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エゴだとしても

「……これは」


 部屋に避難して緊急事態を知らせると、湊さんはすぐに来てくれた。


 写真と手紙に目を通した湊さんが、事態の深刻さをそのままに重く声を漏らす。

 

「このことは、まだ警察には連絡してない?」

「……はい。俺も慌ててて、思考が回らなかったので」


 それでも、辛うじて残っていた冷静さで1番近しい大人である湊さんにどうにか連絡をかけることが出来た。


「うん、分かった。そっちはわたしがやっておくよ。よく連絡してくれたね」


 ぽふり、と頭に手が置かれて撫でられる。

 いつものどこかのんびりした口調はなりをひそめ、そこにいるのは1人の頼れる大人だった。


 正直言って、その安堵感で崩れ落ちてしまいそうな程に、写真と手紙を見てからずっと俺は緊迫していた。


(本物の真っ黒な感情に直面すると、こんなに怖いんだ……)


 転校先の行く先々で浮いていた俺は、異質なものとして扱われたりといじめとは呼べないくらいの小さな

悪意くらいなら受けてきた。


 だから、人の悪意だとかは見慣れていたはずなのに、レベルが違う。


 あまりに未知の恐怖に、身体が震えてしまいそうになる。


 それでも、俺がギリギリのところで耐えられているのは、


「……乃愛」

「……っ」


 近くに乃愛がいるからだ。

 乃愛は、手紙と写真を見てしまって以降、ずっと黙ったまま俺の腕を真っ青な顔で掴み、震えている。


(だからこそ、男の俺がこんなになってる女の子の横で弱音なんて吐けるわけがない……!)


 俺は震える乃愛の手にそっと触れて、息を静かに吐き出した。


 それから、ストーカーについて現段階で分かることを整理してみる。


(これをポストに入れた犯人って……)


 すぐに、その答えが俺の中に浮かんできた。

 でも、その答えを口に出すと乃愛を怖がらせてしまうかもしれない。


 俺はスマホを取り出して、湊さんとのチャットルームを開いた。


『(優陽)湊さん』

『(優陽)これを入れたストーカーって、もしかしたら俺たちと同じ学校の誰かかもしれません』

『(天瀬湊)ゆーひくんもそう思う?』

『(優陽)はい』


 根拠としては、まず、白峰のえるが白崎乃愛であることに気付き、乃愛の顔を知っている必要があること。


 乃愛は外部に自らの容姿を公開していないので、それに気付くには、乃愛が配信で特定出来る情報を喋っているか、声くらいしかないと思う。


 前者の可能性は否定出来ないけれど、そんなミスを疑うよりも声でバレたケースの方がまだ現実的だ。


(よくVtuberの中の人って声で前世特定されたりもしてるし)


 そうなると、日常的に乃愛の声を聞ける立ち位置にいることも条件になってくる。


 もちろん、たまたますれ違っただけの人が気付いた可能性も否定出来ないけど、20万人以上もいるリスナーが学校にいた可能性の方が確率的には高いはず。

 

 乃愛は学校では身バレ防止の為に口調と声音を無理のない範囲で変えているけど、気付く人は気付いてしまうものだと思うし。


(それでもって、俺を彼氏だと勘違いしていることも大きい)


 この写真の中だと、写っている男は俺だけじゃなくて、藤城君とか石浜君だって写ってるものがあるのに、迷いなく俺の顔だけ真っ黒に塗り潰している。


 普段からの俺と乃愛の距離感を知っていないと、俺を彼氏だと勘違いはしないだろう。


 まあ、乃愛と一緒に水族館に行った時の写真もあるし、もちろん、ストーカーをしている内にそう思った可能性もあるけれど。


 少しでも情報を絞るなら、範囲を狭めるべきだ。

 というか、そんなこと言い出したらキリがない。


 自分の考えを話すと、湊さんは静かに頷いた。


「うん。わたしと同じ考え。このことも踏まえて警察には電話しておくよ」

「はい、お願いします」

「その前におじょーさまがしばらく泊まる場所を用意しないとね。さすがにこのままこの部屋に置いておくわけにはいかないから」

「……そう、ですね」


 正体だけじゃなくて、住んでる所もバレてしまっている。

 いつ危害が加えられてもおかしくない状況で、この部屋に居続けるわけにもいかないだろう。


 けど、こうなってしまった以上……。


「引退配信、延期すべきですよね」

「……っ」


 乃愛が息を呑んで、ぎゅっと俺の腕を強く握る。

 どれだけ乃愛が頑張ってきたか知ってる俺は、どうしようもなく胸が痛かった。


「うん。身の安全が保証出来ない限りは。それに、ゆーひくんもしばらくおじょーさまから距離を置くべきだよ」

「……っ!」


 その言葉に、さっきと比べものにならないくらいの乃愛の動揺が伝わってくる。

 さっきよりも、ずっと震えが強くなったのが分かった。


「おじょーさま。分かってください。このままだとゆーひくんにも危害が及ぶ可能性があるんです」

「……っ!」


 今度もまた、強い動揺が伝わってくる。

 それでも、湊さんの言葉の意味を理解してしまったらしく、どんどん乃愛の手が力を弱めていく。


「とりあえずわたしの部屋に来てください。1人でここにいるよりはずっと安全です」

「……ん」


 こんなに近くにいるのに、油断したら聞き逃してしまいそうな程弱々しい声音。

 

 力が弱まっているはずなのに、それでも乃愛は俺の腕をギリギリまで離そうとしない。


(俺、は……!)


 歯を食い縛り、俺は離れそうな乃愛の腕を掴む。

 

「俺が……一緒にいます……!」


 毅然と言い放つと、湊さんはそんな俺を咎めるではなく、諭すように口を開く。


「ゆーひくん。君の気持ちは分かるけど、わたしは大人としてその決断を後押しするわけにはいかないんだよ」

「……分かってます。これが自分のワガママで、湊さんが人として、大人として正しいことを言っているのは」


 俺が今言っているのは、ただの子供のワガママに過ぎない。


(じゃあ、俺の気持ちは間違ってるの?)


 そんなわけがない。

 

 確かに、俺がいても役には立たないだろうし、ストーカーは俺にも危害を加えようとするだろうし、俺が一緒にいることで犯人を更に逆上させてしまうかも知れない。


 そんなことは分かってる。

 でも、これがワガママで自分のエゴだとしても、


「こんな状態の乃愛から離れるなんて出来ない。こんな状況の乃愛を1人にして、自分だけ安全圏に逃げるくらいなら」

 

 俺はスッと息を吸い込んで、湊さんの瞳を見つめて、


「そんなの、死んだ方がマシです」


 真っ直ぐに目を逸らさないまま、言い放った。

 そのまま少しの間、湊さんと見つめ合っていると、乃愛がまた俺の腕を弱々しく握り締めてくる。


「わ、わたしも……優陽くんと、一緒にいたい……」

「おじょーさままで……」


 湊さんは困った顔で俺たちを見つめて、ため息をついた。


「……部屋、2人分で探さないとですね」

「……すみません。ありがとうございます」

「仕方ないですよ。正直、その状態のおじょーさまをゆーひくんから離すのも心配でしたから」


 こうして、俺たち子供のワガママは大人に見逃してもらう形で認められた。

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