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寝落ち通話

 それから、芹沢さんはようやく俺に縋りついたままなことに気付いたらしく、「あ……! ご、ごめんっ」と慌てて俺から距離を取った。


 すっかり明るくなり、元に戻った空間で、お互いの顔が見やすくなった分余計に気まずく感じる。


 縋りつかれていた左腕には、まだほのかに温かさが残っていて、気まずさを助長していた。


 俺は「……あー」と言葉を探して迷いながら、


「……とりあえず、もう寝ちゃう?」

「そ、そうだね……」


 俺たちは微妙な空気のまま、いそいそとリビングに布団を敷けるようにテーブルを横に除けたりして、空間を広げていく。


(いけない。あまり意識しないように、切り替えないと)


 準備をしていると少しは落ち着くことが出来たので、俺はふうと息を1つ吐いた。


「俺がこっちで寝るから、芹沢さんはベッドの方で寝て」

「へ? い、いや、私がこっちでいいよ」

「いや、こういう時ってラノベとかでもお客さんにベッド譲ったりするものじゃん」

「……そのラノベとかのこういう展開を見てていつも疑問に思うんだけどさ」

「うん」

「異性のベッドで眠るって普通に気まずくない?」

「……」


 言われてみれば確かにそう過ぎて、なにも言えなかった。

 私が布団でいいよね? と聞いてくる芹沢さんに、俺は無言で頷き返す。


 ここでこういう野暮なツッコミを入れるから、俺たちはラノベの登場人物みたいになれないのだろう。

 

(なんだろう。正しい判断をしたのに、この、なにか重大なミスをしてしまったみたいな感じは)


 どこか引っかかるものを胸に覚えつつ、寝室に向かっていると、「ゆ、優陽くん」と背中から声がかけられた。


 振り向くと、芹沢さんがスマホを片手にもじもじとしていた。


「その、さ。……1人だと雷怖いし、寝落ちするまで通話してもいい、かな……?」


 そうだ。

 電気が点いたとは言え、まだ台風は続いてるし、寝る時はまた電気を消すことになるしね。


 俺は承諾しながら、寝室に入る。

 

 それにしても、美少女の友達が出来て、部屋にあそびにくるようになって、グループというものに所属することになり、こうして部屋に泊まるようになって、最後は寝る前の通話ときた。 


 なるほど。こうして見れば確かに人に話すと小説のネタだって言われても仕方がない。

 少し前の自分からは想像もつかないとんでもない変化過ぎる。


 少し苦笑を漏らし、通話をかけた。


『あの、さっきはごめんね? 急に抱きついちゃって……』


 通話が繋がるなり、開口一番で聞こえてきたのは謝罪だった。


「い、いや……いいよ、うん。大丈夫。誰だって驚いたらそういうことになると思うし」

『そう言ってもらえると助かるよ。あ、でも! 誰にだってああいうことするわけじゃないからね!』

「あはは、分かってるって」


 あれは人として信頼されてるが故の行動だ。

 その結果気まずくなったとしても、信頼されてるのは素直に嬉しいと思う。


『……絶対分かってないじゃん』

「え? なにが?」

『……なんでもないよ。ムカつくから絶対教えてあげない』

「ええー……?」


 なにか違ったらしい。

 うーん、そっちは全然分からない。


『ところでさ、もうすぐ夏休みじゃん』

「もうすぐって……まだ2ヶ月も先だよ? さすがに気が早くない?」

『なーに言ってんの。2ヶ月なんてあっという間だよ。こうやって毎日充実した日々を送ってたらさ』

「……そうかもね」


 ぼっちだった時もそれはそれで楽しかったけど、芹沢さんや和泉さん、藤城君に乃愛。

 皆と友達になってからの方が、確かに日々は充実していて、時の流れが早く感じるようになった。


『でしょー? ね、夏休みに入ったらなにしよっか?』

「うーん……俺、友達がいる状態で迎える夏休みが初めてだから、こうしたいみたいなのは特別思い付かないかな。皆で遊んだりするので十分だよ」

『えー? それじゃいつもと変わらないじゃん。海行ったりとかさ、夏祭りとかさ、ちょっと遠出したりとかさー。ラノベとかだと夏休みのイベントたくさんあるでしょー?』

「あ、そっか」


 どうしてそれがすぐに思い付かなかったのかと言えば、少し眠くなってきて、頭がふわふわとしてきているからだ。


 俺だけじゃなくて、芹沢さんもそうなのかさっきから聞こえる声がふにゃふにゃとしている。


「……楽しみだね」

『だねー。……まあ、その為には拓人にちゃんとテストを乗り越えてもらわないといけないけどね』

「あはは、それは頑張ってもらうしかないよ」

『もし拓人が期末で赤点取ったら、優陽くんハーレムになるよー? そーしたらハーレムラノベ主人公って呼ぶー』

「ちょっ、やめてよ!? 本当に恐れ多いよ!?」


 スマホの向こうからふにゃふにゃとした笑い声が聞こえてくる。

 そろそろ限界が近いらしい。


 それを証明するように、程なくして、反応がなくなって、寝息が聞こえ始めた。


 俺は言いそびれ、行き場を失ったお休みという言葉をそっと通話が繋がったままのスマホに告げ、通話を切った。


 こうして、俺の突発的なお泊まりイベントは終わりを告げることとなったのだった。

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