「はぁぁ、緊張した……」
アパートに戻って来た澪が虚蝶の姿でそう言うと、刻代は澪の頭を撫でながら言う。
「最後の方は、ちょっと失敗ね」
「そんな事より、キチンと喋れたよ」
満面の笑顔でそう言う澪に、刻代は質問をする。
「本当に姿が変わると別人ね…… ねぇ何でお兄ちゃん、お姉ちゃんなの?」
「何の話し?」
刻代の言葉に澪が不思議そうにそう聞き返すと、刻代は言う。
「太耀達の呼び方の事よ」
澪が子供っぽい事は、刻代も理解している。
だからと言って、正体を隠す為とは言え同級生に、お兄ちゃんお姉ちゃんと言うモノかと刻代は考えたのだ。
「別に良いじゃん、僕小さいし合ってる気がするけど?」
そう言い返してきた澪に、刻代は言い返す。
「アンタ、少しは格好付け様とは思わないの?」
刻代にそう言われ……
「……そんなのは要らない」
少し考えた澪は、真面目な顔をしてそう言った。
「要らないって、アンタね……」
その言葉を聞いて、刻代が呆れた様子でそう言うと、澪は話しを逸らせる為に刻代に尋ねる。
「そんな事より、埜依丸の練習しなくて良いの?」
澪にそう言われ、刻代はこの話しを止める事にした。
「確かにそうね……」
そう言いながら、刻代は考える。
(心の内を話してくれそうには無いし、仕方ないか……)
「早くしないとスセリから連絡が来る可能性が有るし、練習場所は学校のグラウンドかしらね?」
刻代がそう言うと、澪が聞く。
「ねぇ、そう言えば埜依丸ってどんな力があるの? 鳳皇丸達は特別な力を持ってたけど……」
「あぁ、埜依丸の力は刻と鏡よ。鏡の力は相手が居ないと意味が無いから説明は後、刻の力はその名の通り時間を制御する力。まぁその内分かるわ、行くわよ」
そう言い終わった刻代は、澪に左手を差し出す。
澪がその手を取ると、澪はいつの間にか通っている小学校の、グラウンドの中央に移動していた。
念の為、刻代と澪には特殊な結界が張らわれており、姿は他の神や人間には見えない。
「良かった、他の子は居無いみたいね」
辺りを見回した刻代がそう言うと、澪が聞く。
「ねぇ刻代ちゃん、埜依丸が居ないんだけど?」
「置いて来ちゃったみたいね。丁度良いわ、此処に大きい姿を望んで呼び出して御覧なさい」
「分かった。でもどの位の大きさで?」
澪にそう言われ、刻代は少し考えてから答える。
「そう言えば、臣器を間近で見た事は無いんだっけね。大きさは私の方で調整する」
刻代はそう言ってグラウンドに神々を欺く結界を張り、澪は袖からキーホルダーを取り出し、身を翻すと埜依丸を呼ぶ。
「大きくなって出ておいで、埜依丸!」
すると、大型の鳳皇丸と同じサイズの埜依丸が、 澪の前に姿を現わして鳴く。
「ヒョー」
「さぁ澪、埜依丸の中に」
そう刻代に促され、澪は埜依丸に言う。
「埜依丸、僕を中に入れて!」
すると澪の足元から水の柱の様なモノが吹き合がり、その水の柱の様なモノは光りに変わると、澪と共にその場から消え去った。
★★★★
眩しさで瞼を閉じていた澪が瞼を開くと、澪は不思議な空間に居た。
その場所は月明りの照す海岸。
正確には浅瀬の海面の上。
海の深さは澪の履いている下駄より浅く、水面は在る筈の無い、星の光りを映し出している。
空は青紫色をしていて、辺りはそれなりに明るい。
そして目の前に1メートル程の白銅鏡が浮いており、外の景色を映し出していた。
(ここは、……埜依丸の中?)
澪がそんな事を考えていると、埜依丸の外から刻代に呼び掛けられる。
「澪、私の事見えてる?」
「うん、見えてるよ」
「中はどんな感じ?」
「目の前の鏡に外が映ってる、後は海かな? 足元の海面に星が映ってて綺麗だよ」
話しを聞いた刻代は澪に言う。
「澪、少しその場で跳ねてみて?」
ビチャン
ビチャン
言われた通り澪がその場で飛び跳ねると、埜依丸もその場で飛び跳ねる。
ガゴン
ガゴン
(成る程…… たぶん、水面が動きを写す鏡に成ってそうね)
埜依丸の動きを見て、刻代は埜依丸の動かし方を理解。
澪に次の行動の指示を出す。
「それじゃあ、今度は飛んでみて?」
そう言われた澪がその場に浮こうとするが、体が宙に浮かない。
「刻代ちゃん、何か飛べなくなってるんだけど?」
不思議に思い、澪が刻代にそう尋ねると、澪は少し考えて聞き返す。
「今の貴方の姿は澪、それとも虚蝶?」
「虚蝶の姿だけど?」
澪の言葉に刻代は思う。
(臣器が、アラハバキの力に属している所為か……)
「仕方ない、今度は言葉で命令で動かしてみましょう。そうね飛翔してみて?」
そう刻代が言うと、澪は聞き返す。
「飛翔って何?」
刻代は澪の言葉を受け、言葉を言い換える。
「飛んでみて。取りあえず、学校の屋上の高さまで」
「分かった。埜依丸、学校の屋上辺りまで飛んでくれる?」
「ヒョー」
埜依丸は鳴いて返事をすると 、澪の言う通り、学校の屋上辺りまで舞い上がった。
屋上辺りまで舞い上がった、埜依丸を確認した刻代は澪に念話で言う。
(「良いわよ 澪、降りて来て」)
「うん、分かった。埜依丸、今度はゆっくり降りて」
すると埜依丸は澪の言う通り、今度はグラウンドにゆっくり降り立った。
埜依丸がグラウンドに降りると、刻代は澪に向かって説明をする。
「聞いて澪。埜依丸は貴方の動きを真似て動く以外に、言葉で命令すれば動いてくれる。正確には、こう動こうと思いながら動くと同じ様に動いてくれるはずよ。貴方、私と話している時にじっとはしてないでしょ?」
そう言われた澪は、頭上に腕を持って行き手を叩く。
パン パン
すると埜依丸も翼を頭上で軽くぶつけ、金属音を鳴らす。
ガン ガン
金属音を聞いた澪は言う。
「本当だ」
「それと太耀はどうやってるか知らないけど、今は埜依丸の飛行能力は、言葉で命令した方が良いわね」
「OK」
「それじゃ澪、悪いけど少し一人で練習しててくれない? そろそろ可愛い姪っ子が文句を言いに来そうだし」
刻代の言葉に、澪は不思議そうに聞き返す。
「良いけど、姪っ子て誰?」
「スセリの事よ。なるべく早く戻ってくるから」
そう言い終わった刻代は姿を消した。
★★★★
【5分後 境群市の何処かに在る雑木林】
「アラハバキ、ツクヨミ様。あの虚蝶と言う子はいったい何です!」
人気は無いが、一応結界で外界と遮断して有るその場所に、アラハバキとツクヨミはスセリに念話で呼び出されていた。
「臣器は誰もが作れるモノではありません。現状でそんな事が出来るのは、臣器の力の本質たり得るアラハバキか、三貴神の一神で有るツクヨミ様のみ。私に黙ってやる悪戯にしては度が過ぎます!」
荒い口調のスセリに、アラハバキは文句を言う。
「落ち着けスセリ。その様な事では、通じる話しも通じんぞ」
「いったい如何したと言うのだ?」
ツクヨミもそう続けると、スセリは一度深呼吸をし、説明を始める。
「3、40分程前、私達の目の前に虚蝶と名乗る子供が現われ、その子が臣器を連れていたのです」
それを聞いたアラハバキとツクヨミは、少し驚く素振りを見せた。
「その臣器は本物か? 私は空から地上の様子を見ているが、臣器を作ろうとする者など確認していない……」
アラハバキがそう言うと、スセリは首を横に振り言い返す。
「アレは付喪神の類ではないわ。魂が森羅で出来ている……」
「とにかくソレを私は知らん。第一、過去に自分を封じたモノを、遊びに使う趣味を私は持ち合わせていない」
不機嫌そうにそうアラハバキは答え、ツクヨミもそれに続ける。
「今回の件、私は姉上の封印に手を貸している。その上でこの作戦が失敗したら姉上と争いになり兼ねないのに、邪魔をする様な事をして、私に何の得が有る?」
ツクヨミにもそう言われたスセリだが、食い下がり少し強めに言い返す。
「それは分かっています。ですが虚蝶と名乗ったその子は、何か知っている様子でした。事の事情を知り、こんな事が出来るのは……――」
「なら、我等の仕業では無いと証明してやろう」
スセリヒメの言葉を、ツクヨミはそう言って遮った。
「ほぅ、そんな事出来るのか?」
ツクヨミの言葉にアラハバキがそう言うと、ツクヨミは頷き説明を始める。
「先ずは…… この場に起居で下さい、ククリ叔母様」
すると三神の目の前に、ククリが姿を現わした。
「いったい如何したの?」
「実はククリ叔母様。スセリにかくかくしかじかの事情で、疑われていまして」
ツクヨミから話しを聞いたククリは、スセリに説明する。
「スセリ。悪いけどその虚蝶と言う子との縁、ツクヨミにもアラハバキにも繋がっていない。それに縁を通して私は、ツクヨミとアラハバキが空に居た事を知っています」
「そんな! ですが叔母様……」
スセリは一度驚いて弱音を呟くが、力強くククリに説明を始めた。
ククリはスセリの説明を聞きながら考える。
(確かに、スセリの考えが間違っているとは思えない。でもツクヨミかアラハバキがこんな事をする意味はいったい……)
そう考えてるククリの傍らで、ツクヨミは思う。
(今は頑張っているが、叔母様の言葉ならスセリも納得するだろう……)