二十六話 最強の存在
索敵を広げながら歩き続けても、向こう側の壁はまだまだ遠い。このフィールドの半分までもうすぐだけど、一向に敵が現れない。けど、嫌な予感だけが増えていく。戻った方がいいんだろうか。でも戻るなら脱出ゲートを使えばいいんだし……
「サノさん、目の前の空間が歪み始めました。気をつけて!」
アイトさんが警告すると同時に、数メートル先で光と風が渦を巻き始めた。ゲートを使って脱出した時と同じ現象だ。
僕はコンパウンドボウを掲げて矢を番える。右肘を肩より上げながら矢を引き絞り、歪んだ空間のど真ん中を狙う。
「サノさん、味方かもしれません。確認しなくて大丈夫ですか?」
「味方だったら謝る。ごめんなさい。そして死ね!」
眼の前のヤツは味方ではない、恐るべき存在だ。この鬼人ボディが全身で警鐘を鳴らしている。実体化した直後が、僕に与えられた最大のチャンス。ゆっくり相手の準備など待たない。やられる前にやる!
空間のゆらぎが消えた瞬間を狙って、僕は矢を放った。矢は実体化した物体の一番太い部分の真ん中に当たり、甲高い音を立てて突き刺さった。すぐさま二の矢を構え、さらに射る。もうこの時には輪郭がはっきりしているので、顔面ど真ん中を狙った。しかし相手はそれを察したのか、顔を捻って外された。いや、ど真ん中は外れたが、目の辺りに矢が刺さっていた。
まだ撃てる。三本目の矢を番える。どこを狙う?もう一度顔面か?いや、顔は小さいし外す可能性のほうが高い。ならば胸部のど真ん中だ―― しかし完全に実体化した相手は、体の位置を瞬間的に大きく動かした。その動作はむちゃくちゃ早く、僕の放った矢は少し掠っただけだった。
相手は蛇のような体をしていて、それを蛇のようにウネウネと動かし、こちらに襲いかかってきた。僕は弓の構えを解き、広く開いている空間に向かって横っ飛びに躱す。そいつはそれ以上は追ってこず、一旦仕切り直しになった。
10メートルほどの距離を挟んで、お互いに睨み合う。2mの僕よりさらに1mは視線が高いそいつは、巨大な蛇の胴体に首先だけが人間の形をした怪物だった。頭と肩までが人間だけど、その下からは僕の胴を上回るほどの太さがある白銀色の大蛇だった。
頭部は女性に見えるけど、口にフェイススカーフのような防具をしていて、表情がわかるのは紫色に輝く目だけだ。ただ左目に矢が深く刺さっていて痛々しい。やったのは僕だけど。ちなみに最初に放った矢は胴体を斜めに貫通して刺さっていた。が、全然ダメージがないように見える。
肩には人の腕が生えているが、肘から先はまた蛇になっている。蛇の尻尾を切って人間の肘に貼り付けたような、なんとも蛇の怪物らしい両腕だ。本体の蛇と同じような形で腕の蛇も地面にとぐろを巻き、眼が僕を睨んでいる。腕と胴体の蛇が絡まったりしないのかなと、どうでもいい事を考えてしまう。
「うそ、メデューサがなぜこんな所に……」
ああ良かった、やっぱりこいつの名称はヘビの怪物メデューサなんだ。こんな姿で名前がオットセイとかナマケモノとかだったら嫌だったので、ちょっとホッとした。
って、ちょっと待った。メデューサって遭遇したら絶対に逃げなさいってサギ女神がさんざん忠告してた敵だったはず。あの面倒くさがりがわざわざ忠告するって事は、まあそういう相手なんだろう。詐欺師が恐れるのは弁護士と警察官とメデューサだぜハハハってアイトさんに言ったら白い目で見られたっけ。
しかしだれだよB5は楽勝だって言ったやつ。絶対に許さないぞ。
「アイトさん、少し離れて。逃げてもいい。僕が相手するから、巻き込まれないようにして欲しい」
「何言ってるんですかサノさん!あれはメデューサです。一緒に逃げて下さい。危険すぎます」
「いやー、挨拶の代わりに矢を射っちゃったから、ちゃんと謝らないと。許してもらえたら僕も帰るよ」
「こんな時に冗談やめて下さい。ダメです戦っちゃ!いくらサノさんでも一人では勝てません!逃げて下さい!」
「勝つつもりはないよ。最後は逃げる。大丈夫、ちょっと試したい事があるだけだから。だからお願い。アイトさんは少し離れていて欲しい。」
「……本気なんですねサノさん。わかりました。遠くに居ます。絶対に死なないで下さい。何かあったらすぐに脱出ゲートで逃げて下さい。約束ですよ」
了解、大丈夫だよと言うと、アイトさんの気配が遠のく。さて、じゃあまずアイトさんに言った通りに謝らないと。
「こっちの会話を待っていてくれてありがとう。そして不意打ちしてごめん。この鬼人ボディがメデューサさんの事をものすごく警戒してたから、つい攻撃しちゃった」
メデューサは僕の言ったことを理解してくれたのか、首を軽くひねる。お、許してくれるのかな。
と思った瞬間、空気が燃えるようにゆらぎ、腕を広げたメデューサがこちらを睨む。だめだ、どうも怒ってらっしゃる。今度から不意打ちする時には気をつけないとな……
ふぅぅぅぅ、と顔の防具に隠れているメデューサの口から息が吐かれる。両腕の蛇が床から離れて鎌首をもたげ、メデューサの体も大きくうねる。蛇の体をバネが縮むようにゆっくり引き絞って……
次の瞬間、体を伸ばしたメデューサは一気に僕に接近し、両腕の蛇も伸ばして噛み付いてきた。僕も先読みバックステップで後ろに大きく逃げたけど、メデューサの跳躍の方が圧倒的に長い。カウンターを狙って長巻で腕を斬ろうとしたけど、信じられない事に刃に蛇が噛み付いて、動きを完全に止められてしまった。そのまま圧倒的な強い力で引っ張られて、僕は武器を奪われてしまった。油断は一切してなかったけど、こりゃ強い、圧倒的に強いわ。
メデューサは奪った長巻に腕の蛇を絡みつかせた。どうするのかと見守ってると、蛇がぎりぎりと絞め付け始め、あっという間に長巻の柄を砕いてしまった。そういえば大きな蛇はワニや人間を絞め殺すほどの力があるって聞いたことがあるな。パワーは向こうが数段上か。体に巻き付かれたら確実にヤバい。
バラバラになった長巻の残骸を捨てると、再びメデューサは体を縮ませ、さっきと同じように飛び掛かってきた。僕はメデューサに見えないように両手にそれぞれ小柄を持ち、飛び掛かってくる瞬間に合わせて蛇ではなく本体の顔面に投げつけた。不意を狙ったが、メデューサの両腕はすばやく姿勢を変えて、僕の投げた小柄を噛み付きで止めていた。腕の蛇め、この投擲さえ止めるのか。
でも小柄だけで攻撃は終わりじゃない。僕はすぐさま右腕のブロウガンをメデューサの顔面に放つ。両腕が塞がってて防げまい。これなら当たると思ったが、メデューサは胴体をうねらせると、頭部の位置が一瞬で大きく動いて射線から外れてしまった。そうか、胴体が地面についているから、飛び掛かり中でもブレーキを掛けられるんだ。動きは直線的だから読めるけど、伸縮が早すぎて攻撃を当てるのは相当に難しそうだ。
「いや、すごいねメデューサさん。早いし強いし格好いいし。どうする?まだやる?」
返事はなかったが、その代わりに三度メデューサさんは長い胴体を縮ませた。そうですか、まだやりますか。




