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よくも泣かせたな

「行っちゃった……」


 急に走り出したりして……優陽くん、一体どうしたんだろう。

 

 置いてけぼりにされたわたしは、優陽くんが走って行った方向を呆然と眺める。


 でも、すぐに優陽くんが走り出した理由について、心当たりが浮かんだ。


(ストーカーだ)


 むしろ、それ以外に考えられない。


(じゃあ、事務所を出た瞬間から尾けられてたってこと?)


 さすがに事務所に行く日は知られていないと思うから、多分、毎日のように見張ってわたしが来るのを待っていたってことだ。

 

 気付いた瞬間、どうしようもない恐怖が足元から上がってくる。


「それに……優陽くんになにかあったら……」


 もし、追いかけられたストーカーがなにか武器を持っていて、優陽くんがケガでもしたら……?

 

 もしものことがあったらと想像するだけで頭が真っ白になって、呼吸が浅くなる。


「……ん。大丈夫、深呼吸、落ち着いて」


 自分に言い聞かせるように呟いて、呼吸をわざとらしいくらいに大きく。


 すると、どうにか思考がクリアになってきてくれた。


(ここは、警察と湊さんに連絡して……)


 待ってるだけじゃダメ。

 今、出来ることをやらないと。


 震える手でスマホを取り出して、画面を操作して、連絡をしようとしたところで、


「——乃愛ちゃん」


 誰かから、声を掛けられた。

 

 反射的に声のした方を見れば、そこにいたのは眼鏡を掛けたわたしと同じくらいの歳の男の人が立っていた。


 その人は、やたらと不気味なくらいにニコニコと親しげに笑って、わたしを見ていた。


「学校外でこうして2人きりで会うのは初めてだね」

「え……?」

「ごめんね、寂しい思いをさせて。本当は学校でも話しかけたいんだけどさ……そうすると周りからからかわれたりするしさ、そういうの面倒かなって思って」

「あ、あの……?」

「それに、乃愛ちゃんはプライベートだと配信もあるもんね。僕はそういうのに理解があるけど、配信に男の声なんか乗ったら炎上待ったなしだもん」


 捲し立てるように早口で、親しげな笑顔のまま話しかけてくる。

 

 そんな男の人に困惑をしてしまって、わたしはなにも返せない。

 

 わたしの中のなにかが警鐘を鳴らしているのにも関わらず、逃げもせずに呆然と見つめてしまう。


「あ、それともう1つごめんね。鳴宮のこと、彼氏だなんて勘違いして」

「……?」

「本当は鳴宮から付き纏われてるんでしょ? 普通に考えたら分かることだったよ。だって、乃愛ちゃんは僕と付き合ってるんだもんね」

「え……?」


 この人、一体なにを言って……?


「だからもっと早く乃愛ちゃんを助けてあげたかったんだけどさ、乃愛ちゃんしばらく元の部屋に帰ってきてなかったし中々機会がなくてさ。けど、やっとこうして鳴宮から助けてあげられるよ」


 おかしい。

 同じ言語で話しているはずなのに、なにも頭に入ってこない。

 わたしは、無意識に後退りつつ、口を開く。


「あ、あの……」

「ん? なに? どうしたの?」

「あ、あなたは誰……?」


 問い掛けると、男の人が笑顔のまま固まった。

 まるで、想定していなかった時の質問を投げかけられた時の反応だ。


「え? だ、誰って……ほ、ほら! 僕だよ! 君の彼氏の——」

「……あなたなんて、知らない」


 名前を名乗られたところで、まったく意味がない。

 だって、そんなことされても顔すら知らないのだから。


「う、嘘だ……! だ、だって学校でも何度も目が合ったじゃないか……! あれだけ笑いかけてくれて……!」

「知らない。あなたにそんなことをしたことは、1度もない」


 きっぱりと言い切ると、男の人はショックを隠せないように顔を白くする。

 

「そ、そんな……! 嘘だ……! 嘘だ嘘だ嘘だうそだウソだうそだ……!」


 壊れたようにぶつぶつと呟き始める男の人。

 

(この人が、ストーカーだ)


 ここまでやり取りして、ようやく目の前の現実が身体全てに行き渡った。

 

 金縛りに合っていたような身体の感覚も戻ってきて、わたしは逃げようと踵を返そうとする。


 でも、それよりも早く、男の人の手がわたしの肩を掴んだ。


「いたっ……! は、離して……!」

「鳴宮からそう言えって脅されてるんでしょ!? だったらそう言ってよ! 絶対に僕が守ってあげるからさ!」


 力加減もされずに肩を思いっきり掴まれて、振り解こうとしても振り解けない。

 

 焦点の合わない目はどこまでも暗く、肩を掴まれていることと相まって、恐怖でまた身体の自由が利かなくなる。


「僕と一緒にいれば絶対に大丈夫だから! さあ、僕と一緒に——」

「——乃愛から手を離せ」


 その言葉と共に、人影が……優陽くんがわたしの前に割り込んで来た。



「——乃愛から手を離せ」


 俺は乃愛の肩を掴んでいた男の手を掴み、乃愛を背中に隠すように立つ。

 

 それから、力加減をせずに振り払うように男を突き飛ばした。


「優陽……くん……」

「ごめんね。遅くなった。ケガはしてない?」

「……ん」


 乃愛は、瞳を潤ませて、膝を震わせていた。

 きゅっと背中を掴んできた乃愛の手からも伝わってくる震え。

 

 俺は、安心させるように乃愛の手を上から触る。


「よかった。危ないから、離れててくれる? ……すぐに済むから」


 乃愛を背中に隠しつつ、俺は男を見据えたまま、そのまま後ろに下がって、乃愛をひとまず安全な位置に避難させた。


 そうしていると、突き飛ばされて転んでいた男が立ち上がり、俺を睨んでくる。


「鳴宮ァ……!」


 憎悪を剥き出しにして、睨まれる。

 それに対し、俺は、


「君に言いたいことはいくらでもある。でも、なによりもまず——」


 睨み返し、静かに口を開いた。


「——よくも乃愛を泣かせたな」

「黙れ黙れ黙れ! 全部お前が悪いんだ! 僕と彼女は付き合ってるのに、お前が彼女をそそのかすようなこと言って……! お前が、お前がお前がお前が……!」


 歯茎を剥き出しにして、唸るような声を上げた男は、ポケットからなにかを取り出す。

 カッターだ。


 男はまるでカッターを片手剣のように構え、叫ぶ。


「全部お前が悪いんだ! 彼女はお前に騙されていて……! 僕が彼女を守って見せるんだァァァァァァァァああああああああっ!」


 そのまま、大声を上げながら突進してくる。


 きっと、彼は今、自分が悪漢から好きな女の子を守ろうとしている主人公だと思っているのだろう。

 

 頭の中では好きなかっこいいアニメのオープニングでも流していて、自分がヒーローになったような都合のいい妄想に取り憑かれているのだろう。


(でも、現実は違うよ)


 運動が得意じゃないらしく、足はバタバタともつれ、とにかく動きが遅い。

 

 それを見てとった俺は、刃物を向けられているというのに、不思議とどこまでも落ち着いていて、


「よっ」

「へ? へぶっ!?」


 寸前で横に回避して、思いっきり足を引っ掛けて男をすっ転ばせた。

 

 男は躱されると思っていなかったらしく、間抜けな声を漏らして、顔から派手にコンクリートに打ち付けられる。


 それから、気を失ったのか、ピクリとも動かなくなった。

 

 念の為にカッターは回収させてもらって、俺はひとごこちつく。


「本当はここからぶん殴ってやりたいくらいなんだけど、多分、顔の骨どこか折れてるだろうし、これで済ませておいてあげるよ」


 あの勢いでコンクリに顔打ち付けたらさすがに無傷とはいかないだろうし。

 

 それに、これだけ目撃者もいれば言い逃れも出来ない。


 自業自得だし、まったく同情は出来ないけど、これからもっと大変になるであろう人をこれ以上痛めつける気にはならない。

 

 そんなことを考えていると、俺の背中になにかが抱きついてきた。


「わっ!? の、乃愛!?」

「……終わったんだよね?」


 俺の背中に顔を埋めているのか、吐息がくすぐったい。


「うん。これで、もう大丈夫だよ」

「ん……。よかった」


 乃愛はしばらくぎゅーっと俺のことを抱擁していた。

 

 人が見てるし恥ずかしかったけど、そのままにさせておいてあげていると、数分後くらいに解放された。


「気は済んだ?」

「ん」

「そりゃよかった。……とりあえず、警察と湊さんに連絡しよう」


 そうしないと、終わらせることが出来ない。

 スマホを取り出して、俺が連絡しようとしていると、


「はぁ……っ! はぁ……っ! こ、これどういう状況……!?」


 置いてきた女の子がようやく追いついてきて、呼吸を荒くしながら、倒れている男と俺たちの間で視線を行き来させる。


「ん。黒瀬さん? どうして黒瀬さんが……?」

「あーえっと……それは……」


 黒瀬さんと呼ばれた女の子が、気まずそうに視線を彷徨わせる。


 それから、どこかしおらしく俺を見つめてきた。

 

 まるで、言っちゃうんでしょ? と言わんばかりの顔に、俺はそっとため息をついて、首を小さく横に振る。


(まあ、直接危害を加えたわけじゃないし、ストーカーのことを知ってからは守ろうとしてくれてたみたいだし)


 なんとなく、悪い子じゃない気がするんだよね。

 聞いた話じゃ間違いなくこの子もストーカーだけど。


 なにより、これからこの子と同期としてやっていくんだから、乃愛のことを考えたらとてもじゃないけど言う気にはなれない。


 俺の対応に驚いた顔をした黒瀬さんとやらが目を丸くするのを尻目に、俺は今度こそ全てを終わりにする為に、スマホを耳に当てたのだった。

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