同居生活の始まり
「……よし、こんなもんかな」
持ってきたものの整理を終えた部屋を見回して、俺はふう、と息を吐き出す。
ここは、今日から俺が……俺と乃愛がストーカーのことが解決するまで一緒に住むことになるウィークリーマンションの1室。
(乃愛もそろそろ戻ってくるだろうし、ご飯の準備始めておこうかな)
キッチンの感じとか確認しとかないとだし。
頭の中で献立を考えながらリビングに入ると、ちょうど玄関の扉が開く音が聞こえてきた。
開けたままにしていたリビングと玄関を繋ぐ廊下のドアを見ると、乃愛が靴を脱いでいるところだった。
「お帰り、乃愛」
「ん。ただいま、優陽くん」
そのままリビングに入ってくるかと思いきや、乃愛は俺の顔を見てぴたりと立ち止まる。
「どうしたの?」
「……これからしばらく一つ屋根の下に優陽くんがいるって思ったら今更不思議な感じが湧いてきた」
「……そう言われてみれば、そうだね」
これから、どれだけの期間になるのかは分からないけど、一緒に過ごす空間に常に乃愛がいることになる。
しかも、残り1週間を切っているとはいえ、今はまだ夏休みの最中。
乃愛はVtuber関連で外に出ないといけないこともあるだろうけど、基本的にはインドアな俺たちは部屋にいることが多くなるわけで。
(……改めて、こんな状況じゃなかったら絶対にぎくしゃくしてるよ)
仲が良くて、可愛い女の子と同じ部屋に住むことになるなんて、緊張しないわけがない。
(……いや。こういう状況でも、正直完全に意識しないようになんて、無理な話だよ)
自分では邪な下心はないって言い切れるし、浮き足立ったりとかそういう気持ちも今はまだ、ない。
けど、ずっと意識しないと言い切れる程、俺は自分のことを過信していない。
(特に、最近は自分のこととか、色々と見つめ直す機会が増えたし)
自分なんか、と思うことが減ってきたこと。
それに伴って、今までは端から諦めていた異性に対する認識が変わってきて、誰かと彼氏彼女になることを少しは望んでもいいという気持ちが出てきたこと。
そんなことを言っていたのに、結局自分が誰かを好きになったところで無駄なんて逃げ腰だったのを涼太に指摘されたこと。
(その全てがあの質問から始まったんだ)
空と乃愛、もし付き合うならどっちか。
その問いかけと、考え方の変化に気が付いた俺は今まで考えないようにしていた気持ちに目を向けざるを得なくなってしまったのだ。
もちろん、本当に付き合えるかもとか、自惚れているわけじゃなくて。
単に、俺の中で彼氏彼女になることを望むなら、真っ先にこの2人が浮かんでしまうようになったというだけのことだ。
俺が、今まで俺なんかという逃げていた気持ちと友達という便利な言葉を使って見ないように、考えるのも分不相応だと思っていた気持ちが出てきてしまっただけのことなんだ。
「優陽くん?」
気付けば乃愛が、俺を覗き込んでいた。
思った以上に顔が近くにあったことと、さっきまで考えていたことが噛み合ってしまい、俺は盛大に狼狽えてしまう。
「ど、どうしたの!?」
「ん。急に黙り込んだから。……もしかして、疲れてる?」
乃愛が少しだけ悲しそうに眉を下げる。
やばっ、これ絶対自分が巻き込んだせいだって勘違いさせてる!
「ち、違うよ! そ、そう! ちょっと献立を考えててさ!」
「……優陽くんの嘘は分かりやすい。わたしでも分かる」
「た、確かに今のは誤魔化そうとしたけど、少なくとも今俺が黙ってたことは乃愛のせいじゃないから! 絶対に!」
間違いなく俺の自業自得なのに!
嘘が分かるならこれが俺の偽りのない気持ちだってことも見抜いてほしいのに、人の感情というのは本当にままならない。
とにかくこのままだといらない誤解をされたままになってしまう。
なんとかしないと。
「……気にするなって言っても無理だろうけど、俺は巻き込まれたなんて微塵も思ってないよ。そこに関して言えば、絶対に嘘はないから」
ジッと目を見て言うと、乃愛はなぜか少しだけ瞳を揺らしてから、ふいっと視線を逃す。
「……ん。分かった。ごめん。気にしてないって言われてるのにしつこかった」
「いや、乃愛の気持ちも分かるから。俺の方こそ、誤解させてごめんね」
乃愛の罪悪感を全て払拭するのはきっと無理だろうけど、一応、この場はこれで収束したと考えてもよさそうだ。
蒸し返すことはせずに、俺は話題を切り替える。
「今からご飯作ろうと思ってたんだけど、なにか食べたいものある?」
「……ごめん。すぐには思い浮かばない」
「まあ、これ聞かれてなんでもいい以外に答えられる人も少ないだろうしね」
食べたいものが最初からあるならともかく、ない時に聞かれても困るよね。
俺も昔、母さんにそれ聞かれてなんでもいいって答えたらたくあんだけ出された経験があるからよく分かる。
(ひとまず、俺が献立決めちゃってもよさそうかな)
そう思いつつ、キッチンに入ると、なぜか乃愛も一緒に付いてきた。
「どうしたの? 喉でも乾いた?」
「違う。……わたしも、料理手伝う」
「え?」
予想だにしていなかった言葉に、俺は思わず目を見開く。
そのまま見つめていると、乃愛は淡々と理由を話し出す。
「さすがに、一緒に暮らすのに全部任せきりにはしたくない。それに、これを機に家事とか少しは覚えられたらって思って」
「……そっか」
乃愛がやる気になってくれているなら、俺が手伝いを断る理由はどこにもない。
「じゃあ、なるべく簡単な料理にしないとね」
「ん。頑張る。キャリーよろしくお願いします」
「うん、任されました」
むんっと意気込む乃愛を見て、俺は軽く口角を上げた。




