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陰キャオタクは陽キャイケメンに作品を布教したい

「え!? まさか本当にそうなの!? ごごごごめん! だ、誰にも言わないから! 藤城君が芹沢さんのこと好きだなんてことは!」

「大声で叫ぶんじゃねえよ!? 今正に周りの客に拡散されてんだろうが!」


 ラノベコーナーで驚愕のあまり慌てながら声のボリュームを大にして謝罪する俺と、負けず劣らずの大声で怒る藤城君。

 アニメショップに似つかわしくない内容でもあり、声を大きくしたことで周囲の人の視線も集めてしまっている。


 しかし、声が大きいことで注目するのはなにも客だけというわけではなく、


「あの、お客様。あまり声を大きくされると他のお客様に迷惑になりますので……」

「「すみませんでした」」


 顔を軽く顰めながら近寄ってきた店員に、俺たちは2人揃って頭を下げる羽目に。

 まさか2日連続で店員に嗜められることになるとは。


「……」

「……」


 店員が去ったのち、次に俺たちの元に訪れたのは沈黙だった。

 気まず過ぎる。

 さして仲良くもないクラスメイトの好きな相手をうっかり暴いてしまったあとの会話ってどうすればいいの?

 

 そんなの俺に分かるわけもなく、この空気を打開する策も見つからないまま、このまま気まずい空気が続くと思っていた中。

 藤城君が大きなため息をついて、頭をガシガシと乱暴にかいた。


「あーあー、そうですよ。オレは空のことが好きですよ。自分が1番近い位置にいる異性だーとか余裕ぶっこいてたら急に空と同じ趣味を持った仲の良さげな男が出てきて勝手に焦ったり嫉妬したりして、あげく話を合わせる為だけによく分からないジャンルに手を出そうとしてるダセエ男ですよ」


 ……そうだったんだ。

 投げやり気味に紡がれた言葉に、俺は昨日の藤城君の言動の意味に気付く。

 妙に面白くなさそうな顔をしていたり、追いかけてきてまで、ただの友達かどうかを確認してきたのは、嫉妬と焦りによるものだったらしい。


 けど、俺なんかに藤城君が嫉妬するようなことはないと思うんだけど……。

 友達が1人しかいない陰キャとクラスのトップカースト層に所属する陽キャのイケメン。

 誰がどう見たって選ぶなら後者だし。

 

 でも、話す為に興味のないものに手を出そうとするなんて、本当に芹沢さんのことが好きなんだな、藤城君は。

 ……あ。それならやっぱり力になれるかも。


「あの、藤城君」

「……なんだよ」

「藤城君さえよかったらなんだけど、俺が色々とおすすめの作品だったりを教えたりするのはダメかな?」

「はぁ?」


 俺がそう提案すると、藤城君が意味が分からないと言わんばかりに怪訝な目でこっちを見てくる。

 

「俺、芹沢さんの好きな作品を知ってるからさ。それを教えれば、藤城君が話しかけるきっかけになるよね? だからどうかなと思ってさ」

「どうって……お前がそんなことしてなんのメリットがあるんだよ」

「え? えーっと……好きな作品を布教出来る、かな」


 首を傾げながら答えると、藤城君が呆れたように「なんだそりゃ……」と呟いた。

 おかしいかな? オタクにとっては作品の布教が出来ることは最大のメリットなんだけど。


「それで、どうかな? もちろん、無理にとは言わないから」

「……そりゃ本音を言や、助かるよ」


 藤城君が弱々しい声音でぽつりと呟き、「けど」と続ける。


「お前は本当にそれでいいのかよ?」

「? えーっと、なにが?」


 質問の意味が分からない。

 俺はいいから言ってるのに。

 聞き返すと、藤城君は煮え切らない顔をしたまま、意を決したように口を開いた。


「や、だ、だからさぁ……お、お前空のこと好きだったりしないのかってことだよ!」


 言いづらそうに告げられた言葉に、俺は「へ?」と間抜けな声を出し、ぽかんと口を開け、声と違わず間抜けな顔になってしまう。

 俺が芹沢さんのことを?


「ど、どうなんだよ」

「どうって言われても……俺の方が釣り合わなさ過ぎてそんなこと考えもしなかったよ」

「……本当か?」

「あはは、疑り深いなー。ミジンコ的存在が超弩級に可愛らしい人間に恋するなんて分不相応にもほどがあるでしょ?」

「お、おう……爽やかに笑いつつ何気に凄まじい自虐だな、おい。……でも可愛いとは思ってるんだな」

「そりゃね。さすがに可愛くないとは言えないよ」


 仮にもし可愛くないなんて言おうものなら、本人から自分がいかに可愛いかというプレゼンを興味もないのに延々とされてしまうところだ。……多分小1時間くらい。


「でも、だからこそ、自分の見合わなさも際立って分かるし、仲良くしてもらってる立場だよ、俺は。先のことは分からないけど、今はそんなこと考えもしてないよ」


 未だに少し警戒している様子の藤城君に、俺は肩をすくめて、苦笑を持って応じる。

 まあ、よく部屋に遊びに来てて、2人きりになることが多いことは言わないでおいた方がいいだろう。

 俺の心情を知る由もない藤城君が「……そっか」と安堵の声を吐き出し、小さく笑った。


「じゃあ、よろしく頼めるか?」

「うん、任せてよ! 自信がないことに自信がある俺が唯一自信を持って出来ることだから!」

「そんなこと自信満々に言うんじゃねえよ……けど、まあ、正直マジで助かるわ。勢いだけで来てみたものの、この3等分ってやつ以外さっぱり分からなくてさ。こういうのに詳しい知り合いもいねえし、空にもすげえ聞きづらくてさ」


 藤城君が困った表情をして、頬を指でかく。

 そういうのグイグイいくように見えるのに、結構奥手なんだな。

 意外に思いながら、俺は口を開く。


「えっと、とりあえず芹沢さんの好きなやつと、初心者でも読みやすいおすすめを何個か教えるね」

「助かる、ありがとう」


 お礼を言いながら律儀にぺこりと頭まで下げる藤城君。

 なんだか藤城君みたいなトップカーストの人に頭を下げられると凄く落ち着かない。

 

 そんなこんなで、俺は藤城君に何作品かを布教したのだった。

 ……まさか、俺の人生で誰かの恋をサポートすることになるなんて思いもしなかったなぁ。

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