二十八話 真の姿
動きを止めたメデューサは胸を広げ、胴体の尻尾を上に立てて先端を振り始めた。なにかの動画で見た、ガラガラヘビが攻撃する時の警告動作みたいだ。どうする?攻撃を仕掛けるか、攻撃を待ってカウンターを狙うか?まずい、判断がつかない。
目に見えない速さで振動する尻尾が緑色に光り始めると、そこから突然雷光が生まれた。雷光はメデューサの全身を駆け巡り、鱗と鱗の間を尻尾から頭に向けて駆け巡る。やばい、パワーアップイベントかもしれない。急いで左手に小柄を取り出し、メデューサの右目に向かって投擲する。パワーアップ中は動けないのがお約束だと思ったが、簡単に避けられてしまった。
その間も雷のような光は止むどころか、メデューサ全体を覆い始める。硬いものが割れる甲高い音が鳴り、メデューサの口を隠していた防具が弾け飛んだ。なおも雷は消えず、胴体表面の鱗一枚一枚が浮き立つ。メデューサは首先のちぎれた両手を高く掲げ、地面に思いっきり振り下ろした。
砕ける音と千切れるような音を響かせながら、メデューサの蛇だった両腕が、肘の付け根からボロボロと剥がれ落ち始める。肘から先の蛇が抜け落ちた両腕は、いまや指の先にいたるまで人間女性のそれになっていた。気付くと胴体と左目に刺さっていた矢は黒く炭化し、灰になって崩れ落ちていた。矢が抜けた後はどんどん傷跡が塞がっていき、左目が蘇っていく。口の防具が外れた後には、ツンと尖った小さな鼻と赤く艶めかしい唇が現れていた。右目は紫のままだったけど、左目は深海のような緑色で、こちらを誘惑するような潤んだ瞳をしている。
やがて体全体を覆っていた雷光が収まると、そこには優雅な立ち居振る舞いと優美な微笑みを湛える、女王のオーラを纏ったメデューサがいた。胴体の銀色は鱗粉が混じったような複雑な輝きを放ち、正直、綺麗だと思ってしまった。
散々僕を噛んだり絞めつけ合っていた相手が、10年ぶりに再会した同級生のように雰囲気が変わってしまい、僕は少々毒気を抜かれてしまった。ほんの少し前まで、どうやって本体の首絞めたろか、とか必死に考えていたのに。ちょっと変わりすぎだろ。そういえば蛇って脱皮するんだっけ。派手な脱皮だ。サギ女神よりよっぽど美人になってしまった。
手は噛まれるわ足は飲み込まれるわ、こっちもやり返して首切ったぞこの蛇め、などと必死に戦っていた両腕も、彫刻のような見た目の美しい手になってしまって、なんとも言えない気持ちになる。なんだよさっきまで必死で戦ってた蛇、手を入れて操る人形だったのかよ。なんか弄ばれてた気分だ。ショートコント「鬼人君に噛み付こう」とか言ってないだろうな。
あれ?さっきまで警戒心バリバリだった鬼人ボディが、今は何も感じない。それどころか、何かを訴えかけて来てるような…… メデューサも、全然動かないというか、こっちを見て待っているような……
鬼人ボディが僕に鎖鎌を捨てろと言ってきた。理由はわからないけど言う通りにする。蛇に噛まれた左腕はもう動く。リペアキットすごいな。右足もほぼ回復している。
僕の様子を穏やかな目で見ていたメデューサが、両手を前に出したと思ったら、突然掴みかかってきた。僕も同じように両手を前に構えると、お互いの両手同士をつかみ合った格好になった。相撲の手四つと言われる状態だ。でも女性の手に対してこの手四つをするとは思わなかった。メデューサの手がキレイで柔らかいので、少し嬉しくなってしまったのが悔しい。あと至近距離になって分かったけど、メデューサの顔や手や肩の人間部分も、よく見るとすべて薄くて透明感のある白い鱗に覆われていた。それでもキレイだなと思ってしまった。自分では爬虫類はそんなに好きじゃなかった気がするんだけど、今度ペットショップ行ったら蛇とかトカゲのコーナに絶対に行こう。
そんな感じで更に毒気が抜かれてしまった上に、メデューサの両手は見た目に反して全然力が込められてないし、何だか相手の魅力に飲まれそうになっちゃうし、この後どうすれば良いのか困ってしまった時だった。手のひらからメデューサの言葉が伝わってくるのを感じてしまったのだ。それどころかこちらの手のひらから、鬼人の魂が伝わっていくのもわかった。
ああ、そういう事か。鬼人もメデューサも、同じだったのか。
手四つの姿勢のまま、しばし時間が経つ。鬼人とメデューサと、魂が会話する。僕は改めて教えてもらった事実と、ここまでに紡がれた魂の想いを聞いた。僕に出来るだろうか。でもそれをしないと、これから先はもっと不幸が増える事になる。やるしか……ないよな。
「わかりました。次の機会に、もう一度お話を。その時までに作戦を考えます」
口には出さず、僕は心の中でそう伝えた。その直後、メデューサの振った尻尾を受けて僕は大きく吹き飛ばされた。




