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そして台風がやってくる

「——うわ、台風だって」


 テスト週間に入って数日、今日もグループの皆を部屋に招いて勉強している時だった。


 集中の隙間を縫うようにして聞こえてきた、先に休憩に入ってスマホを見ていた芹沢さんの声に、俺はノートから顔を上げる。

 

「え、いつ?」

「来週の月曜くらいだって。ちょうどテストと被る感じかー」

「お、マジ!?」

「嬉しそうにしてるところ悪いけど、延期になって苦しいのが先延ばしされるだけでしょ」

「……夢くらい見させてくれよ」


 教科書とノートに齧り付くようにしていた藤城君が嬉しそうに勢いよく顔を上げたけど、和泉さんの言葉によって、がくっと頭を下げて再びノートを見つめる結果に。


(台風かぁ……)


 とりあえず、なんとなく詳しい情報を知りたくなったので、テレビを点けてちょうど天気予報をしているチャンネルを合わせた。


「わ、本当だ。結構大きいやつだね」

「しかも割と直撃ルートっぽいな、これ」

「だね。少なくとも学校は休みになるかもね」

「月曜の朝起きなくていいってだけでなんか幸せな気分になるよね」

「「「分かる」」」


 芹沢さんの意見に満場一致で頷く俺たちだった。






「優陽くん優陽くん!」


 更に数日が経過して、土曜日。

 普通に遊びに来ていた芹沢さんが、スマホから顔を上げて、興奮冷めやらぬといった感じで俺の肩をバシバシと叩いてくる。


「なに? どうしたの?」

「めっちゃ面白い作品見つけた!」

「へー、そんなに? どれ?」

「これ!」


 芹沢さんが見せてきたスマホの画面でタイトルを確認し、自分のスマホで検索する。

 

「へーまだ10話しか投稿されてないんだ。これならすぐ追いつけそう。ちょっと待ってて。今から読むから」

「待ってる! 早く語ろ! というか私も読み直そっと!」


 2人揃ってソファに座り、ひたすら同じウェブ小説を読み進めていく。

 アニメとかならともかく、同じウェブ小説を読むっていうのはなんかちょっと不思議な感覚がする。


 そんな感覚を覚えたのも束の間、ウェブ小説10話程度というのはそこまで読むのに時間がかからないので、俺はあっさりと今更新されている最新話まで読み終わってしまった。


 スマホから顔を上げ、横を見ると、芹沢さんが俺のことをジッと見つめていた。


「……これは来るね!」

「だよね!? SNSのオタ垢の方で布教しとこ! 目指せ書籍化! 後方腕組み古参面に私はなる!」

「俺は小説自体のブクマと、あとは評価と……レビューも書いてみようかな」

「お、いいねー! 一緒に布教して古参面しよ!」

「いや古参面は別にしないけど……」


 俺はただ面白い作品があったら皆に読んでもらって、少しでも作品を布教して作者さんを後押し出来ればいい。

 

 俺はただのオタクでファン。過度に存在を誇張して目立ったりするのは俺の望むところじゃない。

 目立つのは作者だとか、推してる存在だけでいいんだ。


「……これでよし、と」

「書籍化するといいねー」

「そうだね」

「あ、そう言えばさ! この間推しイラストレーターさんがイラスト上げててさ! ……えっと、これだ! この子めっちゃ可愛くない!?」

「あ、この人知ってる! 最近よく見るよね! いいよね、この人のイラスト!」

「うんうん! なんかキャラが動いてるように見えるっていうか、生きてるって感じ!」

「分かる! その人のイラストだと、俺これとか好きでさ!」

「あ、私も私も!」


 オタクトークは益々勢いづいてまったく止まらない。

 多分、最近テスト勉強で芹沢さんと2人になる機会が少なかったから、その反動も大きいのだろう。


「あ、そうだ。優陽くん、ちょっとゲームしたいんだけど」

「え? けどまだ捻挫治ってないよね? いいの?」


 尋ねると、芹沢さんが「ふっふっふ」と嬉しそうな笑みを浮かべた。


「実はここに来る前に病院に行って診察を受けてきたんだけど、そろそろ動かしてもいいって!」

「え、そうなんだ! よかったね!」

「うん! もう痛みもないし、もう大丈夫! ご心配をおかけしました。……って、まあ、完治したわけじゃないから激しい動きは出来ないんだけどね」


 それでも、よかった。

 

「じゃあ、芹沢さんが遊びたいの選んでもいいよ」

「よーしカートやろ! カート! 動画見たり乃愛ちに教えてもらった成果を見せたげる! 今日は勝ってみせるよ!」

「なら、お手並み拝見させてもらおうかな」

「ふふん。その余裕がいつまで持つか見ものだね」


 それから何戦かやって、あえて細かい結果は省くけれど、最後まで余裕を持ち続けられたことだけは明かしておこう。






「あ。もうこんな時間か。そろそろ帰るね」


 晩ご飯を食べ終わり、しばらくのんびりしていると、芹沢さんが時間を確認して呟いた。

 うわ、本当だ。全然気にしてなかった。


「そこまで送るよ」

「ありがとー」


 帰りになにかコンビニでアイスでも買って帰ろうかな。

 そう思いながら、俺が扉を開けると。


 ——ビュオオオオオオッ! ビチャチャチャチャチャッ!


 横殴りの超強い風が、まるで滝のような量の雨水を叩きつけてきて、瞬く間に全身が濡れていく。


「うわっ!?」


 俺は慌てて部屋の中に引き返す。


「優陽くん!? うわっ!? なにこれ!?」


 戻ってきた俺の様子を見た芹沢さんが、扉をそっと開けて、外を確認し、荒れまくった天候を見て目を剥いた。


「……まさかとは、思うけど。もしかして、台風が来るの予定より早まったんじゃないかな?」

「そうかも……ちょっと天気予報確認してみようよ」


 リビングに戻り、芹沢さんがテレビを点ける。

 俺はその間にタオルを取ってきて、濡れた箇所を拭いていく。


「やっぱり早まったっぽいね、これ」

「けど、さっきまでは音もしなかったよね? じゃあもしかして、俺がちょうど出た瞬間に降り出したってこと?」


 だとしたらついてなさ過ぎる。

 割と雨男な自覚はあるけど、なにも嵐まで直撃しなくてもいいじゃん……。


 自分の運の悪さにげんなりとしていると、


「……これ、私どうやって帰ればいいと思う?」

「………………どうやって帰ればいいんだろうね」


 傘を貸すことは出来るけど、この雨風じゃまったく雨具としての意味を成さないのは目に見えている。

 レインコートならいけるかもしれないけど、あいにくうちにはない。


「仕方ない。気合いで走って帰るしかないか」

「いやいやいや!? 風邪ひくよ!?」

「大丈夫だよ、多分! 幸いここからそんなに遠くないし、なんとかなるよ! 多分!」

「自信の割に多分が多い! というかこんな強風の中外に出て、なにか飛んできて当たったらどうするのさ!? それこそ顔とかに当たって傷が残るようなケガでもしたら大変でしょ!?」

「……む。確かに。私がこの可愛い顔にケガをするなんて、世界にとっての損失だしね」


 俺が言いたかったのはそういうことじゃないんだけけど、まあ、思い留まってくれたみたいだからよし。


「……でも、どうしよう。天気予報を見る限り、通り過ぎるのは明け方頃らしいし」


 え、割と詰んでない?

 なにかいい案はないかと、俺が頭を働かせていると、「………………ゆ、優陽くん」とどこか硬く、まるで緊張しているかのような声音が鼓膜を揺らす。


 視線を向けると、そこには声と同じように、どこか緊張した面持ちの芹沢さんが。


「なに?」

「……こうなったらもう仕方ないと思うんだよね。うん、不可抗力だよ」

「……? えっと、なにが?」


 あまりに要領を得ない言葉に、俺が首を傾げていると、芹沢さんが緊張した面持ちのまま、口を開いた。


「——き、今日……! と、泊めてくれない、かな……?」


 提案された言葉にすぐに理解が追いつかず、俺は数秒に渡ってフリーズし、


「はぁぁぁぁぁぁああああぁあ!?」


 声を裏返しながら、叫んだ。

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