「今朝の先生の話しは、そう言う事だったんですね……」
「一時はどうなるかと思ったよ」
北斗と薫は朝のホームルームが終わった後、椅子を持ちヒソヒソ話しをしながら体育館に向かっていた。
理由は、これから始まる始業式の為。
「そう言えば薫君、オモイカネは?」
「図書室に居るそうです。それより昨日は、何も出来ず申し訳有りません」
「気にしないで。薫君には戦う力は無いんだから」
「そうなんですが……」
北斗にそう言い返す薫は思う。
(私は、それでは駄目な気がするんです……)
五年生達が体育館に到着すると、下級生達は一年生達を除き、椅子を横に並べてきちんと座わって待って居た。
「今から仮の身長順を言っていくから、早く椅子を置いて座れ」
渡辺先生がそう言うと、五年二組の子供達は先生が言う通りの順番で、椅子を置いて座って行く。
キーン コーン
カーン コーン
チャイムが鳴り終わる頃には、生徒達は皆キチンと椅子に座り、一学期の始業式が始まるのを待っている。
「これより平静四年度、第16回玄見小学校一学期の、始業式を始めます。校長先生、挨拶」
マイクによるエコーの掛かった男性の先生の声が体育館に響くと、校長先生がステージに上がり教壇の前まで行く。
「起立、礼、着席」
男性の先生の声と共に、一年生以外の生徒達は言葉通り起立、礼、着席を行い、一年生は先生に教えられながらの所為かワンテンポ遅い動作で、起立、礼、着席を行った。
「生徒の皆さん、お早うございます」
「「お早うございます!」」
校長先生と生徒の挨拶から、校長先生の話しが始まったのだが……
長い。
本人は昨日の件も有り、何とか自分達がいれば学校は安全だと伝えたいのだろうが、5分過ぎた頃に一年生がそわそわしだし、10分過ぎた頃には上級生達もダレ出し、ヒソヒソ話しを始める。
先生達も一年生の事や進行を考えて、話しを止める事を考え出した。
「校長先生、まだ話す気かしら?」
「一年生の子の事を考えると、いい加減止めて欲しい所よねぇ」
五年二組の葵と麗が小声でそんな話しをしていると、何所からか初老の男性の声が聞こえて来る。
「その言霊、貰い受けるぞ! オン、ヒラヒラケン、ヒラケンノウソワカ」
ジャラン
そして錫杖の音と共に、天狗丸がステージ上に現れた。
((!))
「「何だアレ!」」
天狗丸の姿を見た子供達や、若い先生は驚くが、40代から上の先生達は皆の反応を不思議がっている。
一方その頃、葉司達はスセリに動かない様に念話で注意されていた。
(「皆聞いて。動いては駄目よ、貴方達がココに居る事がバレてしまうわ。多分、臣器達が奴の存在を感じ取って、向かって来てくれる筈だから」)
葉司達は、会議室から渡辺先生と行動を一緒にしていた事と、天狗丸が復活し、学校に現れるとは思ってもいなかった為、臣器のキーホルダーがランドセルに付いたままで手元に無い。
(やはり昨日確認したが、一定層には見えておらんか。不本意では有るが……)
そんな事を考えた後、天狗丸は大立ち回りをしながら大声で言う。
「聞けぇぇぇい童共。貴様らの恐怖を糧に、この世を過去に戻してくれるわ!」
すると子供達は天狗丸を大なり小なり怖がり、一部の子供達は泣き出した。
「うぇぇぇぇん!」
その泣き声が響くと同時に、異様さに気付いた40代から上の先生達も、天狗丸が見える様に成る。
「これは何事だ!」
驚いている校長先生に、天狗丸はとても偉そうに言う。
「なぁに…… 貴様の話し、童達が迷惑がっていたのでな。長すぎる話しは人の為にならんぞ。フフフ、フハハハハ!」
天狗丸がそう言うと、校長は天狗丸に怒鳴る。
「貴様、何者だ!」
「儂か? 儂は見ての通り天狗だが、見て分からんとは愚かな」
そう返した天狗丸の言葉に、校長先生はとある事に気付き、天狗丸に掴み掛かり先生達に向かって言う。
「先生方、化けモノから生徒達の避難を!」
「自らの身を挺しての行動、称賛してやろう…… だが!」
天狗丸はそう言うと、校長先生をステージ上に成げ飛ばし、錫杖を突き付けた。
ジャラン
「自らの身の程を考えるが良い。ほら、その所為で貴様は人質だ。逃げられぬ様に、足の一つでも潰してくれよう……」
そう言いながら、天狗丸が錫杖を振り上げた瞬間……
ガシャン
体育館の二階ギャラリーのガラス窓を突き破り、臣器達が現れ天狗丸に襲い掛かる。
「貴様等、何故此処に!」
驚いた様に、そう言いながら臣器達の方に向き直った天狗丸だが、龍蛇丸に捕縛され、狼王丸に体勢を崩され横転し、鳳皇丸に錫杖を奪われ、うつ伏せに倒れ込んでしまう。
ざわざわ
ざわざわ
臣器達の登場で、体育館に居る先生や、生徒達に動揺が更に広がる。
「何だアイツ等!」
「昨日、川の所で見た奴!」
「アレはロボットか?」
(「不味いぞ薫……」)
色々な言葉が飛び交う中、体育館の二階ギャラリー出入り口付近に居たオモイカネが、薫に念話でそう話しかけた。
(「どう言う事ですオモイカネ?」)
(「皆ステージの方に意識が行っているので、後ろの方から人々の状態を見ているのだが、臣器達を知らない人間……、特に子供は混乱している。このままではこの場で大混乱が起こりかねん」)
(「そんな…… どうすれば?」)
(「スセリ達は、この状況では下手に動けんだろう。君が子供達を外に誘導してくれ、少なくとも外なら混乱での被害は少ない」)
(「そんな事……いや、戦う力の無い僕が皆の役に立てるかもしれない。こんな事で恥ずかしがっていたら、きっと北斗君達とこの先一緒に居ても、迷惑に成るだけ。分かりましたオモイカネ」)
薫とオモイカネがそんな事を考えているとは知らず、スセリはステージ近くの二階ギャラリーに姿を現し思う。
(そろそろかしらね。後は誰かに子供達を…… アレはオモイカネ?)
オモイカネの姿を見付けたスセリは直ぐに姿を消し、オモイカネに念話で尋ねる。
(「オモイカネ、姿を見せて何を考えているの? もし誰かに見付かったら……」)
(「スセリ、子供達に動かぬ様説明を頼む。この場は我等で如何にかする」)
(「如何言う……――」)
スセリが聞き終わる前に、薫の大声が体育館に響く。
「皆さん、聞いてください。昨日河川敷で見ました。あのロボットみたいなのは味方です。あの天狗が身動きの取れない内に、グランドに避難しましょう」
薫の言葉で子供達の意識は、天狗丸と臣器から薫に向く。
子供達のざわめきはいったん収まるが、再度子供達はざわめき出す。
ざわざわ
ざわざわ
「誰です勝手に……」
我に返った男性の先生の一人が、薫の言葉にそう文句を言うが、その先生の前に突然オモイカネが姿を現し言う。
「勝手も何も有るものか。相手が一体とは限らんし、この建物にもし何かあったら如何するのだ。そんな事を言ってる暇があったら、泣いている子供を安心させて来い!」
オモイカネにそう言われ、言われた先生が言い返す。
「お前は誰だ!」
「子供達の味方だ!」
そのオモイカネの声を聞き、オモイカネの姿が見えない天狗丸は、スセリに念話で聞く。
(「誰が大人と話しをしているのです、スセリ様?」)
(「オモイカネよ。この際だしこのまま行きましょう、もう一押しお願い」)
そう指示を受けた天狗丸は、体育館の外で待機している鬼丸に念話で頼む。
(「鬼丸、スセリ様からの指示だ。儂の呪文に合わせて、少しこの建物を揺らせ。オン、ヒラヒラケン……」)
「オン、ヒラヒラケン……」
天狗丸が呪文を唱え始めると、体育館は震度3程の揺れに襲われる。
「「うゎ!」」
「「きゃ!」」
揺れ自体大した事は無いが、今の様な状態で正常な判断が取れる人間など居る筈も無く……
体育館に居る人々は、大人も子供も不安に煽られた。
その様子を確認してスセリは、天狗丸と狼王丸に念話で命令を下す。
(「狼王丸、悪いけど天狗丸を殴った振りをして。天狗丸はそれで揺れを止めて」)
「ヒラケンノウ…… ぐは!」
スセリの言う通り、狼王丸は前足で天狗丸を殴った振りをし、天狗丸は鬼丸に揺れを止める合図を送る意味合いを込め、呪文を唱えるのを止めると叫んだ。
すると体育館の揺れは収まり、オモイカネの言葉や揺れにより先生達は、少し混乱してはいるが現状と自分達がやるべき事を理解し、一人の先生が子供達に大声で言う。
「……皆落ち着け。今グラウンドへの扉を開けるから、ちょっと待ってろ!」
その先生の言葉を合図に、二人の先生がグラウンドに続く扉に駆け出すと、別の女性の先生が大声で更に説明を続ける。
「扉が開いたら早足でグラウンドに低学……いや校学年から避難し、なるべく体育館から離れる様に。出来れば体の大きい高学年は、泣いてる低学年を抱っこして外に連れてってあげて」
ガラ
ガラ
グラウンドへの扉が開くと、動けない天狗丸を他所に、子供達は各々避難を始める。
そんな中、葉司、北斗、太耀は集まって小声で話し合っていた。
「何で天狗丸が?」
「このまま教室に……」
「待て北斗、勝手に教室に戻ると怪しまれる」
困っている三人に、恵理花が話し掛けて来る。
「三人共、手伝って!」
三人が恵理花の方に目を向けると、恵理花の隣りに膝小僧を擦り剥いて、大泣きしている一年生の女の子が居た。
「どうしたんだ、コイツ」
葉司が恵理花にそう聞くと、恵理花は葉司に言う。
「転んじゃったのよ」
「しゃぁねぇなぁ…… ほら」
女の子を葉司が負んぶしていると、太耀はある事を思い付く。
葉司達がグラウンドに出て、体育館から離れると太耀が言う。
「皆、僕に良い考えが有る」
「何だよ、急に?」
葉司がそう聞き返すと、太耀は近くに居た同じ組の富司雄を見付け話しかける。
「なぁ、カバ。この子みたいに怪我をしている子は他に居るか?」
すると富司雄は葉司達に言い返す。
「転げたのはそこそこいるみたいだな。葉司はご苦労様」
「あぁ」
富司雄にそう言われ、葉司はそう返事をしながら負んぶしていた女の子を降ろす。
それを確認した太耀は、わざと周りの子供達に聞こえる様に、少し大きめの声で言う。
「それなら僕は保健室から救急箱を取って来る。怪我をそのままにもして置けないし、恵理花も手伝ってくれ」
太耀の言葉の真意を、何となく理解した葉司と北斗も少し慌てて言葉を続ける。
「そんなら、俺も手伝うぜ?」
「ボクも手伝うよ。怪我をした子大いみたいだし、結構な数いるでしょう?」
しかし太耀から葉司と北斗に返って来た返事は、二人の考えていたものとは別のもの。
「僕一人で大丈夫、葉司達はこの子の事を頼む。行くぞ恵理花」
太耀はそう言って保健室に駆けて行き、恵理花は慌てて太耀の後を追う。
二人の後を追おうとした葉司と北斗だったが、スセリに念話で止められる。
(「待って二人共。もしかして風丸や鬼丸も近くに居るかも知れない、念の為に此処で待っていて」)
スセリはそう念話で言った後、スセリは天狗丸に念話で言う。
(「天狗丸。悪いけど少し作戦の変更をするけど、良いかしら?」)