言ってくれたから
——わたしは、どうすればいいんだろう。
先にシャワーを浴びることになったわたしは、気もそぞろなまま、服を脱いでいく。
いつもなら、優陽くんと一緒の部屋で寝泊まりするだとか、絶対に落ち着かなくてそわそわしちゃうし、薄い壁の向こうに優陽くんがいるのに、落ち着いて服を脱いだりなんて出来っこないのに。
思考にも感情にも余裕がないせいで、こういう部分に余裕が出来るなんて思いもしなかった。
わたしがカーテンの内側に入り、シャワーを出すと、頭から流れ落ちるお湯の温かさに、わずかながらに心がホッと落ち着く感覚があった。
少しの間、その温かさに身を委ねて、わたしは改めて考える。
「……なんで、こんなことになったのかな」
わたしはただ、好きなことをやっていて、その好きなことをちゃんと終わらせる為に頑張って、好きな人と遊んだりして、告白しようって思っていただけなのに。
「……こんなことになるなら、やらない方が……」
そこまで言いかけて、わたしは、
「……それは、違う」
自らの弱音を否定した。
だって、それを認めてしまうのは、優陽くんが言ってくれたことを全て否定するということになるから。
(優陽くんは、言ってくれた)
たった1度の失敗で、勇気を出したことを、成功したことまでなかったことにして、全部否定する必要はないって。
わたしが立ち止まることになったって、優陽くんがわたしの勇気と頑張りを証明してくれるって。
「優陽くんを好きになったこと、好きなことをし続けたこと……」
わたしは、間違ってなんかない。
誰にだって、間違っていたなんて、言われたくない。
(けど、怖い)
自分のこともそうだけど、それよりも……優陽くんが傷付けられるかもしれないことが、なによりも怖い。
どれだけ自分の心を奮い立たせても、それだけは拭い去りようのない恐怖だった。
「……皆に相談するってことは、その恐怖の範囲を広げるってことで」
相談しないってこともまた、皆を傷付けるってこと。
(わたしは、どうすればいいんだろう)
結局、堂々巡りだ。
けど、わたし1人だったら、絶対に言わなかった。言うことなんて、想像も付かなかった。
優陽くんが考えを増やしてくれたからこそ、わたしは今、悩むことが出来ている。
1人だったら、きっと今頃怖くて震えるだけだった。
「……やっぱり、好き。大好き」
そんなことを言っている場合じゃないって分かっているけれど。
今のわたしの中で、恐怖心を上回っているとしたら、この気持ちだけ。
(震えるんじゃなくて、奮い立たせる為に)
恐怖で足がすくんで、大切なことが分からなくならないように。
わたしは、わたしにとっての魔法の呪文を使うんだ。
(けど、わたしがそう思えば思う程……)
わたしが優陽くんになにをしてあげられるかが分からなくなる。
わたしはこんな風に、手を差し伸べられたり、傍にいてくれたり、たくさんなにかをしてもらっているのに。
そのことと、ストーカーのこと、皆に相談するかどうかとか。
悩むことが増える程、わたしは自分がどれだけ周りに守られていたのかを自覚してしまう。
自分のことで誰かを巻き込みたくないのに、わたしは1人じゃなにも出来ない。
「わたしは——」
シャワーを頭から被りながら、そっと目を閉じた。
*
「なんか気分転換にゲームでもする? ……って、さすがにそんな場合じゃないか」
乃愛がシャワーを浴びたあと。
手早く俺も浴び終えて、部屋で待っていた乃愛に声を掛ける。
「……ん。今日はやめとく。ごめん」
「いや、いいよ。乃愛も疲れてるだろうし、今日はもう寝ちゃおうか」
話さないといけないことはたくさんあるけど、疲れていたらどうにもならない。
小さく頷いた乃愛を横目に、俺は部屋の電気に手を掛ける。
「消すよ?」
「……ん」
ベッド周辺の電気を点けたまま、部屋の電気を消す。
暗さが満ちた部屋の中で、俺はベッド周辺の電気も消した。
「おやすみ、乃愛」
「ん。おやすみ、優陽くん」
寝る前の挨拶を交わし合って、周りが暗くなったことで、音まで消えたような気がする部屋の中、目を閉じる。
(……まさか、こんなことになるなんて)
創作や、ニュースの中でしか見たことのないストーカー事件に友達が巻き込まれて、自分も関わることになるなんて、誰が予想が出来るんだろうか。
(こうして一緒にホテルの同じ部屋で寝泊まりすることもそうだし)
いつもの俺なら、絶対に選ばない選択肢だし、絶対に緊張して挙動不審になってしまうであろうこの状況なのに、事態が事態だけにまったくそんな気分になんてなれない。
(明日から、どうしよう)
乃愛にああ言った以上、俺も自分に出来ることを探さないといけない。
皆に相談するのか、しないのか……どっちを選んだとしても、支えられるように。
「……優陽くん、起きてる……?」
目を瞑ってどれくらい経ったのか分からない頃。
隣のベッドからそんな声が聞こえてきた。
「起きてるよ。寝られないの?」
「……ん」
「……そりゃ、そうだよね」
疲れていても、こんな状況であっさりと眠れるわけがない。
それきり、また会話がなくなって、無言の時間が訪れて、
「……優陽くん」
また、乃愛が呼び掛けてきた。
俺が返事をしようと乃愛の方を見ると、乃愛もこっちを見ていて、俺が口を開く前に、乃愛が言葉を紡ぐ。
「……一緒に、寝てもいい?」
その言葉に、俺は少しだけ目を見開いた。
でも、迷うことはなく、
「いいよ。こんな状況だしね」
「……ありがとう」
俺が背中を向けるのと同時、乃愛が控えめに俺のベッドに入り込んできた。
すぐ傍に、乃愛の体温と息遣いを感じる。
ごそり、と身動ぐと、乃愛の足に俺の足が当たって、乃愛がぴくりと動く。
「……狭い、ね」
「まあ、1人用のベッドだからね」
「……ごめん」
「いいって」
それを承知で了承したんだから。
「……優陽くん」
「なに?」
「……もっと、くっついてもいい?」
「……それは」
今度は少しだけ逡巡してしまう。
けど、迷いはやっぱり一瞬だった。
「……お好きにどうぞ」
「……ん」
小さな声がして、乃愛が俺の背中に寄り添うように、くっついてくる。
思わず、鼓動が大きな音を立て始めるけど、俺は理性を持ってどうにかそれを諌めた。
もしかしたら、背中に手を当てている乃愛には、俺の鼓動が伝わってしまったかもしれない。
「……優陽くん」
背中に、乃愛の呟きが当たる。
「わたし、皆に話そうと思う」
「……そっか」
「……ん」
それきり、俺たちの間に会話はなくなり、次に目が開いた時にはカーテン越しにも分かるくらい、外が明るくなっていた。




