心を決めたのに
あれから、ずっと考えていた。
明日香ちゃんと話してから、とにかく寝る時以外は、ずっと頭の中にはそのことがぐるぐると頭の中を回っていた。
(わたしは、どうするべきなんだろう)
配信している時も、頭の片隅でそんなことを考えていて、答えは中々出なくて。
それでも、優陽くんの顔を見ていると、わたしは自然とそうするべきだ、そうしたいって思ってしまった。
(だから、わたしは白峰のえるの活動が終わったら——)
——優陽くんに、告白するんだ。
まだなにも、優陽くんになにをしてあげられるのかは見つかっていない。
けど、それを見つけるのは付き合ってからでもいいって明日香ちゃんが言っていたから。
確たる勝算があるわけでもないし、告白したからって確実に選んでもらえる保証なんてどこにもない。
(第一、もしかしたら優陽くんは空ちゃんのことを好きなのかもしれない)
殆どタッチの差ではあるけど、優陽くんと付き合ってきた時間はやっぱり空ちゃんの方が長くて。
その間に、空ちゃんに対して特別な気持ちを持っていてもなんらおかしいことじゃない。
(というか、特別な気持ちは間違いなく持ってる、と思う)
それが恋愛感情なのかは、残念なことにわたしには見抜く力はないけれど。
少なくとも、特別じゃないなんてことはないって断言出来る。
(けど、それはわたしだって同じ条件)
それが恋愛感情だなんて自惚れるつもりはないけれど。
優陽くんは優しいからって理由だけじゃなくて、わたしも空ちゃんと同様に特別扱いをしてくれてることは分かってる。
わたしだって、さすがにそれが感じ取れない程、鈍い訳じゃない。
「——ねえ」
「……」
「ねえってば」
「……」
「もしもーし?」
「……」
「ちょ、ちょっと……無視しないでってばぁ……」
「……あ」
考えごとをしていて、呼ばれていたことに気が付かなかった。
鮮明になった意識で呼び掛けられた方を見ると、そこにはしゅんっとして若干涙目な黒瀬さん。
そうだった。今日は黒瀬さんとわたしの2人しかいないけど、デビューまでに定期的にすることになったメンバー間での打ち合わせをしているんだった。
「ごめん。ちょっと考えごとしてた。無視してた訳じゃないから泣かないで」
「な、泣いてないっ」
鼻を大きく啜っておいて、それは通らないと思う。
というか、黒瀬さんって気が強そうなのに、もしかしてメンタル弱めの人?
「……ってか、ぼーっとするくらいの考えごとってなによ」
「それはこ——」
そこまで言いかけたところで、わたしは咄嗟に口を噤む。
(さすがに、告白のことを言う訳にはいかない)
昔のわたしなら、距離感が分からなかったから言ってたと思う。
でも、まだあまり仲良くない人からそんなことを言われたって、困るだけだってことは今のわたしは知っている。
空ちゃんや梨央ちゃんという人脈が広い人たちと一緒に学校に過ごす中で、ちゃんと学ぶことが出来たから。
「こ? なに?」
「……ごめん。なんでもない」
「……ふーん、そ」
謝ると、黒瀬さんはどこか不満そうに唇を尖らせた。
(もしかして、この人……)
わたしは思わず黒瀬さんを見つめてしまう。
「な、なによ」
「もしかして、心配してくれてた?」
「なっ!?」
黒瀬さんが顔を赤くする。
それから、凄い勢いで捲し立ててきた。
「そ、そそそそんなんじゃないわよ! あ、あたしはただ、大事な打ち合わせの最中にそういう風に集中力を欠かされたら迷惑になるから……!」
「……そうだね、ごめん」
最もらしい指摘だ。
いくら2人しかいない打ち合わせだとしても、これはわたしがこれからしないといけない大事な仕事の一旦。
(そこに私情を挟んで、皆の足を引っ張る訳にはいかない)
落ち込んでいると、また黒瀬さんがあわあわとしながら口を開く。
「ご、ごめっ……! そこまで強くいうつもりはなくて……! あ、あたしが言いたかったのは、その……な、なにか悩んでることがあるなら相談に乗るってことで……!」
「……やっぱり心配してくれてたんだ」
「〜〜〜っ! あぁもう調子狂うわねっ!」
やけくそ気味に叫ぶ黒瀬さんを横目に、やっぱりこの人はいい人だと思う。
(だからこそ、あまり心配をかける訳にはいかない)
わたしは気持ちを切り替える為に、こっそりと自戒の意味を込めて、小さなため息を漏らした。
*
それから、数日が経って。
いよいよ夏休みの終わりと、引退配信まで1週間を切った、とある日のこと。
わたしは打ち合わせを終えて、帰る途中だった。
その途中、ちょうど優陽くんのマンションの前に差し掛かったところで、
「あ、お疲れ。乃愛」
優陽くんがマンションから出てきた。
それ自体は別に偶然という訳じゃなくて、今日は優陽くんがうちに来て一緒に晩ご飯を食べる約束になっていたのと、わたしがそろそろ着くという旨の連絡をしたからだ。
「ん。ありがとう」
わたしたちは、並んで歩き出す。
特筆すべきことはない雑談をしていると、目の前にあるわたしが住んでいるマンションにすぐに着いた。
「ちょっとポスト確認する」
「うん。了解」
エントランスに入ってからそう断ったわたしは、白崎と書いてあるポストに向かい、中の郵便物を確認する。
すると、中には白い便箋が1枚だけ入っていた。
(……? 宛名もなにも書いてない)
ここはオートロックのマンション内。
こんなものを入れるには、ポストに直接入れるしかない。
「どうしたの?」
手紙を前に訝しんでいると、優陽くんが声を掛けてくる。
「ん。なにも書かれてない便箋が入ってた」
「え? それは変だね。中身は?」
「まだ確認してない」
でも、中身はなにかが入っているのは感触から伝わってくる。
わたしは、その便箋を開けて中身を取り出して、
「……ぇ」
中に入っていたものを、落としてしまう。
隣でそれを見ていた優陽くんも、わたしが落としたものを見て、目を見開いた。
「こ、これ……!?」
地面に広がったのは、たくさんのわたしの写真。
わたしは撮られていることに気が付いていない様子のものばかり。
その中には、皆でプールに行った時のものや、優陽くんと一緒に行った水族館での写真、この間、明日香ちゃんたちと会った時の写真まであって。
なぜか、写真の中の優陽くんの顔が全て真っ黒に塗り潰されていた。
そこで、わたしはふと、写真の中に1枚程白い紙が落ちていることに気付いてしまい、呆然としたまま、無意識に手を伸ばして、その紙を拾い上げた。
すると、そこには……。
『——白峰のえる。あなたの正体を知っている。もし、自分の情報をバラされたくないなら、今すぐ彼氏と別れろ』
わたしの心を凍りつかせるような1文が、どこまでも無機質に、綴られていた。




