼品についての取材許可をもらってあるからね。この魅禍月村は和紙を作っていることで有名でね。返礼品としても人気だから、私たちはそれを取材しにきたことになってるの」


「なるほど。別件で取材するついでに本来の取材もやっちゃおうってわけですか」


「そうそう。あと、何か問題が起きた時に本名を晒すと危険でしょう? 今回の取材用に望月編集長に名前と役職を変えた身分証も用意してもらったの。これは悠介くんの身分証ね」


「そこまで対策してるとは。やっぱり萌さんは最高だ」


 萌と悠介は初めに村役場を訪れた。村役場の建物は小さな村には場違いなほど近代的なデザインの建物で、ガラス窓のカーテンウォールが太陽の光を反射して眩しく光ってきた。


「さすが富豪村と呼ばれてるだけあって、村役場も立派ですね。まるで外国の映画に出てくる施設みたいです」


「静かに。ここの観光課の人が今回私たちの取材の対応をしてくれるはずよ」


 二人が村役場の中に入ると、エントランスホールで初老の男性から出迎えられた。


「四葉出版社の方ですね。お待ちしておりました。私、魅禍月村村長の金森です」


 高級そうな黒いスーツを着た村長がニコニコしながら二人を出迎えてくれた。


「村長自らお出迎えしていただけるとは。本当にありがとうございます。四葉出版の村井です。こちらは鈴村です」


「鈴村です。今日はよろしくお願いします」


 萌たちは村長に頭を下げると、しっかりと握手を交わした。


「村井さん、鈴村さん。こちらが今回お二人を担当する観光課の冬月です」


「初めまして。観光課の冬月です。よろしくお願いします」


 冬月はタイトなスーツを着た黒い髪の女性だ。黒いフレームのメガネをかけていて、知的な印象を受ける。


「今日は村の特産の東内和紙の取材と聞いています。ご存知かもしれませんが、東内和紙は品質の良さから日本一の和紙と言われていて、日本のみならず海外からの評価も高いのです。ふるさと納税の返礼品としても人気なんですよ。今回は和紙の他にも村の観光名所を案内しますので、よろしければそちらもぜひ記事でとりあげていただけるとうれしいですね」


「わかりました。私たちも村の魅力を記事で読者に伝えたいと考えていましたので、是非お願いします」


「まずは、和紙を作っている作業所を紹介します。私が車を出しますね」


 萌たちは冬月の運転する白い公用車に乗り込んで、村を案内してもらうことになった。村役場の周辺は車の通りも多く、多くの店が立ち並んでいる。車の窓から外を見ていた悠介が意外なことに気づく。


「魅禍月村ってコンビニが多いんですね。ここに来る途中の道には、こんなにコンビニはありませんでしたよ」


「外からこの村に来る方にはよく言われます。実は、魅禍月村はコンビニ激戦区なんです。茨城県は他の県と比べて、市街化調整区域といって、都市開発が抑制されている地域が多いんです。だからコンビニを建てるにも、事前に開発許可が必要な場所が多いんですよ。でもここ、魅禍月村には市街化調整区域が設定されていないので、コンビニを建てるのに面倒な開発許可を受ける必要が無いんです」


「他の地域と比べてコンビニを建てやすいってことですか」


「そうです。だから、コンビニだけじゃ無くてスーパーやドラッグストアなんかも多いです。理由は同じで、開発許可を受ける必要が無いから建てやすい」


「なるほど、よくわかりました。ありがとうございます」


「最近SNSでは、魅禍月村のことを富豪村だなんて呼ぶ人がいますが、周りと比べてお店とかを出店しやすいってだけなんです。だから、村の規模に比べてお店が多くて栄えているように見えるだけです」


「七瀬地区もですか?」


 冬月が富豪村の話題を出したので、萌がさりげなく七瀬地区の話を振る。


 冬月は一瞬だけ驚いたような表情をしたが、すぐに冷静さを取り戻して話を続けた。


「七瀬地区を知っているとは、さすが記者さんですね。でも、あそこは今、山と採石場があるくらいで、観光的には特に見る所はありません」


「そうですよね。村にとってネガティブな場所は、案内したくないですよね?」


 萌は思い切って冬月に直球の質問をぶつけてみた。


「神隠しのことですか? あれは単なる噂ですよ。今は実際に人が行方不明になったりしたら、すぐにニュースやSNSで取り上げられてしまいますからねえ」


 冬月は苦笑いをしながら返答した。だが、動揺しているのか、声が若干裏返っていた。


「まあ、そうですよね。私も今回はそういう記事を書きに来たわけじゃないです。失礼なことをいって申し訳ありませんでした」


 萌は後部座席から身を乗り出して冬月に頭を下げた。


「気にしないでください。さあ、間もなく紙すき場に着きますよ」


 三人を乗せた白い乗用車は、白いプレハブの建物の前に停車した。


「へえ、こんな場所で作業されているんですね」


「手作業ですけど、たくさんの和紙を作るには、ある程度広い場所じゃないと出来ないんです。この和紙はコウゾという植物から採れる繊維だけを使って作っているんですよ」


「東内和紙は日本一の和紙だって聞きましたけど、このコウゾに秘密があるんですか?」


「ええ、この魅禍月村のコウゾは、高品質な紙が出来ることで業界でも評価が高いのです。徳川光圀がこの地にコウゾを植えることを奨励して、そこからクオリティの高い和紙が作られるようになったと言われています」


(ここでも光圀の名前が出てきた。光圀とこの地には余程の因縁があるようね)


 萌たちは東内和紙の製作工程と、和紙の資料館を取材して回った。


「ありがとう。とてもいい取材が出来ました」


「それはよかったです。次は双子山という場所に行きたいのですが、よろしいですか?」


「お願いします」


 三人は魅禍月村の観光名所を回って、取材をしていった。


「冬月さん、今日はありがとうございました」


「いえ、こちらこそ。駆け足になってしまって、あまりうまく説明出来ずにすいません」


「いえいえ。とても丁寧に説明していただき助かりました」


「お二人は、今日はご宿泊されるのですか?」


「ええ、もうしばらくはここに滞在するつもりです」


「なるほど。これは独り言です。なるべく夜は外に出ない方がいいです。後、食事は気をつけてください。特に水には気をつけて」


「ええ、気をつけるわ。ありがとう」


「ありがとうございます」


 冬月と別れた萌たちは白いSUVに乗り換えると、市街地の中にある宿泊所へと向かった。


「最後に意味深なことを言われましたね」


「とりあえず、こちらも記者だと明かしているから、表立って変なことはしてこないでしょう。普通はね」


「ここは普通じゃないと」


「用心に越したことは無いわ。だから、今日は市街地に泊まるわよ」


 白いSUVはトライパスというホテルの前に停まった。


「ちょっと萌さん。ここ、ラブホじゃないですか?」


 ホテルの看板を見た悠介は明らかに動揺している。


「安く泊まれるんだからいいでしょ。不満なの?」


「いや、そういう問題じゃなくて……」


「ここって、市街地とはいえ村だから、ロクなビジネスホテルが無いのよ。それにラブホの方がある意味安全でしょ? あの冬月って子が言ってたみたいに、食事に毒盛られる心配も無いし」


「まあ、それはそうですけど……」


「それに悠介くんには今回、私の取材に付き合ってもらっちゃったからね。そのお礼よ」


 受付を済ませて、ホテルの部屋に入ると、萌は悠介を後ろから抱きしめた。

 

 次の日、二人は昨日は訪れなかった七瀬地区へと向かうことにした。あの大学生たちの配信動画のとおり、七瀬地区へ向かう道は不自然なほどに整備されていた。そして、この日は朝から霧が立ち込めていて視界が悪く、車のヘッドライトを照らしてもほとんど前が見えなくなっていた。


「霧が濃くなってきた。これじゃ周囲の状況がよくわからないわ」


「視界が悪いですから、気をつけていきましょう」


「そうね、気をつけて運転する。あ、あそこに何かあるわ。悠介くんも見える?」


「ええ。何でしょう? これ、木のオブジェですかね」


「降りて確認してみましょう」


 二人は車から降りて、木のオブジェらしきものに近づいていった。


「何これ……」


 その光景を見た時、萌たちは車から降りたことを後悔した。鉛筆のように先の尖った木が並んでいる。その木に、小さな生物の死体が突き刺してある。まるで生贄に捧げられているように。


「子供の死体かと思って心臓が止まりそうになったわ」


「どうやら猿のようです。いずれにせよ、気分の良いものではありませんね」


「まだ死んでからそんなに時間が経ってなさそう」


「ええ、まるで誰かに見せつけるように死体を晒したみたいです」


「……警告かしら?」


「その可能性はありますね。僕たちにここを嗅ぎ回るなと……」


 パァン、パァン、パァン、パァン……。


 突然、車のクラクションの音が響き渡った。


「しまった。車を荒らされたみたい」


「盗難防止装置が作動しています。急ぎましょう」


「落ち着いて。熊よけスプレーとライトを用意していきましょう」


 萌はカバンから熊よけスプレーとライトを取り出し、悠介に手渡した。


「ライトは消しておいてね。相手に持っていることを知られると対策されてしまうから。緊急時に相手の顔を照らす感じでお願い」


「わかりました」


 萌たちは警戒しながら車へと急いだ。幸い、車の周りには人はいなかった。


「よかった。音に驚いて立ち去ったようですね」


「そうでもないわよ。タイヤをよく見て」


「あっ!」


 車のタイヤが全てぺちゃんこになっていた。


「やられた。タイヤの空気を抜かれたわ。一本だけならスペアタイヤに交換できたけど、これじゃあ車を走らせるのは無理ね」


「どうします?」


「とりあえず、荷物は無事だから、必要な荷物を持って、歩いて戻るしかないわ」


「全部は持っていけそうにないです。とりあえず、取材に必要なカメラとかを持っていきます」


「お願いね。あ、スマホが圏外になってる。例の大学生たちの動画配信の件があったから、何か対策をされたのかもしれない」


「可能性はありますね」


「とりあえず、ここを離れる前に、スターリンクの通信システムを使って、警察に緊急通報しましょう。余計な事を言うと怪しまれるから、道に迷って遭難したってことにして」


「でも、たとえ警察を呼んでも、ここの地元の警察が来るとしたら、信用出来ますか? 彼らはこの地区の行方不明者を放置して、最悪の場合それ自体を無かったことにしてきたかもしれないんですよ」


「それもそうね。それじゃあ、とりあえず編集部に連絡して、対応してもらいましょう」


 萌たちはスターリンクシステムを起動した。スマホをWi-Fiでスターリンクシステムに接続することで、萌はスマホをネット回線に接続することが出来た。


「望月編集長にラインで通話をかけてるんだけど、繋がらないの。メッセージで助けを求めておいたから、対応してくれると思う」


「スターリンクはアンテナを固定しておかないと通信出来ないのがネックですね。それにバッテリーの電圧が無くなると使えなくなる。ま、そこはスマホも一緒ですけど」


「仕方ないわ。一度片付けて、ケースごと持っていきましょう。あ、思い出した。この車、盗難防止装置が作動すると、ドライブレコーダーが起動して、自動で録画を開始するのよ」


「それじゃあ、動画に犯人が映ってるかもしれないんですね」


「ええ、確認してみましょう。少し怖いけどね」


 萌はフロントガラスに付いているドライブレコーダーを起動すると、録画されている動画を再生した。ドライブレコーダーの液晶画面に、車外の様子が映し出される。


「これって……」


「間違いなく人ですね」


 液晶画面には、白い仮面をつけた黒ずくめの人間が映り込んでいた。


「仮面で顔を隠している。でも、背格好からすると、男性で間違いないわね」


 白い仮面をつけた男性は、クラクションの音が鳴ったことに驚いた様子だが、すぐに落ち着きを取り戻して、車の下側へとしゃがみ込んだ。


「タイヤの空気を抜いているんだわ」


 そして男性は、車から遠ざかっていった。


「まるで、僕たちがここに来るのを知っていたかのようですね」


「私たちの行動を監視してたんでしょう。この村に来てからずっとね」


「どうします?」


「とりあえず、村人は全員私たちの敵だと思って行動した方がいいと思う」


「そうですね。このままだと危険ですから、一度村を離れましょう」


「残念だけど、それが良さそうね。私はいいけど、あなたを危険に晒すわけにはいかないわ。巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」


「僕は自分の意思でここに来たんです。だから、僕が萌さんを守ります。どんな手を使ってでもです」


 萌は冷静に次の行動を考えていた。この霧が立ち込めている状況は、自分たちにも有利になっている。霧のおかげで、村人たちは自分たちの居場所をわかりづらくなる。萌はこのまま村には戻らずに隣町まで避難しようと悠介に提案した。


「村に戻っても村人たちは私たちを捕まえようとするでしょう? 幸い、スマホのコンパスとGPSの機能は生きている。これを頼りにして隣町まで移動することにしましょう」


「スターリンクを起動すればグーグルマップも使えますからね。とりあえず現在地を確認してみます」

 

 スターリンクを起動して、地図を確認していた悠介はあることに気づく。


「萌さん、見てくださいこれ」


「どれどれ。え、これってもしかして……」

 

 悠介はグーグルマップの衛星写真で、七瀬地区の西側に青い花らしいものが一面に咲いている場所があるのを発見した。


「お手柄よ悠介くん。大学生たちはこれを見て禁足地の場所を特定したんだわ」


「どうします萌さん。実のところ、僕はこの場所を見てみたい気持ちが抑えきれないんです。おかしいですよね? 手はこんなに震えているのに」


「私もよ。自分の中の好奇心を抑えきれないの。付き合ってくれる?」


「もちろんです。僕は死ぬ時は、萌さんと一緒がいい」


「はは、何それ。プロポーズなの?」


「いけませんか?」


「ふふ、私もよ悠介くん。死ぬまであなたと一緒にいたいわ。本当にありがとうね」


 好奇心を抑えきれなくなった二人は、どうせ危険ならばと、その場所に向かうことにする。


「航空写真をみると、青い花の咲いている場所は周囲を崖に囲まれているみたいです。だから、配信動画の大学生たちは、入口と思われる洞窟を見つけて入っていった」


「なるほど。まずは洞窟を見つけないとね」


 しばらく西へ進むと、まさに断崖絶壁と言える崖にぶつかった。


「崖の周囲を探してみましょう。村人がいるかもしれないから慎重にね」


 萌たちは周囲を警戒しながら崖の横を歩いていった。


「悠介くん、見て」


「洞窟ですね」


 二人の目の前に、洞窟の入口がぽっかりと穴を開けている。奥は真っ暗で、出口は見えない。


「ここに入ると二度と戻れないかもしれない。それでもいいの?」


「さっきも言ったでしょう? 萌さんと一緒なら、それでも構わないです」


「……わかった。それじゃあ、ライトをつけて、中に入るわ」


 萌たちはハンディライトを取り出してスイッチを入れた。軍用のライトだけあって、真っ暗な洞窟の中は、自動車のヘッドライトで照らされたように明るくなった。


 二人は洞窟を慎重に通り抜ける。しばらく進むと、洞窟の先に、光が見えた。


「出口が見えてきましたね」


「この先は天国だといいんだけど、間違いなく地獄なのよねえ……」


「たとえ地獄だったとしても、僕は萌さんを守ります」


「ふふ、その気持ちだけでも十分よ。でも、やられるぐらいなら、こっちからやってやる。それぐらいの気持ちでいかないとね」


 洞窟を抜けた先には、青い花が一面に咲き誇っていた。霧がはれてきたため、かなり遠くまで見通せるようになっていた。


「これが噂の青い花か。綺麗ね。こうして見つめていると、青い風景の中に吸い込まれてしまいそうだわ」

 

「これはケシの花ですね。それも日本では珍しい青いケシです。こんなに自生しているなんて、聞いたことがありませんよ」


「少し前に流行ったアニメでは、黒幕の鬼が青い彼岸花を探していたけれど、この青い花もそんな感じで村人に何かのご利益があるのかしら?」


「青いケシの花は、日本では栽培がとても難しいことで有名なんです。その花が、これだけ咲き誇っているのは、知識のある人間がこまめに手入れをしないとまず無理です。何らかの理由があって栽培しているのは間違いないと思います」


「なるほどねえ。あ、見て。奥に集落があるわ。行ってみましょう」


 青い花の奥には、年代を感じさせる古い古民家の集落があった。集落を探索する二人。何故か人はいなかった。


「人はいないみたいね」


「鬼もですけどね」


「罠じゃなければいいけど」

 

 二人は集落で一番大きな建物の中に入った。


「ここがこの集落で一番の権力者の家かもね」


「なんとなく、女性の方の部屋な気がします。この集落の長は女性なのかな?」


 部屋の中で二人は一冊の日記帳を見つけた。萌は日記帳を開いて中のページに目を通す。


 また呪われた半陰陽の子供が生まれてきた。十三歳になる前に私はこの子の首に手を掛けなければならない。そうしなければ、呪いの子供がこの里に禍いをもたらす。半陰陽の子供が生まれたら必ず殺す。それが私の一族の掟だった。一体、いつになったら私はこの呪いから解放されるのだ。それもこれも、あの忌まわしい光圀が私の一族を迫害し、私たちに呪いをかけたせいだ。だから私は同胞を水戸藩に送り込んで、天狗党とやらを焚き付けて、お前とお前の家来の子孫どもを壊滅させてやったが、いまだに私の心は晴れぬ。いまだにお前にかけられた呪いは私を苦しめ続ける。


 私の一族が義重に与えた太刀には過去の因縁を断ち切る不思議な力が宿っていた。あの刀を取り戻せば、この光圀との因縁を断ち切れるかもしれない。確か、八文字長義などと呼ばれていたな。もし、名の知れた刀剣の収集家が保管していたとしても、その太刀を入手出来るだけの金がここにはある。始祖の鬼が与えてくれたあの青い花が、私たちに無限の富を与えてくれる。隣の大国を滅亡させたというケシの花のエキスが、愚かな人間どもから無限に金を吸い上げてくれる。だから、私に手に入らない物など無い。その太刀のありかさえわかれば、私は容易に手に入れることが出来るだろう。いざとなれば、持ち主を殺して奪えばよいのだ。


 ああ、私はこの子を殺さなくてはいけないのが辛い。許しておくれ。必ず私がお前を産み直してあげるからね。そのために、お前を十二まで生かして私がお前の子を孕むんだからね。だが、この身体も子を産みすぎた。まもなく限界だ。新しい身体を見つけないといけない。若い女の身体がいる。子供をたくさん産める丈夫な腹を持った女だ。とりあえず、食用の人間から若い女を何人か選別して鬼の子を孕ませてみるか。そして、一番上等な子供を産んだ女の身体に乗り移るとしよう。


「気持ち悪い……読むだけで吐き気がするわ」


「やはり、この集落の住人は人間では無かった……」


 明らかに人間ではない何者かが書いたと思われる文章に、二人は背中が凍りつきそうになった。


 カン、カン。プシュー。


 突然、部屋の中に小さな缶が投げ込まれて、白い煙が部屋の中に充満した。


「しまった!」


「息が……苦しい……これは、何かのガスか……」


 二人の意識はそこで途絶えて、バタンと倒れた。


 萌は意識が少しずつ戻ってきたが、まだガスの影響を受けているようで、頭がぼーっとしていた。そして、まるで金縛りにあったように、身体を動かすことが出来ずにいた。ただ、誰かが話す声だけが、頭の中に入り込んできた。


「この声、私はよく知ってる……」


 その声は、紛れもなく望月編集長の声だった。望月編集長は、とある女性と交渉しているようだ。萌は、その会話を聞き逃さないように、ぼんやりとした頭を必死に耳に集中させていた。


「あなたは確か、佐竹義重の八文字長義を探していますね。そのありかを教えますから、二人を解放していただきたい。悪くない条件でしょう?」


「何故お前がそれを?」


「こういう仕事をしてますからね。色々なルートから情報が入ってくるのですよ。あれのオリジナルは今、秋田県のとある神社の宝物殿にあります」


「いいだろう。お前はただの人間ではないようだ。我々と同じく、混じっているな」


「ふふ、どうでしょうねえ。それじゃあ、交渉成立ということで。その神社の詳しい情報は、後で村長に送っておきますよ」


「ああ、それでいい。あの男は我々の協力者だからな。それでは、この二人を解放するよ。後はお前に任せる」


「ありがとうございます。また何かネタがあれば、取材に来ますよ」


 萌が完全に覚醒すると、白い仮面をつけた、髪の長い女性が挨拶してきた。


「初めまして。私はこの集落を治めているアオと申します。私たちはあなた方をこの集落を荒らしに来た盗人と勘違いして、手荒な真似をしてしまいました。本当に申し訳ありません」


 アオと名乗る女性は先ほどの非礼を詫びた。


「実は、私も月刊ヌーの読者で大ファンなんです。望月さんから、あなたたちはヌーの取材でここに来たと聞きました。よろしければ、私たちもあなたたちの取材に協力させていただきたいのですが?」


 アオは優しい口調で萌たちに語りかけた。


「驚かせてしまってすまないね。君たちが心配で、私も後から君たちを追って取材に来たんだ」


 望月編集長は二人に目で、余計なことは言うなと合図をしていた。その目を見た萌は、編集長があのラインを見て、二人を助けに来てくれたのだと確信した。


「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」


 萌は泣きそうになるのを必死でこらえていた。


 その後、萌たちはアオから集落の中を一通り案内された。その間、悠介は恐怖で生きた心地がしなかったが、萌は全く別の感情を抱いていた。


 そして、望月編集長の車で三人は魅禍月村を後にした。走行不能になった萌の車は後で編集長が引き取りに行ってくれることになった。


 次の日の夕方に、魅禍月村の七瀬地区で大規模な火災が発生して、集落に住んでいた住民がほとんど亡くなったというニュースが放映される。


 実は萌は魅禍月村の隣町の出身だった。子供の頃に同級生だった友人が神隠しにあって、その真相をずっと追っていたのだ。萌は復讐のために、青い花の集落を去る前に大型の蚊取り線香を使った時限発火装置を仕込んでいた。大型の蚊取り線香が燃え尽きる十二時間後に蚊取り線香の火が発火装置に燃え移り、火災が発生。発生が深夜であったこと、強風が吹いていたこと、火元となった集落が消防車が到達出来ない場所であったことで、集落のほぼ全ての住宅が全焼する大惨事となった。


 復讐の炎は、咲き誇っていた青い花も全て燃やし尽くした。


◇この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

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