(まさか、子供達が集まってくれるなんて、このチャンスを逃がす手はないわね)
10時頃、黒沢家の中庭。
その上空には、結界で姿を隠した刻代の姿が在った。
(……さて、あの子には少しスパルタになるけど大丈夫かしら?)
微笑みを湛え、そう考えながら刻代がワープした先は、自分が住んでいるアパートの一室。
その一室には家具が配置はされているが、生活感が在るのか無いのか判らない。
「ただいま虚蝶」
刻代がそう言うと、リビングから姿の変わった澪が顔を出し言う。
「お帰り刻代ちゃん」
「キチンと飛行能力の練習はしてたでしょうね?」
澪のも1つの姿に名前を付けた刻代は、澪に自分の住んでるアパートの一室で、飛行能力の練習をさせていた。
外で練習させないのは、障害物が在った方が練習には良いと思った事もあるが、澪が室内の方が面白そうと答えたからで有る。
因みにアパートは、玄見小学校の在る山の頂上の平地に建てられており、この部屋の窓は山の斜面側に在る為、人に室内を覗かれる事は無い。
「ほら、見て」
澪はそう言うと宙に浮き、宙返りをして見せる。
その姿は腕白な明るい女の子そのもの。
何時もの澪からは想像の出来ない、いやたぶん此方の方が、澪の本質そのものなのだろうと刻代は思いながら、澪に少し怒った口調で言う。
「あまり調子に乗らないの!」
そう言われた澪は俯いた。
「恵理花の家にみんな集まってるわ。だからこれから、自己紹介に行きましょう」
刻代にそう言われ、澪は驚いて反論しようとする……
「そんなの、無理に決まってるじゃ……――」
「大丈夫よ、キチンと喋れる様に成ったんだし問題ないわ。今の貴女なら出来る」
しかし刻代に、頭を撫でられながらそう言い返され、澪は渋々照れながら返事を返す。
「分かった……」
「心配しないで、あの子達と戦う為に行くんじゃないし」
そう刻代に言われ、澪は不思議そうに聞き返す。
「どう言う事、刻代ちゃん?」
すると刻代は笑顔で答える。
「フフフ、コレは夢。隠れて見ててあげるから、自分で考えて自己紹介しなさい」
「だから、そう言うのは……」
そこまで言って、澪は自らの姿を確認して思う。
(違う。これは僕であって僕じゃない……)
「分かった、でも笑わないでよ……」
虚蝶は恥ずかしそうに、刻代にそう言った。
★★★★
【黒沢家 10時45分頃】
「へぇ、改めて見ると凄いですね臣器《この子》達。分解してみたい気持ちが沸いてきます」
緋衣がそう言うと、小型形態の臣器達は、冗談で葉司達の後ろに隠れた。
「冗談ですから、怖がらないで下さい!」
その様子を見た緋衣が慌ててそう言うと、スセリがクスクス笑って言う。
「貴女の方が、からかわれているのよ緋衣。だいたい、機械では無いから分解なんて出来ないわよ?」
スセリにそう言われ、緋衣は少しムッとして言い返す。
「それぐらい分かってますよ?」
その後、恵理花の方を向いて言葉を続ける。
「それにしても、恵理花さんが黒沢家の人間だとは知りませんでしたよ」
「緋衣さんは、恵理花さんの家の事知っていたんですか?」
薫が不思議そうに緋衣にそう聞くと、緋衣は薫に頷いて言う。
「はい。本家の方と繋がりがある様で、家に御中元や御歳暮が届きます」
「なるほど」
薫がそう言いながら頷くと、葉司が薫に尋ねる。
「何だ、お前は知らなかったのか?」
「当人の間では解決していますが、家にはマンガやドラマみたいな問題が有りまして」
そう言い返した薫に、葉司が更に聞き返そうとするが……
「何だよ、それっててて!」
太耀が近付いて来て、葉司の左耳を引っ張り言う。
「そう言う事を聞くのはマナー違反だ、葉司」
「だからって、いてぇじゃねぇか!」
葉司は太耀の手を振り解き、少し強めにそう反論した。
「二人共落ち着いて下さい、私は気にしてませんから」
ケンカを始めそうな葉司と太耀を、薫がそう嗜めると、恵理花がスセリに提案をする。
「ねぇ、スセリ、緋衣さんにキチンとこれまでの事話しておいた方が良いんじゃない?」
そう提案されたスセリは頷き、緋衣に向かって話し出す。
「緋衣、悪いんだけど少し私の話しを聞いてくれるかしら。これ以上首を突っ込む気が有るなら尚更」
少し真剣な面持ちでそう言ったスセリに、緋衣は真面目な顔で返事をする。
「はい、御願いします」
「へぇぇぇえ。僕もその話し聞っきたいなぁ?」
すると何所からか、子供の声が聞こえて来た。
声に驚き、スセリは考える。
(何、今の声。結界の中にこの子達以外の子供なんて……)
葉司達の声では無いし、風丸の声とも違う。
「始めまして神様達、それとお兄ちゃんお姉ちゃん達」
そう言って、結界内の空中に現われた虚蝶は、両手を左右に広げ笑顔を作り横に一回転し、話しを続ける。
「僕の名前は虚蝶。今日は皆に挨拶に聞たんだけど……」
結界の内に居る虚蝶以外の子供と神々は、そう言われキョトンとしていた。
しかし、始めに我に返ったオモイカネが虚蝶に問う。
「君は何者だ?」
「虚蝶って言ったじゃん、オジサン」
虚蝶にそう言い返されたオモイカネは、自分の問い掛けに疑問を持った。
現状こんな事が出来るのは、アラハバキの一派しかいないのだから敵に決まっている。
だが、この子供はアラハバキの一派では無いと、確信してしまっていた自分が不思議だったのだ。
一方で、スセリは混乱して言葉に詰まっていた。
何故なら、虚蝶の存在は完全にイレギュラーだからで有る。
しかも風丸達やククリ、ツクヨミと念話で連絡が取れない。
「お前は、アラハバキの仲間か?」
葉司が虚蝶にそう聞くと、虚蝶は地上に降りて来て、首を横に振りスセリに向けて言う。
「どうだろうね? ねぇ、スセリ比売」
(!)
そう言われたスセリは、驚いて反射的に臣器達に命令する。
「臣器達、あの子を捕えなさい!」
「キュゥゥー」
「ガルルル」
「クゥワッー」
命令された臣器達は、言われた通り虚蝶に襲い掛かろうとするが……
「止まれ鳳皇丸!」
「止めろ龍蛇丸!」
「止まって狼王丸!」
太耀達に止められ、動きを止めた。
(……怖かった)
驚いたポーズを取って後ろに退いた虚蝶は、体勢を元に戻すと、心臓の鼓動を感じながらそう思い、葉司達にお礼を言う。
「ありがとう、お兄ちゃん達」
「スセリ、いくら何でも小さい子に乱暴よ」
恵理花にそう怒られ、スセリは首を横に軽く振り恵理花に謝る。
「……確かにそうね、ごめんなさい。でも私の気持ちも分かって、あの子は明らかに普通の子じゃないもの」
そう言いながらスセリは考える。
(この子は何を知っているの、人の子の筈だけど……)
「大丈夫、僕は敵じゃないから……多分?」
虚蝶がそう言うと、太耀が虚蝶に聞く。
「お前、何処かで会った事ないか?」
しかし虚蝶は首を傾げて言い返す。
「……初対面のはずだけど?」
そう答えた虚蝶に、刻代から念話が来る。
(「澪、聞いてる?」)
(「刻代ちゃん、何?」)
(「臣器の紹介もしてくれるかしら」)
(「分かった」)
虚蝶は刻代にそう念話を返した後、葉司達に向かって言う。
「そうだ、僕のお友達を紹介するよ。おいで埜依丸」
虚蝶は、袖に入れて有るキーホルダーに触りながらそう言うと、何処からともなく埜依丸が現われ存在を示す様に鳴く。
「ヒョー」
「キュゥゥー」
「ガルルル」
「クゥワッー」
すると突然現れた埜依丸に、他の臣器達は威嚇を始める。
「あれは如何言う事だ、スセリ!」
オモイカネは埜依丸に驚きスセリにそう聞くが、スセリに分かる筈もなく……
「私にも分からない……」
スセリはそう本心を答え悩む。
(臣器の本質はアラハバキの力。アラハバキの悪ふざけか、もしくは……)
そんなスセリの傍らで、オモイカネは言う。
「正に名前の通り、よく分からんと言う事か……」
「怖いから、そろそろ帰りたいなぁ……」
場の雰囲気が、余り良くない事を感じている虚蝶がそう呟くと、刻代から念話が来る。
(「分かった。それじゃお昼過ぎに、もう一度来る事を伝えて」)
(「えっ! もしかして僕の声聞こえるの?」)
(「ヒ、ミ、ツ、一度帰ったら臣器の練習よ。お昼食べたら、あの子達に練習手伝ってもらいましょう」)
「えぇぇぇぇぇ!」
刻代の言葉に、虚蝶は言葉に出して突然驚く。
そんな虚蝶に、葉司達も驚いた。
「おい、行き成りどうした?」
葉司が虚蝶にそう尋ねると、虚蝶は首を左右に振り恥ずかしそうに言う。
「……何でもない。それじゃお昼食べたらまた来るね」
言い終わった虚蝶は振り返り、刻代に念話を送ってみる。
(「聞こえてる刻代ちゃん。これで良い?」)
(「OKよ、それじゃ帰るわよ」)
刻代が虚蝶に念話でそう返している時、同時に葉司が慌てて虚蝶に言う。
「おい、ちょっと待て! 昼食べたらってお前!」
葉司がそう言い終わる頃、虚蝶の姿は蝶の幻と共に消え去った。