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8.管理者アイ


 アイとエルはしばらく手を握り合ったまま並んで寝台に座っていた。


 ややしてエルはほうっ、とため息をついた。


「ここまでなのか。この三年間の戦い、流浪の日々はこの紅砂漠で潰えるのか」


 天井を仰ぐ。その頬を二すじの涙が流れた。


「もはや回天の策もなく、ミューゼス王国はわたしの代で終わる。いや、もう終わっていたのだな。民の信頼を無くした王家など」


 アイはそんなエルのつぶやきとも聞こえる述懐を聞きながら必死に頭を働かせていた。


 サーラムの裏切りはショックだったが、そんなことよりもエルの懊悩を前にして、この人のために何かしなければならない、という想いの方が強かった。


(考えるの、考えるのよアイ)


 自分に言い聞かせる。


(地下の『部屋(ルーム)』当番の時、さんざん教えられてきたじゃない。物事を順序だてて、問題点を見つけるの。そして利用できるものを躊躇なく利用する)

(わたしはいつも褒められてたじゃない。アイは冷静だな、見どころがある、て)

(いまに地下の『部屋(ルーム)』を上手に使いこなして、紅砂城を取り仕切れるようになるだろうって)

(地下の『部屋(ルーム)』・・・)


「多勢に無勢、とはよく言ったものだ」


 エルの嘆きは続いていた。


「帝国の正規軍が二千か! 神速をもって鳴る我がはやぶさ兵団にとっては荷が重い。側面からの奇襲攻撃が出来ればともかく、正面きってのいくさなど。まさに一瞬で押し潰されよう」


 いくさのことなどアイにはよくわからなかった。けれど、いくさに勝つことができればエルが生き延びられるということは理解していた。そう、いくさに勝つことができれば。


 アイはエルの言葉を反芻した。


「側面からの奇襲ですか。それが出来れば勝てますか」

「可能性はある。が、いまの状況ではまずもって無理だな。敵がどこから、どう攻めてくるのかも分からないのでは」

「敵の動きが分かれば勝てますか」


 エルは苦笑して、


「どのようないくさでも、相手方の動きが分かれば絶対不敗というもの。だがそれは戦術家の見果てぬ夢というものだ」

「なら」


 そうだ、それならエルを助けられる。アイは覚悟をきめた。そして笑みを浮かべてこう言った。


「なんとかなるかもしれません」

「何を言っているのだ」

「来てください。お見せしたいものがあります」

「まて、アイよ、部屋の外の護衛はもはや護衛ではあるまい。わたしを見張る看守になっているはずだ」

「抜け穴を使います」


 ふたりは寝台の下の抜け穴にふたたびその身を沈めた。


 あの長い階段を下りてゆく。今度は一階の扉で止まらずに、闇の中を更に下へ下へと。


「どこまで降りるのだアイよ」


 エルの問にアイは簡潔に答えた。


「一番下の『部屋(ルーム)』まで」

「『部屋(ルーム)』、とは」


 だがアイはそれには答えず、ただ足を動かして階段を下りる。


 どれくらい下りたのか。一枚の扉が二人の前に現れた。錆付いているのか、アイの力だけでは動かなかった。エルも力を合わせると、扉は重々しい音を立てて開いた。


 扉の先は回廊になっていた。


 壁も床も滑らかで、何で出来ているかエルにはわからなかった。不思議なことに天井は全体が淡く発光していた。蝋燭とも灯明とも違う均質な冷たい明かりだった。温度もぐっと涼しく、寒いくらいだった。猛暑の砂漠の都市とは思えなかった。


 やや歩くと、またしても一枚の扉に行きあたった。表面には何か文字が刻まれていた。


「古代文字ではないか。どうしてこんなところに」

「『さてらいと・こんとろーる・るーむ』」


 アイの言葉を聞きとがめる。


「何と申した」

「古代語です。星を司る部屋、という意味だとか。私たちは単に『部屋(ルーム)』と呼んでいますけど」

「星を?」


 続けてアイは扉の一部、普通なら取っ手のある位置に付けられた、そこだけ色の違う長方形のプレートに手を置いた。


「『りんじ・かんりしゃ・の・にゅうしつ・を・ようせい』」


 よどみなく古代語を話すアイを見て、エルはつぶやいた。


「呪文か。そうか、ここは失われた古代文明の」


 ややして扉から『声』が聞えてきた。


『しょうごう・かんりょう・りんじ・かんりしゃ・の・にゅうしつ・を・きょか・します』

「今のは何だ。これはいったい」


 しゅっ、と軽い音とともに扉が左右に開いた。


「これは・・・」


 広い室内は無人で、壁一面に淡く光る板が埋め込まれていた。さまざまな図形や文字が浮かんでは消えて行く。それはまるで蛍の乱舞するさまを思わせた。


 アイは部屋に入ると、中央にある玉座のような椅子に腰を下ろした。正面にはやはり光る板が埋め込まれた机があった。


 と、ぽーん、という音がして、どこからともなく再び『声』が聞えてきた。


『りんじ・かんりしゃ・が・めいん・こんそーる・に・ちゃくせき・しました』


 アイは目の前の光る板にそっと手を置くと、縦横に指をすべらせた。まるで楽器を奏でているようなしぐさだった。彼女の指の動きに合わせて光る板に映し出されている図形や文字が変化していった。


「大昔、人間は星をつくることが出来たそうです」


 アイは静かに語りはじめた。エルはその後ろに立ち、身じろぎもせずに映し出される光の乱舞を凝視していた。


「それらの星々は、さまざまな目的のためにつくられたそうです。遠く離れた場所に声や絵姿を届ける星や、旅人を導く星、中には人を乗せて飛んでいた星もあったとか。

 この城に残されているのは、そうした星の一つ、『ていさつ・えいせい』と呼ばれる天空の番人を操るからくりだそうです」

『えいぞう・を・めいん・もにたー・に・うつし・ます』


 正面の大きな光る板に何かが映し出された。それが空から見た紅砂城とその周囲の紅砂漠の景色だと気付いて、エルは驚愕した。


「紅砂城の真上にある『せいし・えいせい』からの眺めです。『けんさく』をかけますね」


 アイの操作で画像が目まぐるしく変わる。どうやら砂漠の中で動いているものを捜しているらしい。やがて複数の小画面がいくつかひらいた。


「えーと、右上のはふつうの隊商(キャラバン)ですね。左下のは巡礼かな」


 最初はあっけに取られていたエルも、映し出されている情報の価値にはすぐに気付いた。


「左の一番上をもっとよく見せてくれ」

「はい」


 アイの操作でその画像が拡大された。そこにはラクダや徒歩で移動する兵士たちの姿が鮮明に写し出されていた。


「この人数、この装備・・・帝国軍だ。正確にはどこかわかるか」


 画像が変わり、紅砂城との位置関係が表示された。


「そうか、この谷を通るつもりなのか。それならここで奇襲をかければ突破できる」

「勝てますか?」


 アイの問いかけに、エルは笑って応えた。


「むろん。敵軍の動きが手に取るように分かる。まさに我が掌を指すがごとし、だな」


 そして鮮やかな指運びで映像を操るアイをしげしげと見た。


「それにしてもよく古代機械を扱えるな。アイ、おぬしは魔道士なのか」

「いいえ。ただ、こういった機械の操作は幼い者のほうが覚えやすいとかで、毎年何人かの子どもが選ばれて訓練させられるのです」

「大したものだな。失われた古代語の呪文まで操るとは」

「本当の意味などわかりません。ただ言い伝えの通りに唱えているだけで」


 と、またもぽーん、と音がして古代語が聞こえてきた。今度は正面の画面にも何やら赤い文字が浮き出てきた。


『けいこく・ていでんあつ・です・ばってりー・ゆにっと・の・こうかん・が・ひつよう・です』

「これは?」


 と問うエルにアイは首を振った。


「わかりません。何年か前から突然こんな声がするようになったんです。この声が聞こえてからしばらくすると、明かりが消えて動かなくなってしまうんです。何日か経つとまた使えるようになるんですけど」

「そうなのか」


 エルは不安そうに、


「それでは早くここを出た方が良いのではないのか」

「そうですね。でももうしばらくは持つはずですから」


 そしてアイはあらたまって説明した。


「これが紅砂城がこれまで生き残ってこれた秘密なんです。『ていさつ・えいせい』は幾つもあります。だから世界のどんな場所でも見ようと思えば見られるのです。他国の田畑の作付も収穫の時期も一目瞭然ですし、隊商(キャラバン)の動きを追えば貿易の様子も手に取るようにわかります。

 そうして知った世界の動きを元に、商売や交渉ごとを有利に進めて来たのです。ただ、最近はすぐ明かりが消えてしまうようになったので、以前ほどは使っていないんですけど」

「そうなのか・・・だが良いのか、それをわたしなどに明かして」


 エルは椅子に座るアイの肩に手を置いて尋ねた。アイは自らの手をその上に重ねて、


「これは紅砂城を守るためでもあります。このいくさにエル様が勝てば、城を占領する口実もなくなりますから」

「なかなか利に聡いことを言う。油断のならない娘だな、そなたは」

「エル様もでしょう」


 そして二人の乙女はくすくすと笑みを交わした。


9.に続く

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