三話 鬼人
「はい、ここに立って下さい。モニタを持ってきます。えーと、あの、お名前教えてもらってもいいですか?」
「僕はサノと言います。サノツカサです。23歳で研究員やってます。よろしくお願いします」
「サノさん、ですね。こちらこそよろしくお願いします。あ、あと自分の姿を見て驚かないでくださいね」
そしてアイトさんがモニタを操作すると、そこには身長2メートル、肩幅70センチメートルくらいの、少し細身だけど筋肉のがっしりした赤いロボットが映っていた。ロボットというか、アンドロイドというか、すごく人工的な人形というか……特撮ヒーロー番組に出てくる悪役のような姿だ。あと顔は鬼の面に似ていた。側頭部にかなり短いけど角も生えてる。全体の第一印象は赤鬼なんだけど、ちょっと武者人形にも似てるかな。
「へー、これが今の僕の体か…… ふーん……」
エーテルボディの外観だが、昆虫のような甲殻に人間や動物の筋肉が組み合わさったような見た目をしている。自分の体もそうだし、アイトさんの体も同じような感じだ。甲殻のような部分は独特の光沢があって硬いけど、叩くと音がしないので弾性も高いらしい。この甲殻が服のように体表面の大事な所を覆っているので、鎧のような役割を持っているんだと思う。
更に良く見ると、腕が普通の人間よりも長めで指も太くて長い。動物園で見たチンパンジーの腕を、さらに機能的にした感じだ。こりゃパワーありそうだ。あと手首の根元に小さな穴が開いている。なんだろうコレ。
「あの、サノさん?随分落ち着いてますね。気分は大丈夫ですか?」
「あ、うん。大丈夫。ぜんぜん平気。ふーん、エーテルボディってこんな感じなんだね。ちょっと格好いいや。」
「格好いい……?気に入ったんですか?その体」
「うん、あのサギ女神の事だから、もっと酷い見た目だと思ってた。けどこれならいいや」
「サギ女神?……え?まさかマール様ですか?あの、銀髪で赤い目をしたキレイな女性で、ここの支配人の?」
「うん、それ。ポータル管理者だっけ。マールって名前なんだ。でもやってる事ってデート商法だよね」
「デ、デート商法って、そんな恐れ多い……。あ、でも確かに騙して…… いえ、何も言ってません私」
ふるふると首をふるアイトさんが可愛い。見習えサギ女神。
会話をしていると、だんだん自分の感覚と体が噛み合い始めたようで、あのギギギギ音が気にならなくなってきた。それどころか不思議と自分の神経とエーテルボディの筋肉が、まるで糸を紡ぐように噛み合っていく。違和感どころか万能感すら出てきた。
人間の時が身長175cmだったから、目線が高くなってちょっと新鮮。あと眼窩が人間よりかなり大きいようで、視野が異常に広い。慣れてくると真横と真上まで視野に入る。足元もよく見える。これはすごい。あのサギ女神が言うように、ぱっと見は人間ぽいけど、人間より遙かに戦闘に向いた肉体のようだ。
下半身の可動域も妙に広い……両足を開いて腰を深く落とす相撲の腰割りも容易だし、そのまま上半身を倒して胸が床につく直前まで屈んだ姿勢でも安定する。この姿勢だと視野が一気に低くなってサソリになった気分だ。こりゃ待ち伏せやダッキングに便利だ。
そのままちょっと軽くジャンプしてみるか……うお、すごい跳躍。え?ラクに1メートルくらい跳んだぞ。しかも着地も静かだし、すぐに次の動作に移れる。これは足のダンパ性能が相当いいな。
「あのー、サノさん。いきなりすごい動きですね……というか、エーテルボディをすでに使いこなしてますね……最初は歩くのも大変そうだったのに……もうそんなに動かせるなんて……」
アイトさんがこちらを感心したように見る。狐面なので最初はわかりにくかったが、慣れてくるとだんだん彼女の表情が見えてくる。
「このボディ、いいね。すごく良い。柔軟だしパワーとスピードのバランスが良さそうだし、関節の可動域も大きい。こりゃクマにも勝てそうだ」
「はい。地球の地上生物より強いと思います。四本脚走行をすれば、ネコ科の動物なみに早く走れますし」
「へー、やっぱり。アイトさんも強いんだ?」
「いえ。私は残念ながら戦闘向けのボディと相性があまり良くなくて、索敵や偵察向けの体になっています」
「なるほど、多目的じゃなく、役割特化のエーテルボディが何種類もあるんだ。となるとパーティ行動の方が探索に有利なのか……」
「そうですね。ソロで探索する方も居ますが、基本的に数人でパーティを組む方たちが多いです。というかサノさん、分析も早いですね」
ふむ、肉体のポテンシャルはだんだん掴めてきた。アイトさんは索敵や偵察って言ったな。この体の周囲感知能力はどれくらいだろう。試してみるか。
周囲の音、空気の流れ、どこまで感じ取れるか…… あー、ちょうど部屋の半分くらいまで感覚できるな。となると半径10メートルちょっと位かな。なるほど。
「サノさん、自分の姿に驚くどころか、もう相当馴染んじゃってますね。初めてみましたそんな人」
「アイトさんはここに来て何年くらいなの?年齢聞いちゃってもいい?」
「多分ですが、もう3年位は経ってます。年齢もここに来た当時で18歳でした。大学に入ったばかりでしたから」
「お、サギ女神より若いね。ところでその3年間で、アイトさんの後に入ってきた人って何人位いた?」
「またサギ女神って……、あ、えっとサノさんがちょうど40人目だと思います。その中の二割くらいが女性です」
「そっか……あの、答えにくかったら答えなくていいんだけど、人間に戻った人、いる?」
「あ……」
アイトさん、固まっちゃった。あれかな、死ぬまで出られないってやつかな。
「すいません、黙っちゃって……。あの、実は私も知らないんです。ただマール様が言うように、死んだ人は居ません。それは確かです。でもリタイアして人間の体に戻って、そして元の世界に戻った人は、多分居ないと思います……」
そっか、そりゃそうだよね。こんな高級そうなボディを用意して、他次元から人を誘拐してくる詐欺師が、そう簡単に人材を開放するわけないよね。こりゃ、腹をくくるしかないやね。
「アイトさん、いろいろありがとう。すっごく参考になった。」
「いえ、こちらこそ、あまり役に立てず」
「最後になんだけど、ボディの色って変えられるかな?迷彩カラーにしたいんだけど」
「え?色を変えるんですか?」
「うん。少しでも周りの環境に溶け込む色にしたい。生き延びるために。そのダンジョンの環境に合わせた迷彩色に塗り直したい」
「あ、そういう理由で……。なら黒と青が良いと思います。ダンジョンの壁や床がそういう色なので……」
「いいね、それ。サギ女神に頼むのかな?それともアイトさんが塗ってくれるのかな?」
「いえ、流石にそれはサギ女神……じゃない、マール様にお願いする事になります。連絡しますので、少しお待ち下さい」
「了解しました。よろしくお願いします、アイト教官」
「もう、なんですかそれ。サノさんの方が年齢が上ですし、呼び捨てでも構いません」
「えー、じゃあアイちゃんで」
「なんかイヤです。やめて下さい」
「じゃあイトちゃん」
「もっとイヤです!」
結局、アイトさんは僕が環境になれるまではアイトさん呼びで、慣れたら呼び捨てする事になった。
そしてサギ女神にお願いして、この体は青と黒の迷彩カラーに塗り直された。なかなか格好いい。あとサギ女神が少し親切だったような気がした。胡散臭かったけど。