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陰キャは邂逅する

 乃愛と一緒に暮らし始めてから、あっという間に数日が経ち、夏休みも今日と、明日で終わってしまう。


 その数日の間になにかあったかと聞かれれば、本当になにもなく。

 

 本当にストーカーなんているのかと疑ってしまうくらい、穏やかな時間が流れていた。


(なにもないならそれに越したことはないんだけどね)


 解決もしていない状態でなにも起きていないのは、どうにも気味の悪さが勝ってしまう。


 というか、解決してくれないと、いつまでもこの同居生活を続けていくのには無理がある。

 

 別に、俺が乃愛といることが嫌とかじゃなくて、常に気を張っていないといけない状況が長期間続くのは、しんどいってだけ。


 特に乃愛は配信も出来なければ、解決しなかったらせっかくの事務所所属の話がいつになっても進めることが出来ないってことになるわけだし。


 誰にとってもこのままじゃいいことなんてない。


 あと、今は夏休みだからいいけど、もし犯人が本当に俺たちと同じ学校の生徒だとしたら、休みが明けたらそのストーカーがいるかもしれない空間で、常に見張られてるかもという恐怖を抱えながら学校生活を送らないといけなくなるってこと。


 そうなれば、精神的負担はもっと測り知れない。

 

(それに、もし俺たちが一緒に暮らしているって情報が漏れでもしたら……)


 同居の理由を周りに探られるし、犯人を刺激してしまうしでロクなことにならないだろう。


「っと、そろそろ行かないと」


 時間を確認した俺は、鞄を掴んで玄関へ向かう。


 今日は乃愛がほろぐらむの事務所に出掛けているので、用事で迎えに行けない湊さんから代わりに迎えを頼まれているのだ。


 まあ、タクシーを使えば1人でも帰って来られると思うけど、乃愛が事務所からの帰り道でゲームショップに行きたいらしい。


 あまり出歩くのもよくないというのは分かっているけれど、いつまでこの生活が続くか分からない以上、息抜きは大事。


 そういうこともあって、俺も迎えついでにゲームショップに同行する運びになっているというわけだ。


 もう1度スマホで時間を確認した俺は、あらかじめ呼んでいたタクシーに乗り込んだ。



「えっと……乃愛は……」


 待ち合わせ場所であるほろぐらむの事務所から少し離れた場所にある喫茶店付近に着いた俺は、もう着いていると連絡が来た乃愛の姿を探す。


 待ち合わせ場所が事務所から離れているのは、ライバーのストーカーや出待ちと勘違いされたら困るので俺から提案させてもらった。


(まあ、俺中の人の正体とか前世とか興味ないし、知らないし、誰が出てきても全く分からないけど)


 こっちにそのつもりはなくても向こうから見たら迷惑極まりないだろうし、避けられるトラブルは避けるべきだろう。


 そんなことを考えながら視線を彷徨わせていると、変装用に黒いキャップにマスクをしていて、伊達メガネを掛けている乃愛の姿を見つけた。


「お待たせ」

「ん。来てくれてありがとう」

「いや、俺もちょうどゲーム見たかったし、ちょうどよかったよ」


 ここ最近は積みゲー消費する為に見るのも我慢してたし。

 配信者がしてるのを見るとなぜかそれまでリストにすら上がってなかったのに、急に面白そうに見えて欲しくなる現象ってあるよね。


 ただ、夏休みだからって調子に乗って色々と買い過ぎたから、来月はさすがに節制しないとかもだけど。


 そんなことを考えていると、


(……ん?)


 視界の端に違和感があった。

 その感覚に従うように、反射的にそっちを見る。


 そこには、


「……っ!」


 帽子を被って、マスクを付けて、メガネを掛けている怪しげな人間が物陰から俺たちの方を見ている姿があった。


 向こうも俺が気付いたことに気付いたのか、一瞬だけ硬直したかと思えば、俺たちから逃げるように走り出す。


「……っ、待てッ!」


 虚を突かれてしまったけど、すぐさま俺も逃げ出した人影を追いかけるように走り出した。


「優陽くん……!?」


 後ろから乃愛の声が聞こえてくるけど、俺は足を止めることなく、全力で人影をおいかける。


 相手は運動が得意なのかかなりの逃げ足で、油断すると距離を離されてしまいそうだ。


 それでも俺の方が足が速いらしいのと、相手の体力もなくなってきたらしく、最初ほどの勢いも距離もどんどんなくなっていって、やがて、相手は膝に手を付いて、完全に立ち止まった。


「はぁ……っ! はぁ……っ!」


 苦しそうにする相手を前に、俺も軽く息を整えつつ、相手を見据える。

 その人影は遠くから見ていた分には分からなかったけど、とても小柄だ。


 俺は、感情が爆発しないように努めて冷静に問い掛けた。


「あなたが、乃愛を付け回していたストーカーですか」

「はぁ……っ! はぁ……っ!」


 相手はまだ息を切らしていて、答えるどころじゃないらしい。

 でも、待ってやる必要はこっちにはない。


「答えてください」

「……はぁ……っ! ああ、もうっ、呼吸しづらい!」


 改めて問い掛けると、相手はマスクとメガネが邪魔になったのか、徐にそれらを取り外す。


 その素顔を見た俺は、驚きに目を見開いた。


「え……!? お、女の子……!?」


 俺が追いかけていたのは、パッと見では俺たちとあまり歳が離れていないように見える、勝ち気な瞳の女の子だった。


 思いもよらない素顔に狼狽えていると、女の子がキッと俺を睨むように見てくる。

 その視線に俺も我に返り、改めて口を開いた。


「どうして乃愛をつけ回すようなことをしたんですか」

「そ、それは……」

「そのせいでどれだけ乃愛が怖い思いをしたと思ってるんですか」


 込み上げてくる怒りを抑えるように、淡々と問う。

 

 やがて、女の子は「ああもうっ!」と苛立たしげに叫び、再び俺を負けん気たっぷりに見上げてきた。


「仕方ないじゃない! ——初めて話した時から一目惚れしちゃって、好きになっちゃったんだから!」

「……は?」


 またも、予想だにしていなかったことに、俺は思わずぽかんと口を開けてしまう。


「だから、どうにか仲良くなりたいって思って……! ダメだって分かってても気が付いたらやっちゃってたのよ……!」


 女の子の顔を赤くしたままの自白に、未だに俺の頭はフリーズしたままで。

 そんな俺を女の子が今までよりも強く俺を睨んでくる。


「あ、あんたこそ! あの子のなんなのよ!?」

「なにって……同じ学校の友達ですけど……というか、あなたの方こそ……乃愛とはどういう知り合いなんですか?」


 この人さっき、初めて話した時って言ってたよね? じゃあ、乃愛とは面識があるってことだよね?


 気が付けば、俺の中の攻撃的意識はすっかりと疑問に切り替わっていた。


「あたしは、あの子の……し、仕事仲間よ!」

「仕事仲間……? ってことは、もしかして、ほろぐらむの……?」

「……あんた。あの子の活動のこと知ってるのね」

「えっと、まあ……もしかして、乃愛の同期の方ですか?」

「……そうよ」


 ……そうだったのか。

 一目惚れをしてしまって、どうにか仲良くなろうとついやってしまった。


 なるほど、例え女の子だろうと、ストーカーを始めるには十分過ぎる動機だ。

 

 けど、なぜだかさっきまで覚えていた怒りの感情は再燃してこず。

 俺は淡々と諭すような口調で話し始める。


「好きになったからって、ストーカーなんて絶対にダメですよ」

「うぐっ……! そ、それは分かってるけど……!」

「ましてや、ポストに写真を入れたり、脅迫の手紙を入れるなんて……」

「へ? な、なにそれ?」

「え?」


 俺の言葉に、女の子は本当に初めて聞いたと言わんばかりに、ぽかんとした顔をして、


「あ、あたしそんなの知らないわよ?」

「え? は?」

「あたしはただ仲良くなりたくてこっそり後をつけちゃってただけで……最近はSNSでストーカーのことを知って、心配であたしが守らなきゃって見守ってただけで……」

「な……!?」


 俺は愕然と目を見開く。

 だって、女の子が言っていることがもし、本当だとしたら……。


「……っ!」


 瞬間、俺は元来た道を弾けるように駆け出した。


「え!? ちょ、ちょっと!?」


 女の子の声が背後から聞こえてくるけど、振り返ることはしない。


(そうだ、あの女の子が言っていることは不自然だった!)


 あの女の子は俺と乃愛の関係を問いただした。

 でも、手紙では俺が彼氏と断定していた。そんなのおかしい。

 

(嫌な予感がする!)


 あの子も程度の差はあれどストーカーには違いない。

 でも、まだ別に、この事件には別のストーカーがもう1人いる。

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