五話 地表
ポータルで一通りの教習やシミュレーションを受けた十数時間後、僕とアイトさんは地表を歩いていた。僕にとって、エーテルボディで初めて建物の外での活動になる。これがなかなかすごい経験だった。
まずポータルという建物は、どうやらこの星の衛星軌道にあったらしい。でも普通に重力は感じてたんだよな。建物自体に引力調整機能があったのかな、やはりこの世界、地球をはるかに上回る技術力を持っている。
そしてポータルから地表への移動は、なんと軌道エレベーター。すごいよ!軌道エレベーターだよ!人類の夢だよ!……ちょっと言いすぎか。理系男子の夢だよ!しかもちゃんとエレベータはどこもかしこも完全透明構造で、ホント設計者わかってるって感じ。
ポータル底部にあるエレベータ搭乗口は展望台のようになっており、そこから見下ろした惑星の幻想的な姿は感動モノだった。足元に広がる地球とは明らかに違う星の表面に、頭上の星々も当然見たことがない色彩や配置ばかり。少し煤けた太陽もさる事ながら、衛星が3つもあるのに驚いた。衛星軌道という場所から自分の目で星を観る事が、こんなに興奮するものだとは思わなかった。まぁ、エーテルボディの目なんだけど。
いよいよ軌道エレベーターに乗り込んで、そこから地表に降りていく。この時に見た情景の移り変わりは、まばたきを忘れるほどの絶景だった。もうエレベータの壁に張り付いて、いろんな方向の景色を目に焼き付けた。乗車時間は十数分程度だったかもしれないけど、興奮と感涙で永遠に乗っていられる気分だった。今はもう涙は出ない体なんだけど。
だから地上に到着した時、エレベータから降りずにもう一往復していいかアイトさんに聞いたけど、残念ながらダメだった。10回以上頼み込んだけどダメだった。ちくしょう、またセクハラしてやる。
ただエレベータが地上に近づいたときに、黒光りする変な建物が目に入った。それは特徴的な形状で、ラグビーボールの上半分をわざと斜めに置いたようにそびえ立っている。高さは目見当だが15メートルほどだろうか、地球時代に住んでいた三階建てアパートと同じくらいに見えた。そして周囲に何もない、その奇妙な建物を見たときから、鬼人ボディが僅かに震えだした。
「あの目立つ建物が目的地です。建物の地表に入口がありますので、その中に入って探索を行います」
たしかサギ女神の説明だと、ダンジョンの体積は東京ドーム482個分……おい、全然想像できないなこの単位。えーと確か東京ドームが一辺107メートルの立方体だったはず……
「ダンジョンはあの建物の内部って事?」
「そうです。ダンジョンは壁で外部と完全に仕切られてます。」
「じゃああの建物、地下に埋まっている部分が相当に大きいんだね」
乗ってからここまで、まったく揺れなかったエレベーターが地表に到着し、静かにドアが開く。この星の大地で初めて感じた風は、熱気と草木が腐ったような臭いが混じっていた。どうやらこのボディ、意外と嗅覚がしっかりしている。そしてもう、震えは止まっていた。
「じゃあサノさん、ダンジョンに向かいますね。そんな遠くないですけど、迷子にならないよう気をつけて下さい」
軌道エレベーターから降り立った大地は、地球でいうとジャングルのようだった。軌道エレベーターの周りだけきれいに伐採され整地されているが、周囲の木々の背が高いので、地表に降りてしまうと先ほどの建物が見えなくなっていた。
というかとにかく見通しが悪い。葉緑素が違うのか、どす黒い葉っぱを生やした木々に、背丈の高い灰色の草があたり一面に広がっている。落ちた葉っぱや木の枝が積み重なって地面がわかりにくいので、どこを歩けば良いのか全然わからない。落とし穴があったら絶対に引っかかる自信がある。というか落とし穴を掘りたくなる。
見上げても頂点が見えないくらい高くて太い木がやたらあちこちに生い茂って、まっすぐ歩くことすらままならない。科学技術が進歩しているなら、エレベータからダンジョンまでの道を作ればいいのに。というか建物のそばにエレベータを置けばいいのに。なんだかせっかくの高揚感が冷え切ってしまった。
そもそもこの惑星、太陽にあたる恒星が遠いのか小さいのか、昼間でも薄暗いのに、ジャングルの木々や葉がその日光を遮るので奥が見通せないほどに暗い。このエーテルボディだと暗い中でも視野が確保されているから良いけど、もし人間の体だったら絶対に歩きたくない場所だ。
しかしそんな中でもアイトさんの歩調は軽い。すいすいダンジョンの方に向かって歩いていく。こっちはアイトさんの踏んだ場所を追っていくだけで手一杯になった。
軌道エレベーターに乗っているときには、アイトさんと並んでおしゃべりしながらダンジョンに向かおうかなー、なんて思ってたけど雰囲気からして無理そうだ。立ち込める腐葉土のような臭いも気分が下がるだけだし。あー、何かやる気がなくなってきちゃったな……お家に帰りたい……
「着きましたよ、ここがダンジョンです」
途中で帰っちゃおうかなと3回くらい思ったあたりで、アイトさんが到着を告げてくれた。エレベータを降りてからどれくらい歩いただろうか。とうとう、ダンジョンに着いてしまった。