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気まずくても陽キャは距離を詰めるのが上手い

「……とりあえずさ。2人とも、自己紹介でもしたらいいんじゃないかな」


 いつまでもこのままでいてもらうわけにはいかない。

 というか、いてもらったら俺が困る。

 

 どれくらい困るかって言ったら、陰キャらしくまったくやったことがないこの場をまとめるという発言を無意識の内に発してしまったくらいだ。


 俺の言葉に、リビングに入ってきたばかりで立ったまま乃愛と視線をぶつけ合っていた芹沢さんが「そう、だね」と頷いた。


 それから、芹沢さんはどこか硬い表情のまま歩き出し、ソファの傍で立ち止まった。

 乃愛の方は、そんな芹沢さんを無感情のまま見上げる。


 俺が固唾を呑んでその様子を見守っていると、芹沢さんがにこりと可愛らしく笑ってみせた。


「改めて、初めまして! 優陽くんと同じ学校で同じクラスで、初めての友達の芹沢空です! 優陽くんとはよくこの部屋で遊ばせてもらってるの! よろしくね!」


 ……なんかやたらと関係性とかを強調するような自己紹介だったような気がするけど、多分気のせいだよね?

 

 対して、今の自己紹介を受けた乃愛の一瞬だけぴくりと動いた、ような気がした。

 それから、数拍ほどの間を置いて、乃愛が立ち上がり、芹沢さんに向き直る。


「……初めまして。優陽くんのゲームフレンドで、ご近所に住んでて友達の白崎乃愛です。優陽くんとはよくゲームしたりして遊んでます。付き合いは短いですけど、息がもの凄く合うと言われています。よろしくお願いします」


 ……なんかこっちもやたらと関係性を強調する自己紹介だった気がするけど、気のせいであってほしい。

 

 たとえ、今の自己紹介を笑顔のまま聞いていた芹沢さんの頬が引き攣ったように見えたとしても、気のせいに違いない。


 俺が必死に今のやり取りから目を逸らしていると、芹沢さんが急に「って、ちょっと待って!?」と大声を上げた。


「な、なに? どうしたの?」

「さらっと言われたけどご近所さんってなに!?」

「……ん。言葉通りの意味。近くに住んでる」


 乃愛がなぜか得意気に答える。

 いや、本当になんで?


「うぐぐぐぐ……!」

「え、なんで悔しそうなの?」


 この人たちは一体どうして争っているんだろう。

 自己紹介って相手を攻撃する為じゃなくて仲良くなる為にやるものだよね? え、分かってない俺がおかしいの?


「……わ、私だって優陽くんとは心の距離が1番近いんだから、実質ご近所さんまであるし」

「いやそれはさすがに苦しくない?」


 というかどこで張り合ってるんだ。

 確かに1番仲のいい友達って意味じゃ心の距離が1番近いこと自体は否定しないけどさ。


 対して、芹沢さんの謎の対抗を受けた乃愛はと言うと。


「……ふーん」


 分かりにくいけど、なんか若干効いている風だった。

 もう俺にはこの2人のことが分からない。

 

「……」

「……」

「え、えーっと……」


 やばい、自己紹介が終わったら会話も終わった。

 こんな空気、陰キャの俺にどうしろと。

 

 自慢じゃないけど中学の時、まだ人間関係をどうにかしようと思ってたから、積極的にクラスで会話に参加して、盛り上げようとして空回ったっていう実績があるんだよ? 俺。

 

 でも、このままでいるのはなぁ……。……仕方ない。

 俺はそっとため息を零し、口を開いた。


「もー2人とも。初対面で緊張するのは分かるけどさ。こういうことを言いたくないんだけど、仲良くする気がないならどっちかに帰ってもらうことになるからね」


 この2人が仲良く出来ないとしたら、いつまでもこの部屋に居座ってもらうのは誰にとってもよろしくない。

 そこはいくら友達と言えど、はっきりしておかないといけないことだ。


 俺が嗜めるように言うと、芹沢さんと乃愛が顔を見合わせて、芹沢さんがはーっと息を吐き出し、


「ごめんなさいっ! どう考えても私が感じ悪かったです!」


 乃愛に向かって両手をパンっと合わせる。

 その謝罪を受けた乃愛側は、数度瞬きをして、ぺこりと頭を下げた。


「ん。こちらこそ、ごめんなさい」


 2人のそれはこの場を乗り切ろうとする為だけのとりあえずの謝罪じゃなさそうに思えて、俺は安堵の息を吐いた。


「優陽くんもごめんね?」

「本当だよ。なんで自分の部屋でこんな気まずくならないといけないのさ」

 

 そこは文句を言わせてもらおう。そのくらいの権利はあるはずだ。

 まあ、それはそれとして。


「でも、芹沢さんって誰とでも仲良くなれる特殊能力を持ってるのに、どうして自分からふっかけるようなことしたの?」


 問いかけると、芹沢さんが「そ、それは……」と気まずそうに目を泳がせる。

 

 あの距離感を強調するような自己紹介はやっぱり気のせいじゃなくて、確信犯で、なんでか分からないけどマウントを取りにいっていたように思えたのだ。


「じ、自分のテリトリーに知らない人が侵入してる気分になったから、つい!」

「いやテリトリーて」


 ここ俺の部屋だし。

 勝手に縄張り扱いしないでほしい。


「乃愛の方も、なんか倍返しのカウンターしてたよね? なんでわざわざ受けて立ったのさ」

「ん。相手が仕掛けてきたら受けて立つのが礼儀」

「なにそのチンピラメンタル」


 そう言えば乃愛ってゲームで負けたら絶対に負けっぱなしでは終わらそうとしないほどの負けず嫌いだったなぁ。


 と、俺が苦笑を漏らしていると、芹沢さんが乃愛をじっと見つめていた。

 

 上から下まで、乃愛のことをまじまじと眺めていた芹沢さんはやがて、真面目な顔をして「……可愛い」と呟いた。


「遠目から見てても可愛かったけど、こうして改めて見ると、凄い可愛いね、この子」

「芹沢さんが他の子を素直に可愛いって褒めるなんて……」

「むっ、失礼な。私は可愛いものについては嘘をつかずに正直に言うよ。だから、私は私自身のことを可愛いって言ってるんじゃん」

「……なるほど」


 なんて説得力のある言葉だ。

 思わず納得していると、芹沢さんがむふんと胸を張る。

 

「まあ、それでも私にはほんの少しだけ及ばないわけだけどね」

「……さいですか」


 結局その結論に行きつくらしい。

 俺が再度苦笑していると、芹沢さんが乃愛に視線を向け、ぱちりとウィンクしてみせた。


「残念だったね、乃愛ち!」

「……のあ、ち?」


 急なあだ名呼びに、乃愛がこてんと首を傾げる。

 それから俺の方を見てきた。いや、俺の方見られても困るんだけど。


「初対面の挨拶こそ失礼かましちゃったけど、改めてこれからよろしくっていう友好の証! ダメかな?」

「……だ、ダメとかじゃないけど……」

「じゃあ決まり! よろしくね乃愛ち!」

「う、うう……ゆ、優陽くん……」


 芹沢さんの陽キャオーラに当てられた乃愛が、もの凄く戸惑いながら助けを求めてくる。


(多分、乃愛は他の人よりは感情が振り切れるメーターが硬いだけで、こういう風に振り切れたらちゃんと感情が出てくるタイプなんだろうなぁ)


 助けを求めてくる乃愛を見て、俺はぼんやりとそんなことを考えながら、乃愛に微笑んでみせた。


「ファイト。強く生きて」

「優陽くん……っ!?」


 ごめん。芹沢さんは友達だけど、その陽キャオーラに巻き込まれるのは勘弁願いたい。

 それに、乃愛に友達が出来そうなのはいいことだしね。


 陽キャの距離感は俺と同じく陰キャ属性の乃愛にはほんの少しだけ効き過ぎるかもしれないけど、まあ、きっと芹沢さんなら悪いようにはしないだろう。


 そう判断した俺は、芹沢さんに全投げして、芹沢さん用のマグカップにジュースを注ぐ為にキッチンに移動した。


 ついでに、喉を潤そうと自分の分もコップに注ぎつつ、聞こえてくる会話に耳を傾ける。


「私のことも空でいいよ!」

「……そ、空、ちゃん」

「よし、これで私たち友達だね!」


 凄い。流れるように関係性が構築されていく。

 俺には絶対使えない手法だ。まあ、俺は自分で友達を作れたことがないので、どの手法も使えないんだけどね。


 人知れず悲しい気分になりながら、注いだジュースを口に流し込んでいく。


「ところで乃愛ち。ちょっと気になったことがあるんだけどさ」

「……ん。なに?」

「こうやって改めて乃愛ちの声聞いて思ったんだけどさ。乃愛ちの声って私の好きなVtuberにそっくりなんだよね。知ってる? ——白峰のえるって言うんだけど」

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