二話 アイト
魂を紡いだものよ……どうか我らを助けてほしい……
魂の牢獄に囚われた我らを……死してもなお休むことができない我らを……
どれだけ悲しんでも涙も流せない我らを……
◇
エーテルチャージ実行中・・・・・・
魂の付着完了。定着度合い70%。神経同期率71%。四肢の神経ライン、すべて異常なし。
エーテルチャージ実行中・・・・・・
エーテルチャージ80%充填中。定着度合い85%。神経同期率88%。五感神経、すべて異常なし。
「は?定着85パーに同期率88パー?!初めての魂定着で?何この数字?間違ってない?もう一回測定してみて!」
了解しました。再度、測定致します・・・・・・・・・・
エーテルチャージ100%充填完了。定着度合い87%。神経同期率89%。神経ダイナミクス正常。体内モダリティ正常。
「更に数字が上がってる……。間違いじゃないのね。多分、過去最高を更新したわね。これは」
そこそこ適当に選んだ地球の男が、あまりに面倒くさい性格だったため、オペレータのマールは意趣返しのつもりで、最強クラスだが厄介極まりないエーテルボディ「鬼人」を充てがった。……のだが、まさかここまで相性抜群とは思わず、何度も目を疑った。
「面倒くさい人間だったから、面倒くさい鬼人ボディと相性が良かったのかもね……」
思わぬ収穫に、少し頬がニヤける。これはもしかすると、もしかするかもしれない。
出世のチャンスと言われて飛びついたポジションが辺境惑星の監視オペレータで、いつになったら本国に帰れるか先が見えず不貞腐れる毎日だったが、やっと希望の星が現れたようだ。
よし、なら特別に、最初からサポータを付けてやろう。本人のやる気を出させるため、地球出身の女を先導役にしてやるか。私って優しい~。
◇
目が覚めるとそこは研究所でも天国でもなかった。そしてデート商法してきた女神の事も夢ではなかったようで、やはり気付けば円柱状の空間に僕は立っていた。
ただ壁面は人間が埋まった氷ではなく、どこかの映像が沢山映し出されていた。違う階層の部屋なのだろうか。あのデート商法の女神……これからはサギ女神と呼ぼう……はここには居ないようだ。
壁の映像には、どこかジャングルのような鬱蒼とした森林風景や、近未来的な建物の内部らしきものが映っていたりと、なかなかに興味深かった。どう見ても地球の景色ではなかったが。
「おはようございます。お体の調子はいかがですか? あ、申し遅れました。私は貴方をダンジョン浅階層までサポート致しますアイトと申します。よろしくお願いします」
左の方から可愛らしい女性の声がする。声のした方に顔を向けようとすると、ギギギギと妙に硬い音がして首がほとんど動かない。なんだ?肩こりか?
「あの、貴方の体はエーテルボディと言いまして、人工的な身体となっています。初めてのお目覚めという事で、魂が体に慣れていないと思います。慌てず、心を落ち着けて、ゆっくりと体に慣れていって下さい」
サギ女神と違って、この子は僕の事を本気で心配してくれているようだ。可愛い声だ。どんな顔かな?ぜひ見たい。
またもやギギギギと耳障りな音がするが、構わず首を左に向けると、そこには目の色と髪の毛が金色の、いや全身も薄い金色の女の子がいた。どう見ても人間の顔や体ではない。なんだろう、祭りの狐面に似た顔がそこにあった。可愛らしい狐面だ。
「あの、はじめまして。先ほども挨拶しましたが、アイトと申します。貴方と同じ、地球出身です。よろしくお願いします」
ペコリとお辞儀をする可愛い狐面の女の子。ああ、そういえば人間の体から魂を抜き取って、エーテルボディとやらに入れるんだっけ。この子の体がそのエーテルボディってやつか……顔以外は人間と同じような体型なんだな……ただ見た目がロボットっぽいというかアンドロイドっぽいっていうか…
って、そうか!自分の体もエーテルボディになってるのか?!
「あ、アイトさん?だっけ。こちらこそよろしく。ところで鏡ある?自分の姿を見てみたい」
首を動かすのは窮屈なのに、しゃべるのはなぜかスムーズだ。ただ口を動かしている感じがしない。親知らずを麻酔して抜いた時のような、自分の口が口でないような感覚だ。
「鏡ですか?あの、鏡はないんですが、チェックカメラがありますので、そこに立って頂ければ自分の姿を確認できると思います。歩けますか?歩けるようなら案内します」
ありがとう、じゃあ君について行くよ……あれ?足もうまく動かない。またギギギギと音がする。なんだか泥の中に埋まっているように体が重い。埋まった事ないけど。
「あ、あの、歩くのに慣れてないようですので、よろしければ手をお繋ぎします」
狐っ娘が優しく手を引っ張ってくれる。すごく嬉しい。おい見習えサギ女神。お前にはスキンシップが足りない。
うわ、僕の手、表面が妙に筋肉質で色が赤い……よく見ると足も赤いし、筋肉と骨の間に何か硬いものが入っている感じがする。僕はどんな姿になってるんだろう?赤いし硬そうだから蟹かな?
一方でアイトさんの手は見た目は表面が艶のないプラスチックみたいで硬そうだけど、実際に触れてみるとかなり柔らかい。彼女の、鎧を着ているように見える胴体も、よく見ると手と同じ素材で出来ている。そういうデザインなのかな。
自分の体は動かすのにまだ多少ぎこちないけど、手や足の感触はしっかり伝わってくる。アイトさんの手が柔らかくて触り心地もいいのでもみもみする。うん、気持ちいい。……何かアイトさんが変な目でこっちを見てるけど、まぁいいや。